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才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった  作者: 雷覇


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第70話:小悪魔に翻弄されて

――翌日。


王都の朝は、まだ涼しさの残る空気の中で始まっていた。

陽光が石畳を黄金色に照らし、人々の喧噪が少しずつ街路に満ちていく。


蒼真はそのざわめきの中を、一定の速さで歩いていた。

昨夜の戦いの疲労はまだ体に残っているが、それを表情に出すつもりはない。

目的はひとつ。神殿でセリスと会い情報を伝えること。


(リリーナはちゃんと手紙を届けてくれたかな?)


そう考えながら、蒼真は神殿の白い尖塔を見上げた。

王都のどこからでも目立つその建造物は、朝日を受けて淡く輝き、荘厳な空気を放っている。重い扉を押し開け、中へと足を踏み入れると、香の匂いと静寂が彼を包んだ。


そこへ――

「おや、来ましたね」

柱の影から現れたのは、昨日別れたはずのリリーナだった。


「……お前か。手紙はちゃんとセリスに渡せたか?」


「ええ、もちろん。蒼真さんから預かった大事な手紙ですもの、真っ先にお渡ししました」

リリーナは意味深な笑みを浮かべ、わざとらしく首を傾げる。


その口ぶりに、蒼真はわずかに眉を寄せた。

(……その妙な含み、嫌な予感しかしない)


「おい、変なことは言ってないだろうな?」

「ふふ……そうですね。でも、何か面白い反応をしてましたよ?」


蒼真は、半眼でリリーナを一瞥したあと、小さく息を吐いた。

(……まあ、彼女に悪意はないはずだ。信じておくしかない)


彼女は任務をきっちりこなすし、裏の顔も含めて戦力になる。

だが同時に、どこか小悪魔じみたところがあるのも事実だった。

人の反応を面白がり、わざと含みのある言葉を残す。それは彼女の癖であり、悪戯好きな性分でもある。


蒼真は心の中で苦笑し、余計な詮索をしている時間はないと気持ちを切り替える。

今はセリスと合流し、魔族の件について話すことが最優先だ。


リリーナはそんな蒼真の様子を、楽しそうに横目で見ていた。

(……やっぱり蒼真さん、からかいがいがありますね)


彼女の口元に浮かぶ笑みは、次にどんな反応を引き出そうかと企む小悪魔そのものだった。

(……残念ですね)


リリーナは内心で小さくため息をついた。

こんな緊迫した状況でなければ、もう少しじっくり蒼真をいじって、その反応を楽しみたかった。彼が眉間に皺を寄せ、真剣な顔をしながらも微妙に言葉に詰まる瞬間。あれは、からかう者にとって格別のご褒美だ。


けれど今は、そんな遊び心を挟む余裕はない。

この後、神殿でのやり取りや魔族絡みの情報交換が待っており、下手をすれば状況はさらに悪化するかもしれない。


(……仕方ありません。遊ぶのは、全部片付いてからですね)


そう心の中で呟きつつも、口元にはほんのりと悪戯っぽい笑みが残っていた。

蒼真がそれに気づいているのかいないのか。少なくとも、彼女の視線はすでに次の機会を狙っていた。


蒼真は神殿の長い回廊を進みながら、隣を歩くリリーナに視線を向けた。


「……セリスはもう来ているのか?」


問いかける声は淡々としていたが、その奥にわずかな緊張が混じっている。

リリーナは歩みを緩めず、軽く首を振った。


「いいえ、まだお見えになってません。少し遅れているようですね」


「そうか……」


短く返した蒼真は、ほんの少しだけ表情を引き締めた。

余計な前情報を与えられていないことに安堵しつつも、会ったときの反応までは読めない。だからこそ、心の準備だけはしておく必要があった。

リリーナはちらりと蒼真の横顔を見て、にやりと口角を上げた。


「じゃあ、セリス様が来るまでの間――私が話し相手になってあげます」


「……別に暇ってわけじゃない」

蒼真は即座に否定したが、その歩調は変わらない。


「そう言わないで。沈黙よりは退屈しないでしょう?」

リリーナは軽く肩をすくめ、楽しげに視線を向ける。

その声音は、まるで「からかうチャンスを逃す気はない」と言っているようだった。


蒼真は小さくため息をつきつつも、強くは拒まなかった。

彼の中で、リリーナの軽口は面倒ではあるが、妙に空気を和らげる効果があることを知っていたからだ。


「……ほんの少しだけだぞ」


「ふふっ、十分です」

リリーナは嬉しそうに一歩近づき、距離を詰める。

その仕草は偶然を装っているが、肩が軽く触れるほど近い。


「蒼真さんって、こういうとき表情が固くなるんですよね。ほら、もうちょっと笑って」

「別に固くしてるつもりはないよ」

「じゃあ、私の目を見て。……そうそう、そのまま」


軽く覗き込むように顔を寄せるリリーナ。

その距離感は、傍から見ればまるで親しい恋人同士のようだった。

蒼真はわずかに視線を逸らし、ため息交じりに小声で呟く。


「……お前、やっぱり楽しんでるだろ」

「さあ、どうでしょう?」


その瞬間――廊下の向こうから足音が響いた。

二人が振り向くと、そこに立っていたのはセリスだった。

一瞬だけ表情が凍り、その瞳に微かに冷たい光が宿る。

そして、微笑を浮かべながらも、その声はほんのりと冷たさを帯びていた。


「……蒼真。何をしているんですか?」


リリーナは小悪魔のように口元を押さえて笑い、蒼真はわずかに肩を強張らせる。


「別に……何もしてない」

「そうですか? ずいぶん楽しそうに見えましたけれど」


セリスの瞳は穏やかな笑みを湛えていたが、その奥に秘められた感情は、蒼真の胸に妙に刺さるものがあった。そんな空気を楽しむかのように、リリーナはくすくすと笑いながら蒼真の腕にそっと指先を添える。


「では、お邪魔になるので私はこれで失礼しますね」


名残惜しそうな口調とは裏腹に、リリーナはひらりと身を引き、優雅に一礼すると背を向けた。その足取りは軽やかで、最後までどこか愉快そうな雰囲気を漂わせながら廊下の奥へと姿を消していった。


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