表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった  作者: 雷覇


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/68

第32話:それぞれの道

木造りの簡素な部屋に、静かな陽光が差し込んでいた。

湯気の立つ茶碗が並ぶ卓を囲んで、蒼真、セリス、静流の三人が座っていた。


言葉少なに茶を啜りながらも、皆その胸の内に、別れの刻が迫っていることを悟っていた。やがて、が口を開く。


「僕はここを出て、魔族の地へ行く」


その言葉に、セリスが小さく目を見開く。


「……本気、なのですね」


「ああ。師匠との約束だ。自分の目で世界を見ろってな。あの地に何があるのか。

人類の敵なのか、それとも違うのか。それを確かめなきゃ、僕自身が進めない」


迷いはなかった。

それは誰かに与えられた使命ではなく、自ら選び取った道の言葉だった。


静流が微かに目を細める。


「危険な場所だと聞いています。本当に大丈夫ですか?」


「確かなことは何もない。だが、あの地へ足を踏み入れなければ、何も見えてこない。この目で確かめる。この耳で真実を聞く。必要なら、剣を交える覚悟もある。

どれだけ危険でも……僕は行くと決めた」


蒼真の言葉に、セリスはゆっくりと頷いた。


「私はリグゼリア王国へ向かいます。勇者たちと合流しなければ。

もともと、彼らとは合流するという約束を交わしていました。

どれほど気がかりなことがあっても、それを違えるわけにはいきません」


わずかに伏せられた目が、迷いを断ち切るように強く輝いていた。


「……本当のことを言えば、蒼真が魔族の地へ向かうのは、危険すぎると思っています。たった一人で行くなんて、あまりにも無茶です」


その声音には、抑えきれない不安と心配が滲んでいた。


「できることなら私も力を貸したい……もしよければ、蒼真も王国へ一緒に来ませんか?あなたの実力なら勇者たちの助けになれるはずです」


蒼真はしばらく沈黙したまま、視線を遠くへ向けていた。

やがて、低く静かな声で言葉を返す。


「……気持ちはありがたいけど、僕は行かない」


セリスがわずかに目を見開く。


「隼人とは……今は、わかりあえる気がしない。

あいつに粉々にされたんだ。僕の努力も、誇りも――全部、あっさりと」


拳を握る指先に、悔しさが滲む。


「きっといつかは……いや、いずれ向き合わなきゃいけないことだって分かってる。

でも今はまだ、その時じゃない」


蒼真はそう言って、まっすぐにセリスを見返した。


「だから僕は、自分の足で自分の道を選ぶ。このまま誰かの背中を追うんじゃなく、自分の剣で証明するために魔族の地へ行く」


蒼真の言葉を聞いたセリスは、そっと目を伏せた。

その横顔には、わずかな寂しさが滲んでいる。


「……そう、ですか」


かすかに微笑もうとしたが、それは途中で消える。


「きっと、あなたなりの誇りがあるんですね。

だからこそ、無理に引き止めることはできません」


一瞬だけ、静かに目を閉じたあと、ゆっくりと顔を上げる。


「本当は、一緒に来てくれたら心強かった。

今のあなたとなら、どんな困難も越えられるって……そう思っていました」


その声は柔らかかったが、確かに名残惜しさを含んでいた。


「でも……その選んだ道が、あなたをより強くすると信じています」


「……ならせめて、王都までは送るよ。

途中で何があるか分からないし、護衛くらいはさせてくれ」


その瞳にはまっすぐな意志と、静かな優しさが宿っていた。


「合流するかは別としても、あんたを一人で向かわせるわけにはいかない。

それくらいのことは、させてくれ。頼む」


セリスは驚いたように瞬きをして、そしてふっと微笑んだ。


「……はい。ありがとう、蒼真。とても、心強いです」


静かに話が落ち着いたそのとき、静流がそっと口を開いた。


「……私は、この地を離れるわけにはいきません。少なくとも今は」


その声は穏やかで揺るぎなく、誰に対してというより、自らに言い聞かせるようでもあった。


「この場所には、私が背負うべき責任があります。

鍛錬を重ねた日々も、共に剣を学んだ者たちも……すべて、ここにありますから」


少しだけ間を置き、微笑みを浮かべて蒼真を見やる。


「でも、あなたがもし助けを求めるときがあれば――私はすぐに駆けつけます。

この命に誓って、必ず」


その言葉に込められた真剣な想いに、場にいた誰もが静かに頷いた。


蒼真は、その言葉に目を細めた。

静流のまっすぐな瞳に、揺るぎのない覚悟が宿っているのを見て、自然と微笑がこぼれる。


「……頼もしいな。じゃあ、いざって時は遠慮なく呼ばせてもらうよ」


「ええ。あなたが声を上げれば、私は迷わず刀を取ります。

あなたのためなら、それがどんな場所でも構いません」


静流は真っ直ぐにそう言い切った。

その言葉に偽りはなく、そしてどこか――名残惜しさすらにじんでいた。


セリスはふたりの様子を静かに見守っていたが、ふと口を開く。


「……不思議ですね。

みんな、別々の道を選んでいるのに、どこかでまた交わる気がします」


その声に、蒼真もうなずいた。


「それぞれの場所で、それぞれの戦いをする。

でも……また必ず、どこかで会える。そんな気がするんだ」


「ええ、きっと」


三人の間に、静かで温かな沈黙が流れる。


その日――

それぞれの別の道へと向かう覚悟を決めた、小さな分かれ道だった。

けれど、それは決して終わりではない。

むしろ、未来で再び交わるための、始まりにすぎなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ