第76話:暴走の勇者を止めろ(勇者side)
レグナと蒼真が刃を交える直前――。
張り詰めた空気が場を覆う中、会議はなおも続いていた。
各国の使節たちは魔族による爆破計画を巡って激しく議論を交わし、勇者たちもまた、それぞれの立場から意見を示していた。
その最中――慌ただしい足音が響き、扉が勢いよく開かれる。
現れたのは、王都警備を任された騎士の一団。
先頭の若い騎士が、息を切らしながら頭を垂れた。
「も、申し上げます! 闘技場にて……グラディア王国の勇者、レグナ殿が暴れております!」
広間がざわめきに包まれる。
騎士の報告は続いた。
「観客や用心棒たちに無差別に危害を加え、闘技場は大混乱……!
多数の死傷者が出ており、このままでは市街にまで被害が拡大しかねません!」
「……なっ」
「この緊急時に、何をやっているのですかあの男は……!」
朱音も苛立ちを隠さず、声を荒げた。
「勇者の肩書きで呼ばれたくせに……やってることはただの暴漢じゃない!」
レンが大げさに頷く。
「そうだそうだ! 勇者の名が汚されるなんて迷惑だ! だったら力ずくででも連れ戻すしかない!」
アメリアは静かに頷き、真剣な眼差しで三人を見渡した。
「……同意します。彼を放置すれば、王国の人々が犠牲になる。私たちが責任を持って止めなければ」
隼人が面倒くさそうに椅子から体を起こし、ふっと笑った。
「連れ戻すねぇ……まぁ、暴れる犬は首輪をつけるしかないってことか。
ただ、あいつが大人しく従うとは思えないね」
アメリアが険しい目を向ける。
「だからといって、見過ごすわけにはいきません。彼は最悪の場合、街中で神器を使うかもしれない」
朱音が真っ先に立ち上がった。
「だったら、私が行くわ。あいつを野放しにしておくなんて我慢ならない」
隼人が肩を竦めて笑う。
「おいおい猪突猛進すぎだろ。あいつの槍を正面から受け止めて無事で済むと思うか?流石に朱音でも無理だよ」
「……くっ!」
朱音は奥歯を噛み締め、拳を強く握りしめる。爪が掌に食い込み、悔しさに震える瞳が隼人を射抜いた。
レンがすかさず声を荒げる。
「ふざけんなよ! こういう時こそ俺の出番だろ! 俺が行けば一瞬で燃やしてやれる!」
だが、その語気の強さとは裏腹に、額には冷や汗が滲んでいた。
アメリアは冷静に皆を見渡し、静かに言葉を紡ぐ。
「誰か一人で挑むべきではありません。彼は危険です。状況次第では、私たちにさえ刃を向ける可能性があります」
朱音が眉をひそめる。
「勇者同士で戦うことになるなんて……」
アメリアは首を横に振った。
「だからこそ、力を合わせて止めなければなりません。勇者同士で」
隼人がため息をつき、頭をかいた。
「チームプレイってやつか……正直めんどくさいな」
レンが悔しそうに唇を噛む。
「けど放っておいたら、俺たちまで同類に見られる……やるしかねぇか」
隼人は肩を伸ばしながら、ふと首をかしげた。
「……にしてもさ。そもそも闘技場なんてあったのか? この国に来て結構経つけど、そんな話ひとつも聞いたことがないぜ」
不意の疑問に場が静まり返る。
すると重鎮のひとり、大臣が咳払いをして口を開いた。
「……お恥ずかしい限りです。本来なら即座に取り潰すべき違法な場所。しかし、表向きは娯楽施設として見逃してきたのです。資金の流れや貴族の利権も絡んでおりまして……我々は長きにわたり目をつむってきたのです」
重苦しい言葉に、広間の空気がさらに沈む。
朱音が鋭く睨みつけた。
「つまり、その放置が今の惨状を招いたってわけね」
大臣は歯を食いしばり、深く頭を垂れた。
「返す言葉もございません……」
隼人は鼻で笑いながらも、瞳の奥に冷ややかな光を宿す。
「なるほどね。じゃあ今は、そのツケを俺たちが払わされるってわけか」
アメリアが厳しい声音で応じる。
「ええ。ですが、今は責め立てている場合ではありません。止められるのは私たちしかいないのです」
隼人が気だるげに椅子に背を預けながら口を挟む。
「で、誰が行くんだ? まぁ、俺一人で首輪をつけてこいって言うなら、やらないでもないけど……面倒すぎる」
朱音が睨み返す。
「ふざけないで。あんた一人じゃ不安しかないわ!」
レンも負けじと声を張り上げた。
「だったら俺が――」
そう言いかけて、アメリアの冷たい視線に言葉を飲む。
「いいえ。彼に挑むなら、一人ではなく全員で行くべきです。勇者同士、力を合わせて。それ以外に被害を最小限に抑える方法はありません」
会議の空気が一瞬張り詰める。
やがて、隼人が頭をかきながら小さく笑った。
「はぁ……やっぱそうなるか」
朱音が頷く。
「異論はないわ。全員で行くべきよ」
レンは不満げに唇を尖らせながらも、拳を握りしめた。
「……わかったよ。勇者の名が汚されるのを放っておくわけにはいかねぇ」
アメリアは深く息を吸い、確かな声で結論を告げる。
「決まりです。動ける者全員で行きましょう。必ず彼を止めるために。こんな事に時間を割いている暇はありません」
広間のざわめきが収まり、全員の視線が重なった。
その瞬間、勇者たちの間に初めて同じ使命を背負う覚悟が共有された。




