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才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった  作者: 雷覇


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第51話:処刑獣ヨルグとの死闘

地下最深――《地獄階層・最下層》。


そこは、もはや闘技場という言葉では片づけられない場所だった。

壁には鎖が無数に垂れ下がり、鉄檻が幾重にも重ねられている。

観客席は設けられておらず、見る者は監視窓の奥に隔離されていた。


そしてそこに現れたのが――処刑獣ヨルグ。


全身を鎖で縛られたまま、咆哮と共に引きずり出されてきたその姿は、もはや人の形をしていなかった。


体格は蒼真の倍以上。

筋肉は隆起し、肌は黒く変色。全身に奇怪な紋様が浮かび、片目には鉄釘が打ち込まれている。


人間を喰らい続けた肉食の獣。

魔術と薬によって意識と痛覚を削がれた、正真正銘の破壊兵器。


「――行け、ヨルグ」


鉄の合図と共に、鎖が外された。


「――――グォオアアアアアアッ!!」


咆哮と共に、黒い巨影が土をえぐって跳びかかる。

音ではない、衝撃。

壁が震え、空気が裂け、場の温度が下がる。


(速い――!?)


蒼真の目が、初めて見開かれた。


これまでの見切りが通用しない。

重さ、速度、気配の型が存在しない。

ヨルグは戦うのではなく、喰らうために動いていた。


一撃、二撃。

剣で受けても衝撃が肘まで走る。膝が軋む。仮面の内側に熱い血が滲んだ。


(マズい……あれを正面から受けきったら――骨ごと潰される)


避けろ。見極めろ。崩せ。


蒼真はいつものように冷静に分析を試みるが、次の瞬間――

風を裂いて放たれたヨルグの肘打ちが、仮面の側面を打ち抜いた。


「――ッ!」


衝撃で視界がぶれる。仮面が半分砕け、右目の上を血が流れる。

蒼真は息を切らしながら、距離を取った。


これまでの相手とは違う。

反射も、氣の流れも通じない。

本能のまま暴れる化け物相手に、技は通じにくい。


(それでも……倒す。俺には、ここで止まる理由がない)


目の上の血をぬぐい、砕けた仮面の欠片を捨てる。


「……この程度で、止まっていられるか」


呼吸を整える。氣を腹に落とし、足の裏に意識を集中。


刃は欠けている。視界も狭い。

だが、だからこそ、一閃で終わらせるしかない。


――次の一撃に、すべてを懸ける。


ヨルグが再び咆哮を上げ、地を蹴る。

その姿はまさに魔獣だった。


(これが……越えるべき壁なら、俺は――)


蒼真は踏み込んだ。

そして次の瞬間、血と氣と殺意が交錯する斬撃が、闘技場に走る。


ヨルグが地を裂きながら突進する。


巨大な腕が振り抜かれ、空気を裂く音が耳を砕く。

重すぎる――速すぎる――正面から受けたら、終わる。


だが、蒼真は逃げなかった。


(ここで下がれば、俺の剣は折れる)


砕けた仮面の下、蒼真の右目に血がにじむ。

意識はすでに極限を越え、世界の輪郭すらぼやけていた。


――それでも、彼は見ていた。


ヨルグの踏み込み。わずかに左足が滑る。

全身を駆け抜ける氣の乱れ。

そして、重心が一瞬だけ浮く。


そこが隙――いや、一度きりの機会だった。


「――はっ!」


蒼真が地を蹴る。

斜め下から、獣の懐に飛び込むように踏み込み、

片刃の剣を逆手に構えた。


ヨルグの爪が、彼の背をかすめる。

皮膚が裂け、血が飛ぶ――だが、止まらない。


一瞬。

ほんの一瞬。

蒼真の氣が、全身に流れた。


(今だ……!)


静かに、確かに、剣が振り抜かれる。

風も音もない。

ただ、通った。


ヨルグの動きが止まった。

巨体がぐらりと揺れ、血が噴き出す。


喉元から胸元を斜めに裂く、鋭く深い一閃――

それは、羅刹丸の教えを全て注ぎ込んだ、蒼真の覚悟の一撃だった。


「…………グ、ア……」


ヨルグの瞳から、光が失われていく。


数秒の静寂。


そして――


ドォン。


地響きのような音とともに、巨体が崩れ落ちた。

観客席の監視窓の向こうから、誰かの叫びが上がる。


「倒したッ……! ラセツが、あのヨルグをッ!!」


「嘘だろ……本当に……!」


怒号のような歓声が鳴り響く。

だが、蒼真はそれに耳を貸さない。


剣を支えに、膝をつく。

肩は裂け、背中は焼けるように痛み、視界は二重に滲む。

全身の氣が擦り切れ、今にも意識が落ちそうだった。


それでも――彼は笑った。

仮面の奥、血に濡れた唇の端が、かすかに上がった。


(……生き残った)


そして、剣を通した感触が、確かに届いていたことを、彼は知っていた。

力じゃない。殺意でもない。

意志で打ち抜いた、ただの一太刀。

だからこそ、この一撃は、蒼真の中にあった迷いを一つ、切り裂いてくれた。


(この感覚だ・・・僕はまだまだ強くなれる)


歓声は怒涛のように湧き上がり、裏王都の闘技場は興奮の渦に包まれていた。

叫び、叫び、叫び続ける――誰もが信じられないものを目撃したのだ。


その夜、地獄階層の最深部は、歓喜と混乱に満ちていた。


勝者の名は――仮面の剣士・ラセツ。


その一閃は人ならざる怪物を打ち倒し、ただの剣技ではない意志の力を示した。

もはや噂ではない。ラセツの名は、その夜、生きた伝説として裏王都に刻み込まれた。


だが、観客の熱狂など届かぬ奥――

防弾ガラスに守られた監視室の中で、支配人は深く息を吐いた。

震える手で帳簿を閉じ、重苦しい沈黙の中、低く呟く。


「……もう、出せねぇ。あいつに勝てる相手なんざ、どこにいる……?」


声は独り言のように、空気に溶けて消えていった。


ラセツは強すぎた。

もはや賭けの駒ではなく、ゲームそのものを壊しかねない異物。


客は勝利に酔い、運営は予測不能に怯えていた。

次の対戦者など、誰が務まるというのか。


――この男は、闘技場の檻には収まりきらない。


支配人は頭を押さえた。


「……しばらくは待機させるしかねぇな」


だが放っておくのも危険だ。

手綱を――いや、鎖をつけねばならない。


「金でも女でもあてがって、機嫌を取っておくか。これだけの人気だ。抜けられたら困る」


椅子にもたれながら苦々しく続けた。

沈黙の中で、運命の歯車がゆっくりと回り始めていた。

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