第92話:王都に走る凶報
薄明かりのランプが灯る一室。
隼人、紫苑、美咲の三人は、それぞれ椅子やベッドに腰を下ろしながら一息ついていた。
「ねぇ、蒼真くん……すっごく変わったよね」
ベッドに寝転んだ美咲は、枕に顔をうずめながら足をぱたぱたさせる。
「ワノクニで会ったときとは見違えたよ。あんなに強いし、しかもカッコよくなってる!」
紫苑は壁際に座り、腕を組んで小さくうなずく。
「確かに。以前とは段違いです。……人は短時間でここまで変わるものなのかと、正直驚かされました」
隼人は椅子の背にもたれ、珍しく感心したように笑う。
「俺もだ。あの強さがあるなら……道場で会ったときにスカウトしてたかもな。勇者の血筋とか関係なしに」
美咲は勢いよく起き上がり、にかっと笑う。
「でしょ! 蒼真くんって、なんか安心できるんだよね。隼人とはまた違うタイプだしさ!」
隼人は肩をすくめて空を仰ぐ。
「そうだな。俺もああいう真っ直ぐな奴は嫌いじゃない」
美咲がぱちりと目を輝かせて、勢いよく起き上がる。
「今でも遅くないと思うんだ! 蒼真くんを仲間に誘おうよ。絶対に頼りになるし!」
紫苑は少し考えるように眉を寄せた。
「戦力としては申し分ありません。しかし、彼が我々と歩む道を選ぶかどうか……」
隼人は椅子の背にもたれ、天井を見上げながら苦笑する。
「……無理だな。俺は嫌われてる」
「えー?そんなことないでしょ」
美咲がすぐさま首を振る。
「確かに隼人って無神経なこと言うからカチンと来てるかもしれないけど……」
にやりと笑って続けた。
「でもさ、朱音が頼めば断らないんじゃない?」
紫苑は小さく目を細め、美咲の言葉を吟味するように呟いた。
「彼女との関係性を考えれば、確かにその可能性は高いですね」
隼人は一瞬黙り込み、ふっと鼻で笑った。
「なるほどな。朱音が絡めば話は別か……。確かに否定はできねぇな。同じ時間を共にした深さは俺たちの比じゃねぇからな」
隼人が肩をすくめて笑ったその時――。
ドンッ、と重い足音と共に扉が乱暴に開かれた。
駆け込んできた兵士は顔色を失い、荒い息を整えながら叫ぶ。
「――た、大変です! レグナ様が……っ!」
「は?」
隼人が片眉を上げ、美咲が目を丸くする。
兵士の声は震えていた。
「レグナ様が……殺されました!」
部屋の空気が凍りつく。
さっきまで和やかだった談笑が、一瞬で張り詰めた沈黙に変わった。
美咲は思わず息を呑み呟いた。
「まさか……誰がそんなことを……」
紫苑は顔を伏せたまま冷ややかに言葉を継ぐ。
「状況が掴めません。しかし勇者が倒れた事実は、王都全体を揺るがすでしょう」
兵士は荒い息を整えながら一歩前に進み、深々と頭を下げる。
「ただいま緊急会議が開かれます! 全勇者を至急、会議室へと集めるようにとの御達しです!」
隼人、美咲、紫苑の三人は互いに視線を交わす。
「……行くしかねぇな。蒼真の事はまた今度だ」
紫苑は冷静に頷き、椅子から立ち上がる。
美咲も不安そうに唇を噛みながら後に続いた。
一方の蒼真は――。
寝室で身を横たえながら、痛む体を押して二人の気配に意識を向けていた。
片や、鋭く問い詰める朱音。片や、静かに見守るセリス。
どちらにも答えを返すべきなのに、どう言葉を選べばいいのか分からない。
二人の視線に挟まれ、蒼真の胸の内には答えを出せぬ焦りと苦悩が渦を巻いていた。
朱音は腕を組み、鋭い視線を向ける。
「……あんた、いつまで黙ってるつもり? 王都で何をやったのか、ちゃんと話しなさいよ」
セリスも柔らかい声ながら、問い詰めるように口を開く。
「蒼真……あなたが関わった出来事、私たちに隠していることがあるでしょう?」
問い詰める声が室内に響いた、その刹那――扉が荒々しく叩かれた。
「緊急事態です!」
慌てた様子の兵士が飛び込んでくる。
額には汗が滲み、声は震えていた。
「レ、レグナ様が……殺されました!」
「――えっ!?」
朱音の詰問の言葉が途切れ、彼女は思わず兵士を睨むように見た。
セリスも目を見開き、すぐに兵士へと歩み寄る。
「……詳しく。誰に、どこで?」
兵士は荒い息を吐きながら、続けざまに告げた。
「ただちに緊急会議が開かれます! 全勇者と関係者を至急、会議室に集めるよう命が出ています!」
寝台に横たわる蒼真を中心に、部屋の空気は一変する。
朱音は拳を握りしめ、セリスは沈痛な面持ちで祈るように目を伏せた。
「レグナ……あの男が殺された?」
かすれた声で呟いた蒼真の胸に、緊張と不安が重くのしかかる。
蒼真は歯を食いしばり、布団から身を起こそうとした。
「……僕も行くよ。もう無関係ではいられない」
だが、その言葉とは裏腹に力の入らない体はすぐに悲鳴を上げる。
全身の痛みが鋭く走り、腕は震え、上体を支えることすらままならなかった。
「蒼真!」
朱音が慌てて駆け寄り、肩を支える。セリスもすぐに反対側に回り込み、穏やかだが切迫した声で囁く。
「動いてはだめ……。今は体が癒えることを優先すべきです」
それでも蒼真は唇を噛み、視線を逸らさずに言った。
「……このまま横になっていていい状況じゃないだろう」
部屋の空気がさらに重く沈む中、兵士は彼らのやり取りに戸惑いながらも、急かすように声を張り上げた。
「お、恐れながら……! お時間がありません! すぐに会議室へ!」
蒼真は苦しげに息を吐きながら、それでも目の光だけは失わなかった。
「……行くよ、この耳で聞かないといけない」
その決意に朱音とセリスは一瞬視線を交わし――次の瞬間、朱音が蒼真の腕を取り、ぐっと肩を差し出した。
「なら私が支えるわ。いいでしょ、セリス?」
セリスも無言でうなずき、反対側から蒼真の体を支える。
二人の間に挟まれるようにして、蒼真はようやく立ち上がった。
足取りは重く、痛みによろめくたびに朱音とセリスが左右から必死に支える。
それでも蒼真は顔を上げ、兵士を真っ直ぐに見据えて言った。
「案内してくれ。……会議室へ」
兵士は深く頭を下げ、慌ただしく先導する。
こうして三人は、重苦しい空気を抱えたまま会議室へと向かうのだった。




