15 婚約破棄騒動
卒業パーティー当日。
昨夜、父ヨハンは家に帰ってこなかった。あのグラスのせいなのかはわからない。だが、レディアにとっては不安な夜だった。
会場にカタリナと手をつないで入ると、すれ違いざま、レディアに向かってフリードリヒが舌打ちしてきた。
「はぁ!?」カタリナが反射的に声を荒げるが、彼はもう会場中央に歩み出ていた。
◇◇◇
「わたし、フリードリヒ・ヴェルナーは、かねてからの婚約者であるマルグリット・トーヴァルとの婚約を、今をもって破棄する!」
大きな声が響き渡る。
会場の視線が一斉に集まり、対峙するマルグリット・トーヴァルの美貌が光に照らされた。
「え、あの気持ち悪い人の婚約者、すごい美人さんじゃん。なんで?」カタリナが小声で言う。
「し! 静かに!」レディアは口元に指を立てた。
フリードリヒはさらに声を張り上げる。
「そして私は、この世に舞い降りた美の女神――カタリナ・ドレイクを、新たな婚約者とする!」
「は?」カタリナが素っ頓狂な声を上げる。
女性たちのひそひそ声が広がった。
「ほらあの方よ、浮気相手の方」
「確かに美人だけど平民だって言うじゃない」
「でもかなり前から浮気関係なのでしょ?」
レディアも驚いた。
噂の浮気相手がカタリナだというなら、そんなはずはない。四六時中一緒にいて、講義の合間まで筋トレしている彼女に、逢瀬の時間などあるはずがない。
あの男、妄想癖でもあるのか……?
フリードリヒが意気揚々とカタリナの前に跪き、手を差し出した瞬間――
「我が美しきカタリ――」
『ドゴッ』。
乾いた音が響き、フリードリヒの顔が横に弾けた。
カタリナの拳が、躊躇なく突き刺さっていた。
「ひっ」レディアは小さく悲鳴を上げる。
「だから気持ち悪いんだって、お前」カタリナは吐き捨てた。
◇◇◇
――その時だった。
会場の扉が勢いよく開かれる。
「確保ッ!!」
怒声と共に治安局の騎士たちが突入。床を揺らす足音が一斉に迫り、フリードリヒは数人に押さえ込まれた。
レディアは青ざめた。――やはり、あの夢のグラスのことだ。
「周囲を固めろ! 証拠品を押収しろ!」
隊長ハインリヒの鋭い声が響く。
若手のオスカーは剣を抜き、カタリナの前に立った。
「ご安心を! 必ずお守りします!」
遅れて老騎士エーリヒが悠然と現れ、朗々と罪状を読み上げる。
「フリードリヒ・ヴェルナー侯爵令息――汝を王国法第八十三条、毒物及び禁術行使の容疑により拘束する!」
会場のざわめきは、彼の重々しい声に飲み込まれていった。
フリードリヒは、媚薬入りドリンクをカタリナに飲ませようとしたのでした。
それを阻まれたのでレディアに舌打ち。




