第79話:驚愕の光景(勇者side)
石造りの階段を駆け上がり、勇者たちは闘技場の観客席に姿を現した。
轟音と閃光が交錯する戦場を一目見た瞬間、誰もが息を呑む。
中央では雷光と黒き氣がぶつかり合い、稲妻と闇が激しくせめぎ合っていた。
雷槍を振るうのは、仲間であるはずの勇者レグナ。
だが、その相手の顔はこの位置からでははっきりと見えなかった。
「……嘘だろ。レグナが、押されてる……?」
レンが怯えたように声を上げた。
虚勢で隠しているはずの顔に、はっきりとした恐怖の色が浮かんでいる。
「信じられない……あの雷獄槍を真正面から……」
アメリアも青ざめた表情で呟く。精霊の気配を読む彼女には、蒼真から溢れる黒い氣が、人のものではないと直感できた。瞳を細め、戦場の只中を見据える。
「……あれはスキル? 勇者でなければ扱えるはずがない……。けれど、あの人は魔族でもない……」
「う、嘘だろ……雷を……弾いた……?」
レンは青ざめた顔で言葉を失い、背筋を凍らせながら後退する。
胸を締めつける恐怖が、戦場から視線を引き剝がすことを許さなかった。
隼人だけは口元に薄い笑みを浮かべ、腕を組んで佇んでいた。
「へぇ……」
飄々とした声音とは裏腹に、その瞳だけは真剣に光っている。
雷鳴が轟き床石が爆ぜる。レグナの放つ稲妻の奔流は、黒い氣に触れた途端、次々と掻き消されていく。
「……レグナの顔を見ろよ」
隼人が低く言った。
その視線の先、雷槍を握るレグナの顔には、焦りと恐怖の色が浮かんでいた。
闘技場を覆う轟音の中、勇者たちは言葉を失った。
「……戦ってるあいつ、どこかで見たことがある気がするな」
隼人が眉をひそめ凝視する。
「は……? 知り合いかよ?」とレンが半ば震えながら返すが、隼人は答えない。
ただ、胸の奥で拭えぬ既視感が疼いていた。
勇者であるはずの自分ですら背筋が凍るその存在感。
(……誰だ?俺は……あいつを、どこで……)
闘技場の外から駆けつける足音が重なった。
遅れて到着したセリスと朱音、紫苑、そして美咲が闘技場に姿を現す。
雷光と黒い氣がぶつかり合うその只中を目にした瞬間、セリスの表情が凍りついた。
「……蒼真……?」
抑えきれない声が唇から零れ落ちる。
その名が零れた瞬間、自分の失言に気づき、はっと唇を押さえる。
「……っ!」
セリスの顔には「しまった」という色が浮かんだ。
周囲の勇者たちや朱音が一斉に振り返り、彼女を見つめる。
「……え?」
朱音はセリスの言葉に目を見開いた。
だが、戦場に立つその男は、彼女の知る蒼真よりも背が高く、体つきも逞しい。
纏う氣もあまりに異質だった。
「ま、待って……蒼真って……あの蒼真?」
朱音の声には驚愕と戸惑いが入り混じっていた。
確かに剣の構え、そして一歩ごとに積み重なる気迫。それは見覚えのあるもの。
けれど、その姿は彼女の記憶にある蒼真とはまるで別人のようだった。
朱音の心臓が胸を突き破らんばかりに激しく打ち鳴った。
(そんな……嘘でしょ……? なんで……ここに蒼真が……)
朱音の瞳は恐怖と混乱に揺れ、その背を追わずにはいられなかった。
だが、その横から低い声が響く。
「……蒼真って言ったな。まさかあの朱音の道場にいた奴のことか?」
隼人の視線が朱音をとらえ、言葉を促すように止まった。
朱音は唇を噛み、しばし言葉を探したあとかすれる声で答えた。
「……見た目も違うし……背丈だって変わってる。だから……まだ、わからない」
朱音の曖昧な答えに、隼人は肩をすくめて口を開く。
「いや、あれは蒼真だろ。思い出したぜ」
軽い口調だったが、その言葉には確信が宿っていた。
そして、ほんの少し茶化すように笑う。
「ま、成長期だしな。背も伸びるし雰囲気も変わる。別に不思議でもねぇんじゃね?」
朱音はその言葉に返せず、ただ胸の奥の動揺を押し殺すように唇を結んだ。
隼人はちらりとセリスの様子を見て、にやりと笑った。
「……その顔じゃ、最初から知ってたんだろ? 蒼真がこの国にいるってさ」
その言葉は場の緊張を鋭く突き抜けた。セリスの表情が一瞬固まり言葉を失う。
朱音はそのやり取りに目を見開き、胸の奥にざらついた疑念を抱いた。
(セリス……やっぱり、知ってたの……?)
隼人の一言に、セリスの肩が小さく震えた。
その場しのぎの言い訳を探そうとしたが、勇者たちの視線が集まる中、もはや逃げ場はないと悟る。
「……ええ。知っていました」
短く、しかしはっきりとした声だった。
その瞬間、朱音の心臓が跳ねる。
(やっぱり……セリスは最初から……!)
「……なんで隠してたのよ、セリス!」
朱音の声は怒りと動揺に震えていた。今にも問い詰めようと一歩踏み出す。
だがその瞬間、轟音が闘技場を揺らした。
雷を纏ったレグナの突撃を、蒼真が黒い氣を纏う一撃で弾き返す。
雷光が砕け散り床石が割れて破片が飛び散る中、レグナは槍を弾き飛ばされ、無様に後ずさっていた。
朱音は息を呑み、セリスへの言葉を呑み込む。
今は問い詰めている場合ではない。レグナがこのままでは命を落としかねない。
「……っ、まずは止めないと!」
朱音の瞳は蒼真とレグナの激突に釘付けになり、怒りよりも先に焦燥が胸を支配していった。




