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才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった  作者: 雷覇


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第41話:気まずい心

波が静かに船腹を打ち、甲板に立つ蒼真の前に、うっすらと霧が晴れていくように見えた。


――遠くに、王国の白い城壁が見える。


それはまさに《リグゼリア王国》の港町であり、四大国の中心地のひとつ。だが蒼真の目は、目の前の陸地ではなく、隣に立つセリスへと向けられていた。

彼女はいつもと変わらぬ静かな表情で、そのまま港を見つめている。


「……なあ、セリス」


蒼真がぽつりと口を開いた。


「お前には……お迎えが来るよな?」


セリスは一瞬目を瞬かせたのち、柔らかく頷いた。


「ええ。王都には伝令を出してあります。すぐ迎えの者が港に来るでしょう」


「……やっぱり、か」


蒼真は視線を海に戻す。その表情に、どこか陰りが混じっていた。


「何か、問題が?」


セリスが優しく尋ねる。

蒼真は少しだけ口ごもったが、やがて肩をすくめた。


「いや……別に問題ってわけじゃない。ただ……ちょっと、今は会いづらい奴が何人かいてさ」


「……勇者の皆さん?」


蒼真は無言で頷く。


「とくに隼人と……朱音。あいつには今、俺がこの国に来てるって知られたくない」


セリスがわずかに目を見開いた。


「……朱音さんにも?何か理由が?」


蒼真はしばらく言葉を選ぶように沈黙した後、短く息を吐いた。


「……気まずいんだ。いろいろ、な」


言いながら、自嘲気味に笑って肩を落とす。


「それに……朱音に知られたら、たぶん魔族の地へ行こうとしてること、止められると思う。アイツ、そういうとこ五月蠅いから」


セリスは黙ってその言葉を受け止めていたが、やがて穏やかに口を開いた。


「……では、こうしましょう。私は予定通り迎えの者と共に王城へ戻ります。あなたは――」


「少し時間を空けて、こっそり上陸させてもらえると助かる」


蒼真は即答した。


「港の人目に触れなければ、誰にも気づかれずに済む。……悪いな、セリス。こんな頼みして」


「気にしないでください。あなたが必要とするなら、私は喜んで協力します」


セリスはそう言って微笑んだ。

静かな潮風のなか、セリスの表情がふと引き締まった。


「……蒼真さん、一つお願いがあります」


「ん?」


蒼真が顔を向けると、セリスは真剣な瞳で言葉を紡いだ。


「魔族の地へ向かうのは……もう少しだけ、待ってもらえませんか?」


その言葉に、蒼真はわずかに眉をひそめる。


「……理由を聞いても?」


「近いうちに、きっと連合会議が開かれます。四大国が集まり、各国の勇者たちの情報や今後の方針を共有する場です」


「連合会議……」


蒼真が静かに反芻する。セリスは続けた。


「もしあなたがその前に動けば、何かを疑われたり、余計な注目を集めてしまう可能性があります。今、あなたはまだ、ただの旅人です。その立場を、今は保っておいた方がいい」


「……なるほどな。確かに、目立ちたくはない」


蒼真は軽く腕を組んで海を見やる。


「それに……その会議で、隼人以外の勇者の情報が明らかになるなら、僕としても悪くない話だ」


セリスは小さく頷いた。


「ええ。会議には王族や重鎮たちも出席します。そして勇者たち全員が一堂に会するはずです。あなたが警戒するべき危うい者も、きっと見えてくると思います」


蒼真はしばらく黙ったまま、波音を聞いていたが、やがて小さく息をついて頷いた。


「……わかった。少しだけ様子を見てるよ。ただし、何かが動いたら、すぐにでも行く。それだけは譲れない」


「もちろんです。私も、何か分かったことがあればすぐに伝えます」


そう言って、セリスは穏やかな微笑を浮かべた。

二人の間に、言葉なき信頼が生まれていた。

港の景色が、次第にはっきりと目に映りはじめる。


港の輪郭が次第に近づく中、蒼真がふと立ち止まりセリスの方を見た。


「そういえば……連絡はどうやって取ればいい?」


「……あ」


セリスは少しだけ驚いたように口元に手を添えると、すぐに真剣な表情へと変わった。


「たしかに、それを決めておかないといけませんね。港に着いたら、あなたとは一度別行動になりますから」


蒼真は軽く頷きながら言う。


「伝令を飛ばすのは目立ちすぎる。……街中で顔を合わせるのはもっと危険だ。勇者や朱音に気づかれたら、ややこしくなる」


「そうですね……」


セリスは少し考え込み、やがてふっと口を開いた。


「それなら神殿に、祈りの間という静かな部屋があります。もともとは祈祷師たちが瞑想や祈願に使う場所で、特別な許可があれば一般の者でも借りることができます」


「……その部屋、他の人が入ってくる心配は?」


「ほとんどありません。しかも、神殿の裏手には人目を避けられる小道が通じていて、そこから直接出入りすることができるんです。慎重に動けば、誰にも気づかれずに済みます」


蒼真は感心したように頷いた。


「それは便利だな。じゃあ、そこで会いたいときは、合言葉を書いた手紙を送るようにしよう。お互いに、それを受け取ったら直接話がしたいって合図ってことで」


セリスが少しだけ首を傾げる。


「合言葉ですか。何にします?」


蒼真は少し考え込み、得意げに言った。


「“風が鳴いたら会いにゆく”とか、どうだ?」


セリスは一瞬きょとんとしたあと、苦笑しながらぴしゃりと言い放った。


「……ダサいです」


「……えっ」


「風が鳴いたらって、ポエムですか? なんですかそれ詩人か何か?って笑われますよ」


「……いや、いやいや! けっこう情緒あるだろ!? 旅人っぽくて!」


「だからこそ、ダサいんです。……それっぽくしようとしてる感がにじみ出てて逆に目立ちます」


ぐさりと刺さるセリスの的確な批評に、蒼真は思わず肩を落とす。

蒼真はうなだれたまま、じわじわと心にダメージを蓄積させていた。


「……そこそこ真剣に考えたんだけどな」


「だって本当にダサいんですもの。そもそも風は鳴きませんし」


セリスはさらりと言い放ちながら、腕を組んで蒼真を見下ろしていた。


(……お前だってセンスのかけらもないだろ)


蒼真は心の中でこっそり呟いた。

さすがに口に出す勇気はなかったが、表情には出ていたらしい。


「……今、失礼なこと考えましたね?」


「はっ!? い、いや、何も!?」


「嘘です。顔に書いてありました。“お前もセンスのかけらもない”って」


「……ぐっ、心を読むな!」


「読まなくても分かります。そういう顔でした」


セリスはじとっと睨みながら、蒼真に一歩詰め寄る。


「言っておきますけど、私は少なくとも“風が鳴く”なんて言いませんから」


「うぐっ……っ」


「詩人気取りの人にセンスを語られる筋合いありませんね」


「や、やめてっ! 僕の自尊心がもうボロボロなんですけど!」


蒼真が防御の構えを取るように手を上げると、セリスはようやく呆れたようにため息をついた。


「まったく……少しは現実的に考えてください。合言葉なんて、もっと簡潔で自然なものでいいんです」


「はい……以後、気をつけます……」


しょんぼりと項垂れる蒼真に、セリスは小さく笑みを浮かべた。

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