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才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった  作者: 雷覇


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第88話:覇者の眼差し

イリスは頬に淡い笑みを浮かべ、その表情には人を惑わせるような優しさが漂っていた。その唇から零れ落ちる声音は囁きにも似て、レグナの耳に心地よく絡みつく。

「あぁ、本当によかった。あなたが勇者で」


小首を傾げ、場違いなほど軽やかな声音で続ける。

「もし違っていたら困ったことになってました。私は無用な殺生は好みませんので」


レグナの瞳が業火のように燃え上がる。

全身を駆け巡る怒りはもはや抑えきれず、噛みしめた歯の隙間から低いうなりが漏れた。


「なめやがって!この俺にこんな真似をしやがるとは……覚悟はできてるんだろうなァ!!」


「来いッ! 雷獄槍グランディオス!!」


その咆哮と同時に、彼の背後の空間が唸りを上げて裂ける。

雷鳴が轟き、漆黒の闇を裂いて現れたのは雷をまとった巨大な槍。


槍が雷鳴と共にレグナの掌へ吸い込まれるように収まり、瞬間、周囲一帯を白光が覆う。握られた刃先から奔る電撃は石畳を砕き地を焼いた。


《雷獄槍グランディオス》を振りかざし、レグナは狂気の笑みを浮かべる。

視線をゆらりとイリスに向けると、口の端を歪めた。


「……ククッ、よく見りゃ……なかなかのいい女じゃねぇか」


獰猛な瞳が爛々と輝き、荒々しい声が響く。

「男の方はぶっ殺してやる! だがテメェは別だ……俺の奴隷にしてやるぜ!」


その言葉を受け、イリスは微笑を崩さぬまま小さく首を傾げた。


「勇者だというのに、品性に欠けますね……」


レグナの瞳が獰猛に光り、雷獄槍を振り上げる。


「ククク……ずっと閉じ込められて、むしゃくしゃしてたんだ。女にも触れられねぇ日々でよォ……!」


舌なめずりをしながら槍を構える。

「お前で全部発散させてもらうぜ」


その顔は狂気と下劣さにまみれた獣の面相。

舌なめずりをしながら、槍先をイリスへと向ける。


だが、その下卑た言葉を受けてもなお、イリスは柔らかな笑みを崩さなかった。

まるで舞踏会の夜会にでもいるかのように、にこやかに優雅に微笑む。


「まぁ……勇者様ともあろう方が、女に飢えていたと白状するなんて。随分とみっともないことですね」


レグナの瞳がさらに血走りる。

「ハッ……口の減らねぇ女だ。なら証明してやるよ……俺が勇者だってことをなァッ!」


その獰猛な気迫にもイリスは一歩も退かず、にこやかな微笑を浮かべた。


「いいでしょう。なら、存分に発散してください。ただ……あなたの相手は、私ではありません」


イリスは背後にレグナの背後を指差した。

「――後ろにいるお方です」


その言葉にレグナが振り向いた瞬間、思わず目を見開く。

そこにそびえ立っていたのは、まるで大樹のように揺るぎない巨体を誇る魔族だった

隆起した筋肉は岩のように硬く張り詰め、全身を黒い瘴気が淡く包み込んでいる。

その巨躯は構えすら取らず、ただ腕を組んだまま、無言でレグナを見下ろしていた。


ただ腕を組んで立っているだけなのに、その存在感は大地そのもののように揺るぎなく、空気を押し潰す重圧を放っていた。


「……っ……!」

レグナの喉がかすかに鳴り、呼吸が途切れる。

心臓は乱れた鼓動を刻み、身体が言うことをきかない。

理屈では説明できぬ直感が叫んでいた――目の前の存在は常軌を逸していると。

ただ視線を交わしただけで、全身の血が凍りつくような感覚に飲み込まれる。


咆哮を上げようとした口から漏れ出たのは震え混じりの声だった。

「……な、何だ……お前は……」


巨漢の魔族は動かない。

ただ腕を組んだまま、無言でレグナを見下ろしている。

その沈黙だけで圧し潰すに足る威圧が放たれていた。


やがて、低く地を這うような声が闇を震わせた。

「我が名は――魔王軍将星しょうせい、グラウゼル」


その名を告げるだけで周囲の瘴気が濃く渦を巻き、圧力が大地を押し潰す。


「勇者よ。ここで尋常に儂と勝負を受けてみせよ。剣を交えるのに余計な言葉はいらぬ。ただ力と覚悟を示してみせよ」


その声音には激情も怒気もない。ただ冷然たる宣告としての力があった。

レグナの心臓が、一瞬だけ冷たく縮み上がる。

だが次の瞬間、その恐怖をかき消すように口元が獰猛に歪んだ。


「魔王軍将星だか何だか知らねぇが……。俺を舐めるな!思い知れッ!!」


雷獄槍グランディオスが轟音を上げた。

穂先から奔る稲光が夜空を裂き、石畳を爆ぜさせる。

雷鳴と共に振り下ろされる槍、その軌跡は閃光の奔流そのものだった。


「ふん……雷鳴と閃光ばかり。実に中身のない芸だ」


「オオオオオッ!」

雷を纏ったレグナが一気にグラウゼルへと突進する。

その踏み込みだけで地面がえぐれ、飛び散った破片が雨のように降り注ぐ。

突撃の速度は嵐の烈風にも等しく、目に映るのは閃光の残滓のみ。


しかし、グラウゼルは動かない。

腕を組んだまま、ただ眼前に迫る雷の奔流を見据えていた。

その不動の姿は、迎撃の構えではなく圧倒的な自信の表れだった。


「……来い」


巨躯の喉奥から響いたその一言は、轟く雷鳴すら掻き消す。

次の瞬間、雷光と瘴気が正面衝突し、夜の街道は白と黒の閃光に呑み込まれた。



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