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才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった  作者: 雷覇


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第81話:絶望が刻んだ強さ

「ひぃああああッ!! い、痛ぇっ!……う、腕が……俺の腕がぁぁぁ!!」


レグナの絶叫が闘技場を震わせた。

血飛沫が石床に飛び散り、雷獄槍は主を失い鈍い音を立てて転がる。

稲妻は弾けるように霧散し、ただ血の匂いだけが重く漂った。


朱音は目を見開き、震える唇を押さえた。

「……蒼真……」


彼女の前に立つ蒼真は、なおも黒い氣を纏ったままレグナを見下ろしていた。

その眼差しに迷いはなく、ただ冷ややかな静けさが宿っている。


観客席の勇者たちは言葉を失った。

レンは青ざめた顔で後ずさり、アメリアは両手を組みながら声を震わせる。

「なんて……こと……」


その中でただ一人、隼人だけが口元に笑みを浮かべていた。

「……やるじゃねぇか」

飄々とした声とは裏腹に、その眼は鋭く蒼真を射抜いている。


レグナは血を垂れ流しながら這いずり、必死に後退する。

「ひぃっ……た、助けて! やめろ……殺さないでくれぇ!」


だが蒼真は一歩、また一歩と静かに近づく。

黒い氣が再び揺らめき、観客席の空気を圧迫していく。なおも一歩前へと進もうとしたその瞬間――朱音は衝動のままに飛び出した。

「もうやめてぇっ!」


彼女は蒼真の背に抱きつき全身でその動きを押し止める。

「お願い……もう、これ以上は……!」

声は震え、涙が滲んでいた。


直後、観客席からセリスが駆け下りる。

石床に降り立ち、朱音の隣で蒼真の腕を掴む。

「蒼真……! これ以上は駄目です!」


その声には祈りにも似た切実さがこもっていた。

さらに、観客席にいた勇者たちも次々と闘技場へと駆け降りてくる。

レンは恐怖に顔を歪めながらも声を張り上げ、アメリアは必死に「もう十分です!」と叫ぶ。


蒼真を制止しようと、次々と人々が割って入る。

闘技場全体は、張り詰めた空気と必死の叫び声で揺れていた。


その中で蒼真はふと、力を抜いたように肩を落とした。

カラン、と乾いた音を立てて、彼の手から剣が滑り落ちる。

黒い氣がふっと揺らぎ、濃密だった闘気は徐々に霧散していく。

重苦しい圧が消え、空気が一気に軽くなる。


「……蒼真……」

朱音の震える声で語りかけた。

蒼真はそれに応えることなく、ただ静かに目を閉じた。

刹那、彼の纏っていた黒い氣が完全に消え去った。


観客席で息を殺していた者たちが、一斉に安堵の吐息を漏らす。

レンはその場にへたり込み、アメリアも胸を押さえて天を仰いだ。

「……収まった……」


朱音とセリスも安堵の息を漏らす中、隼人だけがゆっくりと歩を進めていた。

コツ、コツ、と石床に響く足音。やがて蒼真の正面に立つ。


「……よぉ」

飄々とした笑みを浮かべながらも、その瞳だけは鋭く光っていた。

「なぁ、蒼真……俺のこと、覚えてるか?」


その問いに、朱音とセリスの表情が揺れる。

勇者たちも息を呑み、闘技場の視線が二人に集まった。

蒼真は静かに目を開き、隼人をまっすぐに見据える。

刹那、疲れ切った眼差しに確かな光が宿る。


「……忘れるわけがないだろ」


短く、しかし揺るぎない声。

その揺るぎない声を聞いた瞬間、隼人の胸にざらりとしたものが走った。

彼は口元に笑みを浮かべたまま、肩をすくめる。


「はは、そうかよ。これでも記憶力はいい方なんだが、すぐには気づけなかったぜ」


飄々とした声音。しかし、その瞳は真剣に蒼真を射抜いている。

笑っているはずなのに、心の奥底では冷たい予感が膨らんでいた。


(……もう、俺の知ってる蒼真じゃない。

別人……いや、それ以上か。何だこの威圧感は……)


隼人はわずかに息を呑み、胸中で苦笑した。

(……下手すりゃ、もう勝てねぇかもしれねぇな)


この世界に召喚され。勇者となった自分がそんな考えを抱くなど、これまで一度もなかった。けれど今、目の前の男を前にして初めて自らの敗北を想像してしまった。


それでも、隼人は表情を崩さない。

薄い笑みを絶やさず、あえて軽く言い放った。


「……お前、随分変わったな。冗談で済ませられねぇくらいに、よ」


蒼真はその言葉に、しばし沈黙を落とした。

やがて視線を逸らさず、低く呟く。


「……変われたのは、お前のおかげだよ、隼人」


静かに放たれた言葉に、朱音もセリスも、そして勇者たちも一斉に隼人を見つめた。


「……は?」

隼人の笑みがわずかに揺らぐ。


「俺のおかげ……? どういう意味だ……?」


思い当たる節はない。

隼人はこれまで、蒼真と本格的に交わったことなどほとんどない。

ただのすれ違い、軽口のやり取り程度――それ以上は何もない。


(まさか……あの時の模擬戦のことを言ってるのか?)


隼人は眉をひそめ、心の奥底でざわめきを覚えていた。

彼の中で「理解できない蒼真」が、ますます輪郭を増していく。


「おいおい。何の話だよ?」


隼人の問いに、蒼真はゆっくりと口を開いた。

その声音は低く、だが刃のように鋭かった。


「お前が僕のすべてを否定したからだ。

だから強くなれた。……地獄を潜り抜けてな」


その言葉に、闘技場の空気が一変する。

朱音は息を呑み、セリスは胸元を握りしめて蒼真を凝視した。

勇者たちも言葉を失い、ただ蒼真と隼人の間に張り詰める緊張を見守るしかなかった。


隼人の笑みが、わずかに硬直する。

「全部、否定した?」

軽い調子を装いながらも、心の奥では波立つものを抑えきれない。


(……俺はそんなにこいつを追い詰めていたのか?

模擬戦で勝って朱音を仲間に誘っただけだろ……わかんねーな)


蒼真の眼差しは、かつての知る剣士のものではなかった。

その奥に宿る光は、無数の修羅場を越えてきた者のもの。

地獄を潜り抜けたと自ら言うだけの重みが、その一言一言に滲んでいた。


「……あの日の絶望は、今も胸に深く刻まれている。

お前の強さと才能が、僕を壊した……そのおかげで強くなれた」

静かな声が、闘技場に響き渡った。



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