表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった  作者: 雷覇


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/68

第7話:羅刹丸の想い

夕暮れ。山肌を紅く染めながら、風が吹き抜ける。

天城蒼真は息を整え、羅刹丸の前で黙して座っていた。

羅刹丸は、燃えるような赤い瞳を山の彼方に向けたまま、静かに口を開く。


「……剣は、斬るためにある。だが、それだけでは空しい」


蒼真は顔を上げた。


「空しい、ですか?」


「ああ。俺は強さに飢え、各地を巡り、腕ある者を次々と斬ってきた。だがある時、一振りの剣に打ち砕かれた。」


羅刹丸の言葉には苦味と敬意が入り混じっていた。


「それが先ほども言った剣聖だ。あの者の一太刀には、怨念も執念もない。ただ、静かだった」


「静か……?」


「まるで風のようだった。俺の全霊の一撃を、微塵も無理せず受け止めたよ」


「……その剣聖を、恨んでないんですか?」


羅刹丸の瞼が静かに持ち上がる。赤く輝く瞳が火を見つめた。


「恨む理由がない」


「でも……あなたの剣は、打ち砕かれたんでしょう? 命を懸けて、求め続けた剣が……」


羅刹丸は小さく笑う。その声には悔しさではなく、静かな満足がにじんでいた。


「俺の剣を壊したあの者は、俺の限界を教えてくれた。

 もしあのまま勝ち続けていたら――俺は、剣を終わらせていたかもしれん」


「……終わらせていた?」


「ああ。誰にも負けぬ強さは、成長を止める。剣を極めたつもりで、己が傲慢に染まる。 だが剣聖は違った。まだ高みがあると、俺に思い知らせた。……だから感謝している」


蒼真は焚き火を見つめたまま、口を開いた。


「……どうして、あなたはこの山にいるんですか?」


羅刹丸は少しだけ眉を上げたが、すぐに静かに目を閉じた。


「……寿命を悟ったからだ」


「寿命……?」


「こう見えてかなり長生きしている。無茶をしたツケも回ってきている。俺は近い内に朽ち果てるだろう」


「剣聖ともう一度戦おうとは思わなかったんですか?」


「リベンジか……。考えなかったわけじゃない。だがあの女――剣聖サクラの剣には、怒りを向ける隙など一つもなかった」


「……女、だったんですね」


「でも戦わない理由にはならないでしょ。そのために剣を磨いたのでは?」


蒼真の問いかけに、羅刹丸は長く黙した。

やがて、焚き火の揺らめきに照らされた横顔が、わずかに笑みを浮かべる。


「……いや。そう言えるほど、簡単な感情じゃないさ」


「……?」


「俺は、彼女に――剣聖サクラに、惚れていた」


蒼真の目がわずかに見開かれる。


「気づいたのは、敗れたあとだ。あの剣に、あの眼差しに、俺は……ずっと憧れていた。ただ強いからじゃない。剣の奥にある想いに触れてしまったからだ」


「……じゃあ、どうして戦わなかったんですか。もう一度、会いに行けば――」


羅刹丸は首を横に振った。


「無理だった」


炎の音だけが、しばし空気を満たす。


「数年後、俺は知った。彼女が他の男と結ばれたことを」


「……」


「それを知った瞬間、俺の中の剣が、静かに折れた。

あれだけ追い続けた背中に、もう剣を向ける資格はない。俺の想いも、剣も、彼女には届かないんだと……」


静かに、だが確かに。

その声音には、長い孤独と未練がにじんでいた。


「それでも剣を捨てなかったのは……いつか、俺の前にもう一人の剣が現れる気がしていたからだ。お前のようにな、まっすぐな目をしたやつが」


蒼真は言葉を失ったまま、羅刹丸の背を見つめていた。

それはまるで、恋にも敗れ、剣にも敗れた男の、最後の灯火のようだった。


──

夜風が山の木々を撫でる音の中、羅刹丸は黙って蒼真の剣筋を見つめていた。


「……やはり、お前は凡人だな」


静かに告げられたその言葉に、蒼真はぴたりと手を止める。


「……そうですね。僕は隼人みたいな天才じゃない。だから、こうして……」


「違う。そういう意味ではない」


羅刹丸の眼が、炎の奥で鋭く光った。


「お前の剣には、凡人の形をして、神域の芯がある」


「……?」


「足運び、氣の流し方、どれも粗削りだ。だが、そのすべてに迷いがない。

己を信じ、目指すものを一寸たりとも逸らさぬ剣。それは、才ある者にはできぬことだ」


蒼真は言葉を失った。


「才ある者は己の力に酔う。だが、お前は違う。

お前は持たざる者として、自分の弱さを認めたうえで、真っ直ぐに前へ進んでいる」


羅刹丸は静かに続けた。


「……その剣は、やがて誰も届かぬ場所へ辿り着く。

気づいていないのは、お前自身だけだ。だからこそ――俺は、お前に託したい」


「……俺の剣を。魂を。命を、だ」


焚き火の炎が、音を立てて燃え上がった。

蒼真の胸に、言葉では言い表せない熱が宿る。


今の自分は、たしかにまだ弱い。

だが、その先があると、初めて誰かが信じてくれた。


その事実が、何よりも重く、誇らしかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ