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才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった  作者: 雷覇


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第34話:自分だけの一刀

谷を越え、岩道を下った先。

そこには、灰色の煙が静かに立ちのぼる一軒の鍛冶小屋があった。


まわりを囲むのは巨岩と樹海。

人の気配などまるでない、静謐な土地。


だが、その小屋からは、どこか張り詰めた氣のようなものが漂っていた。

静流が扉の前で足を止める。


「ここよ」


蒼真が頷いたその瞬間。


――ガンッ! ガンッ!


鉄を打つ音が、まるで心臓の鼓動のように響いてきた。

静流が扉を軽く叩く。


「鋼屋さん。神代静流です。紹介したい人がいるの」


少しの沈黙。

やがて、ギィと扉が開いた。


現れたのは――


長身の男だった。

白銀に近い灰髪、煤で汚れた鍛冶服に太い腕。

その眼差しは、燃える鉄のように熱く冷たい。


「神代……てめぇか。久しぶりだな」


「ええ。元気そうでなにより」


「で、そっちのガキは何だ。弟子でも拾ったか?」


「彼に武器を作ってほしいの。実力は私が保証するわ」


鋼屋は蒼真を見据えた。


「……」


無言のまま、鋼屋の眼が蒼真を射抜く。

蒼真もまた、視線を逸らさずに言った。


「刀を求めに来た。僕の一振りを作って欲しい」


刹那、鋼屋の口元が微かに吊り上がった。


「……悪くない眼だ。少なくとも、見栄で剣を握る連中よりマシってことか」


男はゆっくりと鍛冶小屋の奥へと戻っていく。


「ついて来い。俺が認めりゃ、お前の刀を打ってやる」


鍛冶小屋の奥には、鉄と煤の匂いが満ちていた。

大小様々な剣が壁にかかり、炉の奥では真紅の鉄がじわじわと熱を帯びている。


鋼屋が重い足音を響かせながら棚から一本の刀を取り出す。

やや古びた拵え――だが、鞘に収まったその姿には、鋭利な氣が宿っていた。


「まずはこいつだ」


鋼屋は刀を蒼真に放り投げた。

蒼真は一瞬で受け止め、すぐに正眼に構える。


「見た目は古いが、斬れ味は保証する。お前に合わせて鍛える前に……その腕前、見せてもらおうか」


鋼屋が顎で指し示した先、そこには無造作に立てられた太い薪の束と、積み上げられた干し藁人形のような標的があった。


「好きに斬れ。ただし一撃で、終わらせてみせろ」


蒼真は頷き、一歩前へ。

息を吸い、心を鎮め、氣を集中させる。


風が静まった。


次の瞬間――


「――はッ!」


振り下ろされた一閃。

鈍くも鋭い斬撃が薪を貫き、同時に後方の人形も斜めに真っ二つに裂かれる。


一瞬の遅れで、遅れていた空気が唸りを上げた。

切られた藁が、まるで音を立てずに崩れ落ちる。


「……っ」


静流が息を呑む。

鋼屋は腕を組んでいたが、片眉を上げ唇の端をほんのわずかに吊り上げた。


「悪くねぇな」


「これが、今の僕の全力です」


刀を鞘に戻した――その瞬間、鈍い音とともに鞘口が裂けた。


「……っ?」


蒼真が驚きの色を浮かべて柄を引くと、刃が露わになった途端、まるで限界を迎えたかのように音を立てて欠けた。


刃の縁が、数か所にわたって深く割れ、刀身には細かい亀裂が無数に走っていた。まさに命を削って振るわれたかのような姿。


「何でこんなボロボロに……」


蒼真が呟くように言うと、鋼屋が鼻を鳴らして言い放つ。


「そりゃそうだ。今のは量産型の試作だ。氣をまとった一撃に耐えられるような代物じゃねぇ」


「……つまり、僕はもう普通の刀じゃ足りないってことか」


「そういうこった」


鋼屋は火の前に戻り、炉を再び開いた。


「ならば、その先を見せてもらおうか。……お前のための一振り、打ってやるよ」


鍛冶場に、再び鉄を打つ音が鳴り響いた。

小屋の炉は真紅に染まり、炎が唸り声のように揺らめいていた。

鋼屋は無言で鋼を炉から取り出し、金槌を振る。


ガン、ガン、ガン……!


火花が宙に散る。


「心して聞け。刀ってのは使う者の魂を喰う。

お前の剣が脆けりゃ、魂も脆い。

だが、魂が強けりゃ……どんな刃よりも強くなる」


蒼真はその言葉を一言も逃さず、じっと見守っていた。

鋼が熱され、打たれ、折り返され、また打たれる。


深山の鍛冶小屋に、再び重々しい鉄槌の音が鳴り響いた。

鋼屋は炉の火を最大まで焚き上げると、金属の箱を開く。


中から取り出されたのは、光を吸い込むような黒紫の鱗片――かつて焔喰いと呼ばれた魔物の外殻だった。


「この鱗は鉄と違う。ただ焼いても叩いても、形を変えん。だが――」


鋼屋は、慎重に一枚の鱗を炉に入れた。


「氣を流し込むと、こいつは応える」


鋼屋の掌から淡く光る氣が吹き込まれると、鱗が微かに唸り声のような音を立てる。そして、徐々に赤熱し、やがて金属のように軟化した。


「魔物の殻は、氣に呼応する性質を持つ。だからこそ、お前の剣になる」


溶け始めた鱗を取り出し、炉の横で待機していた純鉄の地金と重ねる。


「混ぜる。魔と人、異なる素材をひとつにする。だが中途半端では崩れる」


鋼屋は一晩かけて火を見張り続け、素材の「熟し」を待った。

夜明けとともに、最初の鍛打が始まった。


――ガンッ!


叩くたびに火花が四方に飛び散る。普通の鋼よりも遥かに重く、鍛錬には常人の倍の力が要る。


「この鉄は生きてる。叩くたびに、こっちを試してやがる」


蒼真と静流は外で見守る。鍛冶場に立ちこめる鉄と氣の匂いが、時の流れを忘れさせた。やがて鍛打が終わると、次は「焼き入れ」。


高温に熱された刀身を、一気に冷水へ。


――シュウウウッ!


蒸気が上がり、鍛冶場の中が白く包まれる。

その中に、一本の「刃」が現れた。

まだ未完成。しかし、刀としての命がそこに宿り始めていた。


「次は研ぎだ」


粗砥から始め、砥石を変えながら慎重に磨き上げていく。

一筋の刃文が現れる。まるで、火と影の波紋のように揺らぎ、剣に魂のような脈動を与えていた。最後に柄と鞘を仕立て、布で全体を拭い、仕上げる。


鋼屋は、完成した刀を両手で持ち、蒼真の前に差し出した。


「受け取れ。これはお前だけの刀だ」


蒼真は静かに刀を手に取った。驚くほど自然に、掌にその重みが馴染んでいった。


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