第93話:勇者会議に走った衝撃
豪奢な廊下に、重く響く足音がこだまする。
兵士の先導に従い、朱音とセリスに支えられながら蒼真は一歩ずつ進んでいた。
燭台の炎が揺らぎ、三人の影を壁に長く伸ばしていく。
やがて大扉の前に辿り着くと槍を構えた近衛兵が二人、緊張を滲ませた面持ちで待ち受けていた。
「ご到着です。すぐにお入りください」
扉が軋む音を立てて開かれると、内から重苦しいざわめきが漏れ出す。
そこにはすでに勇者たちが集まっていた。
t一番近くの長卓を囲むのは隼人・紫苑・美咲の三人。
普段の軽口は影を潜め、代わりにその顔には緊張と困惑が色濃く刻まれていた。
蒼真の姿に気づいた瞬間、室内の空気がさらに張り詰める。
隼人が片眉を上げ、皮肉とも感心ともつかぬ笑みを浮かべる。
「おいおい……ボロボロの体で、よく顔出したな」
朱音は険しい視線で隼人に向け、セリスは静かに蒼真を支えながら席へ導いた。
紫苑は目を細めわずかに息を呑む。美咲は心配そうに声をかけかけようとしたが、結局は言葉を飲み込んだ。
沈痛な空気を破ったのは、王国重臣の声だった。
「……本日の未明、レグナ・ブラッドフォード殿が無残な姿で発見されました。
王都に死骸を晒すよう仕組まれており、敵は明らかに我らの心胆を挫こうとしているのです」
重苦しい沈黙が落ち、会議室全体を圧し潰すような緊張が広がった。
勇者の死――それは単なる戦力の損失ではなく、民心を揺さぶる象徴的な出来事だった。
「信じられない……あのレグナが」
レンが小さく呟き、震える唇を押さえる。瞳には恐怖と動揺が浮かんでいた。
アメリアは表情を崩さぬまま、鋭い声を放つ。
「死骸を晒すという意図的な行為……敵は、我らに恐怖を植え付けようとしているのですね」
「くだらねぇ挑発だな」
隼人は椅子に背を預け、軽薄な声音で吐き捨てた。
セリスは目を閉じ、祈るように胸の前で手を組む。
「勇者でさえ抗えぬ力……それが王都を狙っているのなら――」
その言葉に、全員が息を呑んだ。
勇者をも屠る存在。その現実が、会議の場にいる者たちの胸を締め上げていく。
重臣は沈痛な面持ちで続ける。
「陛下より勅命が下りました。全勇者と関係者は、この脅威にどう立ち向かうか、今ここで結論を出さねばなりません」
そして深く息を吐き、声を低く落とす。
「……諸君が最も知りたいのは――レグナ殿を誰が手にかけたのか、そしてその手口であろう」
その一言に、場の緊張は頂点に達する。
重臣は言葉を選びながら、苦渋に満ちた声で告げた。
「敵の正体はいまだ不明。死因は殴打によるもの。全身の骨を砕かれ……まるで巨岩に叩き潰されたかのような有様でした」
「なっ……!」
レンが目を見開き、震える手で口を覆う。
「……殴り殺された、だと?」
アメリアの声はかすれ、理知的な冷静さが揺らぎかけていた。
「あのレグナが、ただの肉体の暴力に屈したと……?」
隼人は天井を仰ぎ、短い沈黙ののち乾いた笑みを漏らす。
「……冗談だろ。神の加護を受けたレグナが殴り殺された? ……そんな奴、この世にいるのかよ」
アメリアは眉を吊り上げ、低く言い切った。
「……存在するのでしょう。だからこそレグナは死んだのです」
沈黙。
その静寂を破ったのは再び重臣の声だった。
「だが一つだけ確かに言える――我らは、未曾有の怪物と対峙することになる」
氷のように冷え切った空気が会議室を支配する。
ざわめきが広がる中、アメリアが静かに言葉を紡いだ。
「全身の骨を砕くほどの打撃……ただの魔族では不可能。もし将星であれば……」
隼人が片眉を上げて口を開く。
「……将星? それはなんだ?」
アメリアは視線を落とし、わずかに息を整えて答えた。
「私も伝聞に過ぎませんが……魔族の中で我々と同様に神の加護を持つ三人を将星と呼ぶそうです」
「その力はかつて幾つもの国を滅ぼしたとも……。
ただ、実際に姿を見た者は少なく、詳細は伝承や断片的な記録にすぎません」
隼人が腕を組み、肩をすくめながら呟いた。
「魔族の加護持ち、ねぇ……。そいつら、いったいどれほど強いんだ?」
「少なくともレグナを圧倒するほどの力を持っているのだろう……想像もつかないほどの実力だ」
レンが青ざめた顔で問い返す。
「もし本当にそんなに強いなら……なんで今まで人間界を攻め落とさなかったんだ?
そんな存在がいるなら、とっくに世界は魔族のものになってるはずだろ」
その疑問にアメリアが冷静に言葉を継ぐ。
「考えられる理由は……人間をただの遊び相手としか見ておらず、本気を出す必要すらなかった、ということです」
アメリアが険しい表情で頷く。
「将星は災厄の代行者とも呼ばれます。
動けば戦乱が生まれる。けれど、これまで姿を現さなかったのは時を待っていたのかもしれません」
朱音が低く吐き捨てる。
「待っていた……? じゃあ、今がその時ってわけ?」
会議室に再び沈黙が落ちる。
その沈黙は、まるで得体の知れない巨影が、すぐそこまで迫っていることを告げているかのようだった。




