表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった  作者: 雷覇


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/68

第35話:勇者の神器

蒼真は黙って刀を見つめた。

鍛えたばかりのその刃には、まだ名も誇りもない。だが確かに、自分の氣と呼応している。まるで魂の延長のように。


「……凄いな」

刀を鞘に収め、肩にかけながら呟く。


「当然だ」

鋼屋が振り返ることなく応える。


「俺が打った刀だ。お前の命が宿ってて当然だろ」


蒼真はゆっくりと頷いた。その眼差しは、以前よりも少しだけ静かで、そして深い。


「これで……ようやく、あいつと並べる気がする」


鋼屋はふっと鼻を鳴らした。


「あいつとは、誰のことだ?」


蒼真は少しだけ迷ってから、正面を見据えたまま答える。


「瀬名隼人。王国が召喚した勇者……です」


その名を口にした瞬間、鋼屋の手が止まった。打ちかけていた鉄槌が空気を裂くような鋭さで止まり、代わりに鈍い沈黙が小屋を満たす。

鋼屋はゆっくりと顔を上げる。無精髭の奥の表情が明らかに不機嫌に歪んでいた。


「……勇者ね。耳障りな響きだ」


「ご存知なんですね」


「ああ。武器なんか使わずに勝てるとでも思ってる奴ばっかりだったな。刀の重みも、打ち手の想いも何ひとつ背負わねえ。そういうのは見てて退屈だ」


低く唸るような声。怒りというより、どこかにじんだ諦めと嫌悪があった。


「俺はな、名のある刀を打ちたくてこの谷に引きこもったわけじゃねえ。魂のある奴とだけ向き合いたかった。それだけだ」


蒼真は静かに聞いていた。

鋼屋の声が、鉄のように冷えて、しかしどこか温かかった。


「……でも、お前は違った。少なくとも選ばれたなんて顔はしていない」


鋼屋はそう言って、鍛冶台の上にある金槌をひとつ、軽く投げた。


「並ぶんじゃねえ。奴らを抜けよ。その先に守るべきもんがあるならな」


鋼屋はしばらく黙ったまま、火床の炭を鉄棒でかき混ぜていた。パチパチと弾ける火の音だけが、狭い鍛冶小屋に響く。


「ところでお前、勇者のことをどこまで知ってる?」


問いかける声には、あきらかな探るような色があった。

蒼真は少し考えたあと、正直に答える。


「スキルが強力なのは知っています。隼人は異常なほどの身体能力がありました」


鋼屋は火床に目を落としながら、重々しい声で口を開いた。


「勇者ってのはな、スキルだけじゃねぇ。神の加護を受けた特別な武器を持って現れる。最初から勝つための手段を握ってる連中だ」


「武器も、与えられるんですか?」


蒼真がわずかに目を見開く。


「知らなかったのか?ああ、スキルだけでも十分に強い。だが本当に厄介なのは神から与えられる神器だ。炎を呼ぶ剣、雷をまとう槍、時には触れただけで癒す盾なんてのもある。しかもそれが、最初から奴らの手にある」


鋼屋は、手にした鉄片を投げ捨てるように炉へ放り込む。


「そんなもん持ってる奴に、俺が打った刀が必要とされると思うか? ……くだらねぇ話だろ」


蒼真は目を見開いた。


「そんな武器まで……」


「お前が見た勇者がどうだったか知らねぇが、本気を出しちゃいなかったってことだ。神具を見せないってのは、つまりそういうことだ。まだ隠してる力があるってことさ」


蒼真は言葉を失い、ふと隼人の姿を思い出した。あの飄々とした態度。無造作な笑顔。


(……まさか、あれでまだ全部じゃなかったのか……?)


全身を冷たいものが駆け抜ける。

隼人は、ただの天才じゃない。

あれは選ばれた者。最初から特別な何かを持っている存在だった。


「神が打っただの、神に選ばれただの、そんなもんに頼る奴は、俺の打った刀なんぞ使わなくていい」


蒼真は驚いたように鋼屋を見る。


「……でも、それって、すごい武器なんじゃ?」


「確かに力はあるんだろうよ。だがな最初から完成されてるもんってのは、使い手を育てねぇんだよ」


鋼屋は立ち上がり、蒼真を真正面から見据える。


「神から与えられたもんじゃなく、自分で選び、歩んでいく。それが本当の武器だと、俺は思ってる」


静かな言葉だった。

だが蒼真の胸には、熱く響いた。


「はい。僕も、そう思いたいです」


鋼屋は満足げに小さく笑い、火床に再び向き直った。

蒼真は深く頷いた。

その眼差しには、もう迷いはなかった。


「超えて見せます。神の加護だろうと、使命だろうと僕の道を遮るなら、全部」


鞘に収めた刀の感触が、背中越しに伝わる。

それは、神の祝福ではない。鍛冶師と剣士、ふたりの覚悟が打ち込まれた刃。


鋼屋は焔を見つめながら、ぽつりと呟いた。


「勇者なんて呼ばれた奴らは、俺にとっちゃみんな薄っぺらな偽物だった。だが、お前は違うようだな」


「僕は、勇者じゃない。ただの剣士です」


「それでいい」


鋼屋は、ようやく満足そうに息を吐いた。

火床の中で、炭が赤く瞬き、まるで何かの決意に呼応するように火の粉が舞う。


「忘れんな。この刀は、お前とともに鍛えられる。壊してもいい。迷っても、負けてもいい。けど――」


鋼屋は、鋼のように重く静かな声で続けた。


「投げ出すな。それをやったら、俺が叩き直しに行く」


蒼真はわずかに笑った。


「……そのときは、また打ってもらいますよ。もっと強くなって、あんたに恥をかかせない刀を」


「フン。言ったな、ガキ。行ってこい!」


鋼屋は背を向けると、また黙々と火と鉄に向き合い始めた。

その姿に、蒼真は静かに一礼をして、刀を携えて静流と共に鍛冶小屋を後にする。


谷を越え、再びあの道を進む。

今度は、胸に確かな重みと、誓いを携えて――。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ