第45話:セリスと合流(朱音side)
城壁に囲まれた王都。
その中心に広がる迎賓の広間に、静かな足音が響いた。
扉が開き、ローブをまとった聖女セリスが静かに足を踏み入れる。
その気配に、先に到着していた一行が振り返った。
「……やっと来たか」
先に声を上げたのは、王国に召喚された勇者――瀬名隼人。
どこか飄々とした雰囲気をまといながらも、その目は真っすぐセリスを見据えていた。
「お待たせしました。聖女セリス。リグゼリア王国に到着しました」
セリスは静かに頭を下げる。
その背後から、もうひとつの明るい声が響いた。
「あなたが聖女かぁ。やっと会えたね」
屈託のない笑みで近づいてきたのは、ポニーテールが揺れる少女。早乙女朱音だった。
「私は早乙女朱音。よろしく」
「私は綾小路紫苑です。よろしくお願いしますね」
一緒に静かに一礼したのは、整った顔立ちに冷たい気品を漂わせる少女、綾小路紫苑。
「東雲美咲でーす!聖女さんとは縁がないかと思ってたけど、こうして会えるとちょっと感動〜」
無邪気な笑顔で手を振ったのは、軽やかな動きの元盗賊剣士、東雲美咲。
セリスは一人ひとりに丁寧に会釈を返す。
「初めまして。こうして面と向かってお話できるのを、私も嬉しく思います」
その端正な物腰に、朱音は小さく口を感心した。
「思ったより感じ悪くない人で良かった。もっとツンとした人かと思ってた」
「……期待を裏切ってしまったのなら、申し訳ありません」
セリスはわずかに微笑みながら、柔らかく返す。
その絶妙な切り返しに、朱音が思わず「うぐっ」と言葉に詰まる。
隼人はそんなふたりを眺めながら、楽しげに肩をすくめる。
「ま、これでやっと全員集合ってわけだ。ここからが本番だな」
セリスは小さく頷き、表情を引き締めた。
「……ええ。これから開かれる《連合会議》にて、私たちはただの来訪者ではなく、この世界の未来を問われる者となるでしょう。どうか、共に力を合わせて――」
「お、おいおい、急に堅いな? 今のセリフ、ちょっと中ボス感あったぞ?」
隼人の軽口に、場の空気がわずかに和む。
そして、勇者たちと聖女、五人の顔ぶれがそろったその瞬間から
運命の歯車は、大きく回り始めようとしていた。
歓迎の挨拶もひと段落し、各自が少しずつ場の空気に馴染み始めた頃、
聖女セリスは、ひとり窓際で外を眺めていた早乙女朱音に静かに近づいた。
「……朱音さん」
声をかけられ、朱音は振り返る。
「朱音でいいよ、どうしたの?」
「ええ。少し、お話してもいいでしょうか」
「別に構わないけど」
朱音は少し特に警戒することもなく了承した。
セリスは静かに一歩近づき、優しく微笑む。
「実は、あなたのことは少し聞いていました。――蒼真から」
その名前が出た瞬間、朱音の目がわずかに鋭くなる。
「……蒼真を知ってるの?」
「はい。……彼とは、しばらく一緒に暮らしていました。あなたの道場で」
朱音の眉がぴくりと動いた。
「……道場で暮らしてた?あいつとどういう関係なの?」
「関係、と言われると難しいのですが……彼に救われたことがありました。以来、助け合いながら過ごしていたのです」
「……そうなんだ」
「蒼真さんから、あなたの名前だけは何度か口にしていました。とても、大切にしているのだと感じました」
朱音はしばらく黙ったまま、窓の外に目をやった。
「……そう。あいつがそんな事を言うなんて、ちょっと意外だな」
セリスは朱音の心の揺れを感じ取りながら、静かに言葉を添える。
「あなたに彼の事を離したらどんな顔をするだろうと……少しだけ、楽しみにしていたんです」
朱音はふっと小さく笑った。
「……ふーん。まぁ私の方が関係はずっと長いけどね」
その笑みの裏には、焦りとも嫉妬ともつかない感情が、かすかに滲んでいた。
(彼とは、しばらく一緒に暮らしていました)
セリスが穏やかにそう言ったとき、朱音の中に何かが小さく弾けた。
その場では笑顔を崩さず、「へえ」と流した。
けれど、胸の奥では。
言葉にできない“ざらり”とした感情が、静かに波紋を広げていた。
(……一緒に暮らしてた?)
蒼真のことを考えるとき、朱音の中にあるのはいつも道場の光景だった。
無骨で、熱くて、時にバカみたいで真っ直ぐで。
そんな蒼真らしさを、誰よりも近くで感じてきたという自負があった。
だからこそ、セリスのその一言が、予想以上に引っかかっていた。
(なに? 一緒にご飯食べて、一緒に寝て、隣で過ごしてたってこと?)
理屈じゃない。
ただ、むかむかする。
朱音は言葉にできないその感情の正体を探ろうとして、眉をひそめる。
(べつに、そんなのどうでもいい……はずなのに)
苦しいわけじゃない。
悔しいわけでもない。
なのに、胸がぎゅっと詰まるような違和感がずっと消えない。
(……そうか。私が知らない蒼真がいる)
そのことが、何よりも腹立たしかった。
(誰よりも近くにいたと思ってたのに……知らない顔があるなんて)
しかも、それを口にする相手が――あんなに整った顔で、上品な口調で、蒼真のことを語るセリスという存在だったことも、余計に朱音の神経を逆なでしていた。
自分の知らないところで、
蒼真が誰かと一緒にいたこと。
その誰かが、こんなにも静かで、綺麗で、気品まで備えていて――
(……だから、むかつくんだ)
ようやく、自分の中にある感情に輪郭ができた気がした。
――それは、嫉妬だった。
誰にも認めたくないし、何より自分自身がそれを否定したかった。
けれど、心は嘘をつけなかった。
朱音は小さく息を吐き、心の奥で強く決意する。
(次に会ったら……あいつ、ぜっっっったい折檻だからね!)
道場仕込みの拳と蹴り。
理由も理屈も関係ない。
全力で叩き込んでやるつもりだった。
どうしてそんなに胸がざわついたのか、その答えは、まだ朱音にははっきりと分かっていなかった。けれど、蒼真と再会したときにはきっと――否応なく、その気持ちと向き合うことになる。




