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才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった  作者: 雷覇


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第4話:修羅の山

――ワノクニ北方、修羅の山・麓

山は濃い霧に包まれ、獣の唸りにも似た風が木々の枝を揺らしていた。

その中に、蒼真の姿があった。


背中には木刀一本。

道着のまま足元は土に汚れたままだ。


彼の前には、朽ちかけた鳥居が一本、斜めに傾いている。

そこを越えた先――それが、《修羅の山》だった。


「……止まれ」


霧の中から、声が響く。


すっと風が割れた。

姿を現したのは、白銀の髪と鋭い眼差しを持つ老人だった。

装束は古代武家のようで、その背には一本の太刀が下げられている。


「貴様、名は?」


「……天城蒼真。蒼月道場の者です」


「なるほど、あの女の弟子か。で――何のためにここへ来た」


蒼真は、短く息を吐き、はっきりと答えた。


「……強くなるためです」


老人は目を細め、口の端をかすかに歪めた。


「そうか。あの山に入る理由としては、まあ、それでよい」


「入って、いいですか」


「好きにしろ。誰も止めはせん。だが、一つだけ教えておく」


老人の声が、霧の中に鋭く響く。


「この山に入った者は、二つに分かれる。

 一つ、“喰われる者”――魔の氣に取り込まれ、帰らぬ者。

 もう一つ、“壊れる者”――命こそあれど、心を失い戻っても人に戻れぬ者」


蒼真は黙って聞いていた。


「かつて、幾人もの武人がここを目指し、そして……消えた。

 修羅の山は、その名の通りだ。お前が立つ場所に戻って来た者は――ほぼ、いない」


老人の瞳が鋭く光る。


「それでも、行くというのか?」


蒼真は迷わなかった。


「……はい。行きます」


「なぜそこまでして、強くなろうとする」


静かな問いに、蒼真は答えた。


「全てを、失いたくないからです」


その声には、涙も怒りもなかった。

ただひたすらに、強い決意だけが宿っていた。

老人は、ふっと目を細めた。


「……なら、行け。この鳥居以外はすべて結界が貼られている。この場所以外からは出る事も入ることもできんぞ」


そう言って、霧の中へと姿を消した。


蒼真は、朽ちた鳥居をくぐる。

冷たい氣が、肌にまとわりつく。

背後の道が霧に飲まれ、視界から消える。


その瞬間――少年は、ただの稽古では踏み入れぬ領域に、足を踏み入れたのだった。

鳥居を越えた瞬間、蒼真の全身を鋭い冷気が包んだ。


空気が違う。

氣の流れが異様だ。まるで見えない何かに常に見張られているような圧迫感。


足元の草木は色を失い、岩肌からは黒ずんだ蒸気が吹き出していた。

木々の幹には、どす黒い瘴気のようなものが絡みつき、まるで呼吸しているかのように脈打っている。


「……人の氣じゃない」


蒼真は木刀を抜いた。

その刹那。


――ヒュン。


風を切る音。


「……!」


身を低くした瞬間、背後の木に、何かが突き刺さった。


(襲撃!?)


すぐに身を翻し、木刀を構えた。

霧の中、うっすらと何かの気配が漂う。


獣のような、いや、何か違う。

それは――人に似て、人でないもの。


獣のような爪、四足で這いながらも、どこか人間の形をした魔族の残骸だった。


「うぅぅ……ガァ……ァアアア……!」


咆哮をあげて飛びかかってくる。

蒼真は、木刀を振るう。

斬撃が、その肩を裂いた。


だが、魔族は倒れない。

痛みも感じていないのか、呻きながら再び襲いかかってくる。


(……気持ち悪い。こいつ生きてない)


木刀では、抑えられない。

瞬時に判断し、蒼真は回避に徹する。


(今の俺の力じゃ倒せない)


一撃も喰らえない戦い。

ただ避け、流し、消耗していく。

その中で、蒼真は確信した。


(これが、勇者の戦う世界か――)


足元が震える。

けれど、心の中にあるのは逃げる意志ではなかった。


(やっぱり、ここで正解だった。怖い。でも、ここで死ぬ覚悟をしなきゃ――誰も守れない)


再び魔族が飛びかかってくる。

蒼真は叫ぶように、己を叱咤する。


「俺は……この山で、死ぬ気で強くなる!!」


木刀を握る手に、氣が集中する。

心が“刃”になる瞬間――その眼が、初めて《恐れ》ではなく《覚悟》を帯びた。


「……ハァ、ハァッ……っ!」


何度もかわし、受け、体をかすめる爪と牙に傷を負いながらも、蒼真はなんとか生き延びていた。

だが――


(まずい……氣の流れが乱れてる)


踏み込みが浅い。防御も遅れはじめている。

木刀はすでにひび割れ、手は血で濡れていた。


目の前の魔族は、まだ動きを止めない。

むしろ、傷を負うごとに凶暴性が増しているかのようだった。


「こんな……こんな化け物が、外の世界では日常なのか……?」


――刹那。


魔族が地を這うように間合いを詰め、低い姿勢から飛びかかる。


「――ッ!」


もう、受けられない。

木刀では間に合わない。


(……終わりか?)


一瞬、脳裏に浮かんだ諦めの影。

だがその時、ふと脳裏に響いた言葉があった。


――「剣は理ではない。氣と魂で斬れ」


母のように厳しかった琴音の教え。

朱音と過ごした、幼い日の稽古。


(……魂)


瞬間、蒼真の氣が爆ぜた。


風が巻く。

重力がねじれたかのように、空間が震えた。

木刀を握る手に、全神経を集中させる。


氣の流れを、初めて――感じたのではなく通した。


「……俺は、凡人だ。でも!この剣は諦めない俺そのものだァァッ!!」


叫びと共に踏み込む。

ただ一太刀。


木刀が、正面から魔族の体を貫いた。


――ゴギィッ。


乾いた音。

黒い血を撒き散らしながら、魔族が呻き崩れ落ちる。


沈黙。

霧の中に、風の音だけが戻ってくる。


蒼真はその場に、膝をついた。


「……勝った……のか?」


血と汗で濡れた顔に、冷たい風が吹く。

それは祝福にも似た、厳しくも優しい風だった。


だが――彼はまだ、この山の《入口》に過ぎない。


彼の試練は、ここから始まるのだった。

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