第94話:魔族寄りと呼ばれても
沈黙の中、蒼真がゆっくりと顔を上げた。
その声音はかすれていたが、会議室にいる全員の耳を打った。
「……違う」
隼人が目を細め、口元に笑みを浮かべる。
「へぇ、違うって? じゃあお前はどう思ってんだよ」
蒼真は強く歯を噛みしめ、言葉を絞り出す。
「奴らはこれまで……人間に敵対する意志を持っていなかったんだ。
だから攻め落とそうともしなかった。ただ、それだけのことだ」
レンが驚きに目を見開く。
「……意志がなかった? そんな馬鹿な……」
「あり得る話です」
アメリアが静かに口を開いた。
「古い文献の中には、魔族の中にも人との争いを望まぬ者がいたと記されています。ただ、それは遠い昔のことだとされ、長らく伝承の域を出ないものでしたが……」
紫苑は眉間に皺を寄せ、真っ直ぐに蒼真を見据える。
「つまり蒼真さんは――今回の件が、彼らの意思の変化を示していると言うのですね?」
蒼真は短く頷いた。
「その通りだ。これまでは沈黙を保っていた。だが今は違う。……魔族の側で何か異変が起きているとしか考えられない」
「……待てよ」
鋭い声を上げたのはレンだった。怯えと苛立ちが混じった表情で蒼真を睨みつける。
「なんでお前がそんな風に断言できるんだ? まるで魔族の考えを知ってるみたいじゃないか……」
美咲も不安そうに視線を揺らし、唇を噛む。
「……確かに。蒼真くん、どうしてそんな……」
場の視線が一斉に蒼真へ注がれる。疑念と警戒が、冷たい刃のように突き刺さる。
紫苑が低く口を開いた。
「蒼真さん……あなたの言葉は、あまりにも魔族寄りに聞こえる。
敵意がなかったなどと、どうしてそう言い切れるのです?」
「まさかとは思うけど、お前が魔族と通じてたりしないだろうな?」
朱音が椅子を蹴立てるように立ち上がり、鋭い視線をレンに叩きつけた。
「ふざけるないで! 蒼真がそんな人間なわけないでしょ!」
しかし、レンは険しい顔のまま疑念を拭わず重臣たちもまた目を見交わす。
会議室に渦巻くのは敵の脅威だけでなく疑いの影だった。
蒼真は静かに目を閉じ、深く息を吐いた。
「……魔族寄りと思われても仕方ないだろう」
蒼真は静かに言葉を続ける。
「僕が知る魔族はただ一人。僕に剣を教えてくれた師匠だけだ」
蒼真の声は静かだが、確固たる芯を帯びていた。
「その人は僕に剣の技だけでなく生き方を教えてくれた。弱き者を守る心を、力を振るう覚悟を……そして、剣を握る意味を」
わずかに俯き、拳を握る。
「誰よりも尊敬する人の種族を僕は蔑むことができない。たとえ世間が何を言おうと……その事実だけは変わらない」
その声音には誤解を受ける覚悟と、それでも師を否定しない固い意志が宿っていた。
沈黙が落ちた会議室で、朱音が一歩前に出る。
その瞳は真剣で、ほんの少しだけ不安の色を帯びていた。
「……蒼真。さっき言った魔族の師匠って……誰なの?」
蒼真は一瞬だけ迷いを見せたが、やがて覚悟を決めるように口を開いた。
「朱音。君が隼人たちとワノクニを旅立った後のことだよ」
蒼真はゆっくりと顔を上げ、その名を口にした。
「僕が出会った魔族は――羅刹丸。魔族のスキルを持ちながらも剣を教えてくれた師だ」
「羅刹丸……?」
レンの眉間に深い皺が寄った。
彼は椅子を強く押しのけて立ち上がり、机を叩いて声を荒らげる。
「馬鹿な……! 魔族のスキルを持つ者を師と仰いでいたなど言語道断だ! お前は危険人物だ、蒼真!」
会議室に重苦しい衝撃が走った。重臣たちも動揺し、ざわめきは広がる。
「やはり魔族に与しているのではないか?」
疑念のささやきが四方から飛び交う。
レンは指を突きつけ、吐き捨てるように続けた。
「お前の存在そのものが脅威だ! 今この時に魔族と通じていた者を傍らに置けば、王都が危うくなる!」
蒼真はその非難を正面から受け止め、目を閉じて深く息を吐いた。
「……誤解だ。羅刹丸は確かに魔族だった。だが、僕に教えたのは人としてどう剣を振るうかだった」
だがレンは納得せず、声を張り上げる。
「言い訳だろうが! 魔族と関わりを持った者が、いずれどちら側に立つかなど誰に分かる! お前が裏切れば、この王都は終わりだ!」
疑念に満ちた視線が会議室を覆い尽くす。
沈黙を破ったのはセリスだった。
「やめてください!」
普段は穏やかな彼女の声が鋭く響き渡り、会議室の空気を震わせた。
「蒼真は……王都を救ったのです。魔族と通じているなど、決してあり得ません!」
セリスは胸の前で強く手を組み、必死に言葉を紡ぐ。
「彼がいなければ、この場にいる私たちも今頃滅んでいたはずです。
どうか、これまでの功績を疑いで踏みにじらないでください!」
続いて朱音が勢いよく立ち上がった。
「そうよ! 私が知ってる蒼真は命を削ってでも人を守る奴だって!」
会議室に重苦しい沈黙が落ちる中、静かに口を開いたのはアメリアだった。
「……ひとつ、確認させてほしい」
彼女の瞳は蒼真を真っ直ぐに射抜いていた。
「その羅刹丸という魔族は、今どうしているのですか? スキル持ちとなれば、将星級の存在であるはず。放置すれば脅威となるのは明白です」
場の空気が再び張り詰める。
勇者や重臣たちの視線が一斉に蒼真へと注がれた。
蒼真はわずかに目を伏せ、短く息を吐いた。
「……羅刹丸は死んだ。もう、この世にはいない」
アメリアが一歩前へ踏み出し、鋭い眼差しを向けた。
「……証拠はありますか。言葉だけでは納得できません」
蒼真は黙したまま立ち上がり、顔にかけていた布へと手を伸ばす。
そしてゆっくりと、それを外した。
隠されていた左眼が露わになる。
そこには人のものではない黒い光が宿り、妖しく揺らめいていた。
息を呑む音が会議室に広がる。
蒼真は静かにその眼で周囲を見渡し、低く告げた。
「これが証明だ。羅刹丸は確かに死んだ……だが、その力の一部はこの眼に刻まれている」
疑念と庇護の声が交錯する中、重臣は長い沈黙ののち、深く息を吐いた。
「……いずれにせよ、この場で答えを出すことはできぬ。だが一つだけ確かに言える。王都を守る力が必要だということだ」
重臣はしばし逡巡したのち、視線を蒼真に向ける。
「天城蒼真。お前には数多の疑念が向けられているのは事実だ」
会議室がざわめく。
だが彼は続けた。
「だが同時に、王都を狙った魔族の爆破を未然に防いだのもまた事実。その功績は否定できぬ」
静まり返る空気の中、重臣の声は重く響く。
「ゆえに命じる。レグナを殺した者の捜索を、お前に託そう」
「なっ……!」
レンが声を荒げる。
「疑わしい男にその任を与えるなど正気か!?」
「正気かどうかは、結果が証明する」
重臣は冷ややかに言い放ち、再び蒼真を見据える。
「やり遂げれば、ここにいる者たちの疑念はすべて忘れよう。加えて相応の褒章を与えてもよい」
朱音が思わず身を乗り出す。
「待って! 蒼真はまだ傷が癒えていないのよ!」
だが蒼真は静かに首を振った。
重く痛む胸を押さえながらも、その瞳には迷いはなかった。
「……分かった。必ず見つける。レグナを殺した者を」
その言葉に会議室が静まり返る。
重臣はゆっくりと頷き、場に集う者たちへと宣言する。
「よい。ではこれを以って決する」
反対の声はまだ渦巻いていたが、誰もそれ以上言葉を重ねることはできなかった。
レンは唇を噛みしめて蒼真を睨みつけ、朱音は不安そうに寄り添う。セリスはただ祈るような眼差しを向けていた。
こうして会議は締めくくられ、重く澱んだ空気を残したまま、それぞれが席を立っていった。蒼真に課されたのは、王都の未来と自らの潔白を賭けた使命だった。




