14 前夜祭
前夜祭の会場は、見たこともないほど豪華だった。
レディアたちは卒業するわけではないが、全学院生が参加を許された大きなパーティーである。
煌びやかなシャンデリアの下、長いテーブルには料理がぎっしりと並び、肉も魚もスイーツも、あらゆる香りが混ざり合っていた。
「全部食べるぞ!」カタリナが拳を握る。
「さすがに無理でしょ……」と言いながらも、レディアの心も浮き立っていた。
二人はダンスにも異性にも興味がなく、意気投合して料理を片っ端から制覇しようとしていた。
◇◇◇
そんなとき、フリードリヒ・ヴェルナーがカタリナに近づいてきた。
艶然とした笑み、自信満々の歩き方、そして聞くに堪えないほどキザなセリフ。
「お美しいレディ、私とこの夜を彩るダンスを――」
「何言ってんのコイツ」カタリナが小声で言う。
「僕と踊れって言ってるのよ」レディアが通訳した。
「はぁ? 浮気男と? 嫌に決まってんじゃん」
カタリナはフリードリヒに向き直り、真顔で言い放った。
「嫌です。無理です。さようなら」
その断り方にレディアはギョッとした。相手は腐っても高位貴族である。
――そういえば、カタリナが黙っていれば妖艶な美人であることを忘れていた。目をつけられたのはそのせいだと、今さら気づく。
フリードリヒは笑みを崩さず、グラスを差し出した。
「そうですか、残念です。ではせめて、この美しいドリンクを思い出に」
鮮やかな色の液体が揺れる。彼はキザに踵を返して去っていった。
「きもっ」カタリナが吐き捨てる。
レディアはそのグラスを見て青ざめた。
「そ、そのグラス、口をつけないで」
「飲まないよ、気持ち悪いもん」
レディアは慌ててハンカチで蓋をするようにグラスを包み、会場を見回した。
――いた。
王立治安局の若い騎士、オスカー・メルツ。
地下施設の捜査報告のときに顔を合わせた彼が、会場警備に立っていた。王立近衛団と治安局が合同で警備に当たっているらしいが、知り合いがいるのは心強い。
レディアは駆け寄り、青ざめた顔で訴えた。
「これを父に、王立魔術大研究所のヨハンに渡してください! 娘レディアが夢でこのグラスを見たと伝えてください!」
オスカーは即座に理解したように頷き、胸を叩いた。
「任せてください。このオスカー・メルツが必ず渡します!」
彼は敬礼し、隊員を伴って足早に会場を去っていった。
◇◇◇
カタリナはレディアの震える手を握りしめる。
「何か見たの?」
「見たの……夢で。意味はよく分からないけど、よくない夢だってことは分かった」
「そっか。大丈夫だよ。今はレディアにやれることないんだから、落ち着いて飯食お。タンパク質は大事だよ」
「タンパク質?」
「いかした筋肉のために」
レディアは気が抜けて笑ってしまった。
――やっぱりカタリナは面白くて、いい人だ。




