第75話:勇者レグナvs蒼真
レグナの槍が唸りを上げる。振り下ろし、薙ぎ払い、突きを繰り返す。
そのすべては常人なら目で追うことすらできぬ速度と重さを備えており、観客たちは恐怖と興奮の入り混じった視線で二人を見守っていた。
だが、蒼真の仮面の下の瞳は揺るがなかった。
(大振り、足運びは直線的。力に任せているから軌道は単純だ……全部、見える)
槍の突きが目前をかすめた瞬間、蒼真は半歩だけ動いてそれを空に泳がせた。
次の薙ぎ払いも、彼の剣が小さく角度を変えていなした。
火花が散るたび、レグナの力は自らの隙へと転じていく。
「なっ……!? これでも避けやがるだと!」
レグナの額に汗が浮かび、獰猛な笑みが一瞬だけ歪む。蒼真は静かに踏み込み、逆に剣の切っ先を喉元へ突きつけた。レグナは咄嗟に槍の柄で弾いたが、反動に腕が痺れる。
観客席がどよめいた。
「まさか……勇者が押されてる!?」
「嘘だろ、ただの剣士に……!」
蒼真は冷たい声音で吐き捨てる。
「所詮は神の加護に溺れているだけ。鍛錬もなく、欲望に任せて振るう力など敵ではないよ」
レグナが吠え再び突きを繰り出すも、その動きは完全に読まれていた。
蒼真の剣が一閃、槍の軌道を逸らし、逆に肩口へ鋭い一撃を叩き込む。
「ぐおっ……!」
鈍い衝撃音と共に、レグナがよろめいた。
「……ははは!」
だが、肩の痛みも忘れたかのように、レグナの口元が裂けた。
よろめきながらも、その瞳は獣のような光を増していく。
「いいじゃねぇか……! やっぱテメェはただの木偶じゃねぇ!」
声が闘技場に響き渡り、観客たちが思わず耳を塞ぐ。
レグナは地面に槍の石突きを突き立て、歯を剥き出しにして吠えた。
「ははははっ! だがなぁ……俺はまだ本気を出しちゃいねぇんだよッ!!」
その瞬間、彼の全身から噴き出す氣が荒れ狂い、闘技場の空気を震わせる。
石床が軋み、観客席の者たちは思わず身を引いた。
ただの戦士の氣ではない。それは神に選ばれた者へと与えられた加護が暴走するかのような膨張だった。
「うおおおおおっ!!」
レグナが吠え、再び槍を振りかぶる。
その速度と重さは先程の比ではなく、まるで巨獣が暴れ狂うかのよう。
「潰す! 粉々に吹き飛びやがれぇぇッ!!」
槍が地を薙ぐと石床が抉れ、破片が弾丸のように飛び散った。
観客の悲鳴が渦を巻き、支配人は蒼白な顔で頭を抱える。
だが蒼真は一歩も退かず、剣を構え直す。
(……力を解き放つほど、隙は大きくなる。暴力に酔いしれる限り、勝負は決まったも同然だ)
次の瞬間、再び二人の刃が激突する。
雷鳴のような衝撃が闘技場を揺らし、火花が闇を裂いた――。
「当たりやがれっ!!」
レグナの槍が嵐のように振るわれ、闘技場の床石を次々と砕いていく。
飛び散る石片が観客席を直撃し悲鳴が響き渡る。
だが、その暴風の中心でただ一人、蒼真だけは静かだった。
(荒い……速さは増したが、動きはさらに単調になった)
次の瞬間、レグナの突きが閃光のように迫る。
しかし蒼真は半歩だけずれ、剣を最小の軌跡で振るった。
金属音と共に槍先が逸れ、石床に突き刺さる。
その反動でレグナの体勢が崩れた。
「なにっ!?」
蒼真は間合いを詰め、肘打ちを脇腹へ叩き込む。
鈍い衝撃音と共にレグナの体がわずかに浮き、肺から空気が抜けた。
「ぐっ……ああああっ!!」
さらに蒼真の剣が踊る。
槍の柄を払い、膝裏を蹴り、肩口へ斬撃を叩き込む。
その動きは一撃ごとに確実に急所を突き、レグナを無力化していく。
「くそっ……何なんだテメェは!」
レグナが吠え、血走った目で睨む。
「……ただの暴力に酔うだけの男では、俺の敵にはならない」
剣先が突き付けられ、レグナの喉元にわずかな切っ先の冷気が走った。
闘技場全体に、重苦しい沈黙が落ちる。
レグナの口元が、かすかに引き攣った。怒りに血走った瞳が仮面の剣士を射抜き、次の瞬間、爆ぜるような声が放たれた。
「……てめぇ! 俺を舐めやがってッ!!」
筋肉が膨張し、全身の血管が浮き上がる。
蒼真の剣を弾き返し、レグナは咆哮した。
「もう遊びじゃねぇ……! ぶっ殺してやるッ!!
――来い、《雷獄槍グランディオス》!!」
その名が呼ばれた瞬間、闘技場の空気が震えた。
地を走る雷鳴、天井の松明が吹き消され、紫電が奔る。
観客たちが恐怖の叫びを上げる中、雷光の渦から現れたのは、稲妻を纏う巨大な槍。地に突き立った瞬間、床石が砕け、爆ぜる閃光が辺りを白く焼き尽くした。
「はははははっ!! これが俺の力だッ!! 神に選ばれた者の力だ!!!」
雷槍を掴み取ったレグナの全身から、暴力と狂気の氣が奔流のように吹き出す。
紫電が肌を裂き、観客席の鉄格子までもが焼き焦がされた。
蒼真は仮面の奥で思わず息を呑んだ。
(……これが、神器!? 力の質が違う……まるで世界そのものが敵になったようだ……!)
胸の奥に冷たい戦慄が走り、背筋を粟立たせる。
雷鳴の中、二人の戦いは、いよいよ死闘へと姿を変えていく。




