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第50話:強すぎる故の問題

三撃、四撃、五撃――


バルクの大剣が唸りを上げ、次々と蒼真へと襲いかかる。

振り抜かれるたびに空気が震え、石土が砕け、観客席から悲鳴混じりの歓声が上がる。


「うおぉぉい! まだ避けやがる!」


「今の当たったら粉々だったぞ!」


だが、蒼真は一切の動揺を見せなかった。

仮面の奥、彼の目はますます冷たく澄み渡っていく。


(単純な力任せの連撃。だが、この速度、この重さ……普通なら捌けない。だが今の俺なら)


バルクが大剣を振り下ろす瞬間、ラセツはさらに一歩踏み込んだ。

回避ではない。真正面から、しかし刃を合わせずに、重心の崩れた右肘を狙う。


――ごぎゃっ


小さな音だった。だが確かな手応え。

バルクの右腕がわずかに痙攣し、振り抜く速度が落ちた。

そこを逃さず、蒼真は続けざまに斜め下へ滑り込む。


「ッ!!」


観客の一部が気づいた時には、すでに斬撃が入っていた。


――シュッ。


音なき一閃。

バルクの左膝に浅く鋭い一撃が入る。


「グオオォアアアアアア!!」


怒号のような咆哮と共に、バルクが大地を踏み砕く。

痛みでは止まらない。理性のない獣は、本能だけで暴れ続ける。


しかし、蒼真には見えていた。


(次の一歩で崩れる。重心がもう支えきれない)


バルクが再び突進する。

その瞬間、蒼真は仮面越しに静かに目を細めた。


――今だ。


一瞬の静寂。

そこからの踏み込みは、これまでのどの試合よりも速かった。


気配を殺し、氣を一点に凝縮する。

一瞬で間合いを詰め、一閃。


「……終わりだ」


鋭く放たれた刃が、バルクの肩口から胸元を斜めに走り抜けた。


巨大な体が、二歩、三歩と進んだあと

――ぐらりと、音もなく崩れ落ちた。


ドォォン……。


土埃が舞い、闘技場が静まり返る。

観客の誰もが声を失った。

それほどに、その一撃は鮮やかだった。


仮面の剣士・ラセツ。

狂犬と恐れられた戦士バルクを、一太刀で沈めたその姿に、もはや偶像ではなく伝説の気配が漂い始める。


やがて遅れて、雷のような歓声が湧き起こる。


「ラセツだぁあああ!!」


「仮面の剣士が、地獄の狂犬を斬ったぞ!!」


「アレは……本物だ……!」


だが、歓声の中心に立つ当人は、それをただの通過点としか見ていない。


(……まだ足りない)


彼の目は、さらに先を見ていた。

魔族の地。羅刹丸の故郷。

あの闇の中で剣を振るうためには、これしきの勝利では届かない。


蒼真――“ラセツ”は、静かに剣を納めた。


剣を見つめる観客たちにはわからない。

その仮面の奥で、少年が燃やしている誓いの熱を。


――そして、地獄の勝者に与えられる報酬が、彼を新たな局面へと導いていくのだった。


――バルク撃破の熱狂から、数時間後。


地下控室の奥、鉄製の扉が重く閉じる。

蒼真は黙って歩き、再び闘技場主催者の部屋の扉を叩いた。


「……入れ」


中では、支配人が額に汗を浮かべ、帳簿を繰りながら何かを早口で書き込んでいた。

扉が開くと同時に、蒼真の仮面が姿を現す。


「お、おい……なんだ。もう試合は終わっただろう?」


「次の相手を決めたい。もっと稼げる相手を頼む」


その一言で、支配人のペンが止まる。

顔を上げた男の表情は、笑っていなかった。驚き、そして……わずかな恐怖が滲んでいた。


「……あんた、マジかよ。バルクを、あれだけあっさり仕留めといて、まだやる気か?」


「金が要る。あと数試合で片をつけたい」


「数試合ってな……あんたの試合、今や地獄階層で観客動員トップだ。賭け金も跳ね上がってる。だがな……」


支配人は目を伏せ、机の下から小さな酒瓶を取り出して一口あおる。


「……あんたは強すぎるんだ。地獄階層ってのはな、危うさを楽しむ場所だ。勝つか負けるかわからねぇ、だから賭けも燃える。けど、あんたの場合、もう負ける未来が見えねぇんだよ」


「それが問題か?」


「当たり前だ。観客は賭けのスリルを楽しみに来てんだ。あんたの勝利に慣れちまったら、どれだけ強くても興奮しなくなる。逆に稼げないんだよ」


ラセツは黙って支配人の言葉を聞いていたが、やがてゆっくりと口を開く。


「だったら、俺が負ける可能性のある相手を呼べ。いるんだろう?」


支配人は、酒瓶を手にしたまま目を見開いた。


「……あんた、死にたいのか?」


「違う。生きてその先へ行きたいんだ」


支配人はしばらく沈黙したのち、低く唸るように呟いた。


「……一人だけいる。だが、あれは闘士じゃねぇ。処刑用の獣だ。裏の連中が見せしめに使う化け物だ」


「それでいい。次、それを回してくれ」


仮面の奥、蒼真の目には迷いがなかった。

支配人は顔を歪め、酒をぐいと飲み干すと、頭を掻きむしる。


「……あんたみたいなのが一番怖ぇよ。常識をぶっ壊してくる。観客も、裏の連中も、今は喜んでるが――そう遠くねぇうちに消される側に回るぞ?」


「それならその前に、稼ぎきって去る」


その冷静な言葉に、支配人は渋い顔をしたまま頷いた。


「……分かった。処刑獣を回す。だが忠告しておく。“ラセツ”――次は、今までみたいにはいかねぇぞ。やるなら、命どころか魂まで賭けろ」


「最初からそのつもりだ」


淡々と告げ、ラセツは部屋を後にした。

背中にあるのは、金でも名声でもない――ただ、一つの誓い。


そしてその夜、王都地下に告知が貼られた。


《特別試合・地獄最下層解放》

《仮面の剣士ラセツ vs 処刑獣ヨルグ》


闘技場は、狂気の最深へと進もうとしていた。

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