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才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった  作者: 雷覇


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第55話:懐かしき故郷への想い(朱音side)

王族たちの演説が続くなか、早乙女朱音は椅子の背にもたれ、所在なげに天井の装飾へ視線を彷徨わせていた。


――正直、もう飽きた。


視界の端には、隼人が退屈そうに片肘をついてあくびを噛み殺している姿が映る。

王族の前でも一切の緊張を見せず、平然としたその態度――最初は「ただ者じゃない」と思ったが、今ではその飄々とした空気にも慣れてしまった。


(……もう、いいかな。なんか)


朱音は小さく眉をひそめる。

強いことは認めるけれど、その言動にはどこか実感が伴わず、薄っぺらく感じるときがある。たぶん、それは――


(あいつのほうが、不器用だったから……かな)


自然と浮かんだのは、あの道場の男――天城蒼真の姿だった。

無骨で、寡黙で、でも眼差しだけは真っ直ぐで。

誰のために、何のために強くなりたいのか――その問いをいつも背負っている人。


(今頃、なにしてるんだろ)


朱音の心に、ぽつりと小さな疑問が落ちた。


(……ま、あいつのことだから)


きっと、隼人に負けたことが悔しくて、どこかで黙々と修行でもしてるんだろう。

朱音はそう思いつつ、唇をぎゅっと結び、小さく笑った。


(別に、気になってるわけじゃないし)


そう呟くくせに、胸の奥にある重たいものは、ごまかしようもなかった。

この王都。きらびやかで格式ばっていて、剣の音も、土の匂いもない場所。

ここに来てから、何度「帰りたい」と思ったことか。


蒼月道場の、朝稽古の気配。

木刀の音、母・琴音の叱咤。

そして蒼真の、黙って立つ背中。


(……あたし、戻りたかったんだな)


王都に着いた直後、朱音は母に手紙を書いた。

「元気にやってる」とか、当たり障りのない言葉を並べながら――本当はただ、あいつの様子を聞きたかっただけだった。


(蒼真、どうしてる?)


だが、返ってきたのは実にそっけないものだった。

「務めを果たせ」「体調に気をつけろ」

どこにも、蒼真の名はなかった。


(……わざと、なのかな)


それとも本当に何もないのか。

元気でやっているのか。あの日、何も言えなかったことが、今でも胸に引っかかっている。


(最後、ちゃんと声をかければよかった)


黙って背を向けてしまった。

それが照れ隠しだったのか、意地だったのか――今になって悔しくてたまらない。


(……あいつ、今でも剣を握ってるかな)


朱音は机の縁を指でなぞりながら、心のどこかで問いかけた。

そしてふと、隣で飄々と座る隼人に目をやった。


(ワノクニを作った勇者と、同じ国から来たって言ってたよね、あいつ)


妙に感心した顔で、味噌汁や焼き魚を絶賛していた姿が浮かぶ。

「白米と漬物が反則」とか、「味噌って偉大」とか、細かすぎるほど味の感想を述べていた。


(……自由人のあいつなら、きっとそのうちワノクニへ行く)


ワノクニの味が恋しくなって、ふらりと旅に出て、

「やっぱ、飯はワノクニが一番」とか言い出しそうな顔が容易に想像できた。


(そのとき、蒼真も一緒だったらいいのに)


今度こそ、ちゃんと話せる気がする。

ちゃんと伝えられる気がする。


(……あたしだって、ここで頑張ってるんだから)


騒がしい議場のざわめきが、少しずつ遠のいていく。

朱音はゆっくりと拳を握った。胸の奥に、熱のようなものが宿っているのを感じながら。


蒼真と交わした言葉は、決して多くなかった。

けれど、彼の不器用な立ち姿、その一太刀に込められた想い――それが、今の自分をつくっている。

だからこそ、あのときの沈黙が、悔しくてたまらなかった。


(……でも、今なら)


目を閉じて、自分の内を見つめる。

あの頃より――確実に、自分は強くなっている。


勇者の仲間として選ばれ、女神の祝福を受けてからというもの、身体の反応も、氣のめぐりも明らかに変わった。かつて母に手も足も出なかった型稽古すら、今なら互角以上に渡り合えるかもしれない。

あの日の隼人との一戦――悔しさに歯を食いしばった記憶も、今ではただの過去だ。


(……あたしは、勇者の従者なんだ)


まだ完全に誇れるわけじゃない。

けれど、それでも確かに与えられたこの力は、あたしの中に根づいている。

そしてこの力をもって、ようやく言える気がするのだ。


今度こそ――


あのとき言えなかったことも、黙って背を向けた理由も。

強がりも、意地も、全部飲み込んで、まっすぐに伝えられる気がする。


(……ちゃんと、言うから。だから――)


そのときには、聞いてよね。

どれだけ悔しくて、どれだけ支えにしてきたかを。


朱音はふっと微笑んだ。


(……だから、次こそは)


剣士として。

一人の人間として。


――天城蒼真と、正面から向き合いたい。


(……そして、ちゃんと、言うんだ)


あのとき言えなかった「頑張って」とか。

沈黙で済ませた「またね」とか。

言葉にできなかった全部を――今度こそ、剣じゃなく、声で届けたい。


騒がしい議場の演説が一段落し、女神官の祈祷が始まる。

勇者とその仲間が受ける祝福は、国を越えて力を認められた証でもあった。


すでにアメリア、レン、レグナの仲間も順次祈祷を受けていると報告がある中、

朱音はふと、自分が選ばれた意味を考える。


(あたしは、なんで選ばれたんだろう)


――答えはまだ出ない。


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