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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

聖女の妹の身代わりで残虐皇帝に嫁ぎましたが、なぜか最愛の皇妃になりました

作者: 八重

「フルーツ……?」


 フォークもなく少女は手でそれを口に入れる。

 しかし、次の瞬間少女の眉間に皺が寄り、入れたばかりのフルーツを吐き出した。


「あはははっ! ほんとにコイツ食べたわ! あーおもしろ。それは腐った苺よ! あ〜少しはスカッとしたわ! 聖女だからって建国式典の日にかき氷しか食べちゃダメなんて、ほんといつの時代の話なのよ!」


 少女の醜態を笑った彼女は、少女の妹である。屋根裏部屋に幽閉されている姉を嘲笑いに来たのだ。


「あっ! そうそうシンシア姉様、あんた私の代わりにヴァーリス帝国に嫁にいってちょうだい」

「え……?」

「あの残虐皇帝、王女をよこせってうるさいらしいのよ。うちはあいつの国から輸入してる氷がないと夏を過ごせないし」


 シンシアの妹であるサマナは、腕を組みながら高いヒールを鳴らしてイライラとしながら呟く。

 今度は姉に視線を向けると、悪意のこもった笑みを浮かべた。

 そして、シンシアの髪を乱暴に掴むと、骨ばった貧相な姉の体をじろりと見つめる。


「幸いにも髪色も私そっくりだし、瞳も青。ふん、ドレスさえきてベールをして婚姻の儀にのぞめばバレないわ」

「はい……仰せのままに……」


 姉がここまで虐げられているのには理由があった。姉のシンシアは生まれた時には両親である国王と王妃に愛されていた。

 しかし、三年後に妹サマナが生まれると態度は一変する。サマナはバルジア王国の暦で最も聖なる日とされる、八月八日に生まれ、さらに占い師によればこの国の守り神である太陽が最も輝きを放つ、正午に生まれた。

 サマナは聖女としてこの国の象徴とされて彼女の笑みは人々を幸せにするとされることとなる。


 サマナの神聖化だけであればよかったのだが、ここからシンシアを奈落の底へと突き落とす出来事が起こる。

 元々、占い師の家系に生まれた王妃が、シンシアの誕生日に国が滅びる夢を見たことをきっかけに、シンシアを忌子として幽閉してしまう。


 こうして、姉シンシアは忌子、妹サマナは聖女として扱われることとなった。



 そうした経緯とサマナ優遇の事情から、シンシアはサマナの身代わりとして、残虐皇帝と称されるルナリドのもとへと嫁ぐことになった。


(サマナの代わりをしなければ……)


 シンシアは長年の幽閉で自尊心を失い、自分は国のために、妹のために身を捧げなければならないとさえ思い込んでいた。

 そんな時、婚姻の儀がおこなわれている教会の空気が変わる。


(冷たい……)


 彼が一歩一歩、シンシアに近づく度に空気が凍るようにひんやりしていく。


(寒い……)


 ベールの隙間から彼の靴が見えた。

 気配で自分よりずいぶん背が高い人物が来たのだろうとシンシアは思う。


(彼が、ルナリド皇帝なの……?)


 顔をあげずにいた彼女の顎を無理矢理あげ、目を合わせた。

 初めて、シンシアは彼の姿を瞳に映す。


(黒く長い髪……それに氷のような瞳、彼がルナリド皇帝……)



 その瞬間、彼は冷たい視線をシンシアに送る。


「お前は誰だ」

「私は……」 


 それ以上、彼女は言葉を発せなかった。

 唇は震え、足も小刻みに震えている。


(怖い……)


 そう感じた時、彼は突然驚いた顔を見せた。

 ルナリドの視線がシンシアの胸元に移された後、彼女の腕を無理矢理引っ張って叫ぶ。


「初夜の儀入る。何人たりとも近づくな!」

「はっ!」


 側近たちや護衛兵の声が響き渡った。

 そして、シンシアはルナリドに連れられて寝室に入ると力強くベッドへ投げられる。


「きゃっ!」


 シンシアに覆いかぶさった彼は、鋭い視線を向けた。


「お前は聖女と言われるサマナではないな?」

「な、そんなことは……わたくしはバルジア王国第二王女、サマナ・バルジアでございます」


 そう口にした瞬間、ルナリドは一瞬ニヒルな笑みを浮かべたが、すぐに鋭い顔つきに戻る。


「バルジア王国では王位継承権の高いものから第一、第二とつけられる。サマナ王女は確か、生まれてまもなく第一王女となったと聞いているが?」


(え……)


 シンシアは自分が第一王女であった時しか王宮の正殿に住んでいない。それゆえ、自分が第二王女と格下げされたことをしらなかった。


(しまった……私は間違えた……)


 自分の口で自らがサマナではないことを告げてしまった。


(ああ……きっとこの残虐皇帝に殺される……)


 そう目をつぶったが、彼から制裁の刃が下ることはない。

 代わりにふわっと温かい彼の腕がシンシアを包みこんだ。


「ルナリド皇帝陛下……?」

「覚えていないか? 私を」


 さっきまでと違う優しい顔つきの彼に、シンシアの頭にふと幼い頃の思い出がよみがえった。

 それはもう十年も前のこと。八歳だった彼女は屋根裏部屋でいつものようにただ座って時を過ごしていた。

 その時、部屋の扉が大きな音を立てて開く。


「え……?」

「お前、なんでこんなとこに?」

「えっと……私は、えっと……」

「俺はヴァーリス帝国の者だ。父上と王宮に招かれたが、ダンスフロアへの帰り道がわからなくなった」


 確かに今日は隣国とのダンスパーティーであるとサマナからシンシアは聞いていた。


「たぶん……ダンスフロアはこの下の階です……」


 指をさして告げる彼女に、彼は問いかける。


「メイドか? それにしてもこんなとこにいさせられてるのは辛くないのか?」

「辛い……わかりません。私はもう五年もここにいますから」

「なんで!?」

「私は災いの子なのだそうです。だから、ここでご迷惑にならないようにただじっとしているのです」


 その言葉を聞いた少年は、何か考え事をしたあと、自らの首にかけてあった真珠のネックレスをシンシアにかけてやる。


「これは……」

「母上の形見。ダンスフロアへの帰り道を教えてくれた礼だ」

「いけません! そんな大事なもの!」

「なら、ここからいつか出た時に返してくれ。俺はお前がここにいる理由を知らねえ。けど、きっと良くねえことだと思う。だから、大人になって俺が皇帝になったら──」


 少年の言葉と声、そして優しい眼がシンシアの中でどんどんよみがえる。


「あの時の……男の子なのですか?」

「その胸にさげてる真珠のネックレスを預けたのは私だ」

「では、これはお返し……」

「いや、それはお前の父親と母親、それから妹に復讐してからだ」

「え……?」

「バルジア王国へ送り込んだ私のスパイが、お前が妹の身代わりとして私に嫁がされたことを突き止めている。それに、お前がこの十五年間幽閉されていたこともな」

「では……」


 ルナリドはシンシアの金色の髪を掬うと、ちゅっと唇をつける。


「側近からは妻をとれとうるさく言われていた。私はお前を『お嫁さん』にするために拒否し続けた。そして、準備が整うのを待ち、王女を娶りたいと要求を出した」

「準備、ですか……?」


 そうして話しているうちに部屋の外がうるさくなってくる。


「来たか」

 

(一体何が……!?)


 シンシアがそう考えていると、彼が手を引いて部屋から連れ出す。

 するとそこにはバルジア王国の国王と王妃、サマナが揃い踏みであった。


「ルナリド皇帝陛下! うちに氷を送らないとはどういうことですかな!?」

「そのままの意味だ。貴国への支援はもうせぬ」

「ちょっと! 昨日からかき氷すら食べられないのよ!? 私に飲まず食わずで生きろというの!?」

「水もなくて、このままでは国民が暴動を起こすわ!」


 口々に文句をいう王族たちへ、ルナリドは冷たい言葉で突き放す。


「それは今までお前たちが国民やシンシアにやってきたことだろう? 今度はお前たちが味わうのがいいのでは?」

「な、なんですって!?」

「ちなみにバルジア王国への輸出取りやめはデマだ。お前たちを王宮から引きずり降ろすためのな」

「なっ!!」


 国王は目を見開いて口をぽかんと開けている。

 彼より頭が回る王妃は、ルナリドの戦略に気づいたようで、彼に掴みかかった。


「ふざけんじゃないわよ! あんた、うちを乗っ取るつもりね!?」

「いや、バルジア国民の意思だ。各領土の領主がうちに助けを求めてきた。水も氷も王家が高い税金をかけて売っているおかげで国民の命が危ういとな」


 バルジア王家は、聖女のためという名目で氷や水を優先的に使用して国民が苦しもうとも無視し続け、私腹を肥やした。


「私の国の物資は、お前たちのために捧げたわけではない! 二度と面を見せるな!」


 バルジア王家はこの一言をきっかけに帰る場所をなくし、バルジア王国へ戻った際に捕縛されて、今までの不正を暴かれることとなった。


「かき氷が食べたいー!!!!!」


 あれだけ嫌がっていたサマナは、生涯そう言い続けたという。



 一方、バルジア王家の断罪から数カ月後、騒動も収まり、正式に皇妃となったシンシアはルナリドに呼ばれて寝室に来ていた。


(初夜のやり直し……って、そういうことよね?)


 そう心の中で呟いた瞬間、彼女はぐいっと勢いよく部屋の中へ引き込まれた。


「ルナリド皇帝陛下……」

「覚悟はできたか?」

「よ、世継ぎを生む使命は心得ております……」


 そう言いつつも彼女の手は微かに震えている。

 ルナリドはシンシアを抱きしめると、耳元で囁く。


「世継ぎも欲しいが、私はお前が欲しい。あの日にふと見せてくれた笑みをもう一度みたい」

「妹しか来なかったあの部屋に唯一来たのが、あなたでした。あなたとのあの一瞬は大事なもの。あなたのこと、もっと教えてくれませんか……?」

「ああ、お前の部屋に唯一足を踏み入れた者として責任を取ろう。私の『お嫁さん』になってほしい」


真珠のネックレスが夜の闇で光った──。




(ずっと忘れてた。あなたに会うまで……ずっと……)



「母上の形見。ダンスフロアへの帰り道を教えてくれた礼だ」

「いけません! そんな大事なもの!」

「なら、ここからいつか出た時に返してくれ。俺はお前がここにいる理由を知らねえ。けど、きっと良くねえことだと思う。だから、大人になって俺が皇帝になったら──」



『俺が皇帝になったら、お前を外に連れ出してやる』

『では、私をあなたのお嫁さんにしてくださいませんか?』



読んでくださってありがとうございます!

「かき氷」を食べた今日思いついたお話です!


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