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才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった  作者: 雷覇


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第30話:静かなる刃、怒れる乙女たち

蒼真は畳に膝をそろえ、きっちりと正座させられていた。

背筋を伸ばし、頭を低く、しかし心の中ではひたすらに叫んでいた。


(なんでこうなった!?)


目の前には、神妙な表情の三人――

琴音。蒼真に剣を授けた師であり、母のような存在。

セリス。王国の聖女候補にして、勇者と蒼真の関係を注意深く見守る者。

柚葉。蒼真と共に修行を重ねてきた妹弟子にして最も手厳しい常識人。


そしてその中心に、静かにお茶を啜る――神代静流。

まるで何も問題がないかのような落ち着きで湯呑みを静かに置く。


「……それで、説明してくれますか?」


最初に口を開いたのは、琴音だった。

笑顔は張り付いたまま、こめかみには小さな青筋が浮かんでいる。


「神代静流が天城蒼真の元へ嫁入りしたって噂が、道場の外にまで広まっているんだけど?」


「ち、ちがっ……そうじゃなくて……!」


蒼真は慌てて弁解しようとするが、琴音が手のひらをひらりと上げて制した。


「蒼真は口を閉じていなさい。静流さん。あなたの口から説明してもらえますか?」


静流は一度頷くと、すっと背筋を伸ばした。


「はい。私は蒼真と再び剣を交える未来を見据え、この地に来ると決めました。

 家の近くに居を移した方が効率的だと判断し……結果的に同居となりました」


「結果的に同居じゃないのよ!!」

柚葉が机をバンッと叩く。


「いや、僕も知らなかったんだって!気づいたら勝手に荷物運び込まれてて……!」


「つまり、既成事実を作ったと」

セリスが淡々と追い打ちをかける。


「いや、違う! そういう意味じゃ……っ!」


蒼真が必死で釈明を続ける中、静流はまったく動じずお茶をすする。


「蒼真さんは何度でも受けてみせるとおっしゃいました。

私はその言葉を、剣だけでなく私自身をも受け入れてくださる意思と受け取りましたが……誤解だったでしょうか?」


「誤解です静流さん!!」

蒼真の声が裏返る。


「……ふうん。朱音がいなくなった途端、すぐに別の女を呼び込むとはね」


場の空気が、一瞬にして凍りついた。


琴音が、静かに口を開いた。

その声は怒鳴り声でも、皮肉でもない。

むしろ、静かで冷ややかな底の見えない圧だった。


「そういう育て方を、私はしたつもりはなかったんですけどね」


言葉の一つひとつが、氷の刃のように鋭く蒼真の胸に突き刺さる。


「こ、琴音さん、それは誤解で……っ! ち、違うんです、本当に!!」


蒼真は慌てて頭を下げる。

だが琴音の目は、容赦なく彼を射抜いた。


「朱音が何も言わずに旅に出たのは、あんたが今は剣しか見てないって分かってたのもあるのよ。なのに、あなたはすぐに他の女と同居して、お互いを知り合おうと?」


「ま、待ってください……僕は、朱音のことを忘れたわけじゃ……!」


部屋には妙な沈黙が流れ、四人の女子たちが一斉に視線を交わす。

静流は少し首をかしげながら、穏やかに問いかけた。


「朱音さんというのは……どなたですか?」


蒼真が返答に迷っていると、琴音が先に口を開いた。


「私の娘よ。早乙女朱音。蒼真とは、まあ……昔からの腐れ縁みたいなものね」


静流は目を瞬かせ、軽く驚いたように言った。


「お嬢様が……。そうでしたか。それは失礼しました」


琴音は小さく笑って肩をすくめる。


「気にしないで。あの子、言葉はきついけど根はまっすぐなの。蒼真のことも、意外とよく見てるのよ」


蒼真は苦笑いを浮かべながら、視線を逸らした。


「余計なことばっか言うけどな……」


静流は一瞬目を伏せ、そして思慮深げにうなずいた。


「なるほど……朱音さん、お会いできる日が楽しみです」


その言葉に、蒼真は目を見開いた。


「……本気で言ってる?」


静流はふんわりと微笑んで、こう返した。


「もちろん。大切な人を知るには、その周囲の人にも会ってみたいですから」


そう言ってから、ふと蒼真の顔をのぞき込むように視線を向け、やわらかく問いかける。


「それとも……蒼真は年上の女性が苦手ですか?」


一瞬、室内の時間が止まった。

正座の姿勢のまま、蒼真は見事に硬直した。

背中に冷や汗が一筋流れる。


「えっ!? い、いやっ、そ、そんなことないです! 全然っ、むしろ尊敬してます!! 年上とか全然っ、むしろっ、ありです!!」


テンパったあまり、変な方向に食い気味の返答をしてしまい、

その場にいた全員がぽかんとする。

静流はそんな彼の反応に満足げに小さく頷いた。


「……よかった。では、これから少しずつ、お互いのことをもっと知り合っていきましょう」


「……っ!」


蒼真の顔が真っ赤になる。

言葉の意味が重すぎる。

これは剣士としての知るなのか、それとも――いや、もうこの場で問う勇気はない。


「ちょっとお待ちを」


その沈黙を切り裂いたのはセリスだった。

ゆっくりと立ち上がり、表情は相変わらず穏やかながら、背後には怒気が立ち昇る。


「お互いを知り合う? あなた、何を言ってるんでしょうか?」


続いて柚葉も立ち上がる。

今度は完全に無表情、しかし目が怖い。


「その言い方、どう聞いても恋人宣言なんですけど?ねえ蒼真さん?」


「ち、ちがっ……!! そういう意味じゃなくて! 僕は、ただ、剣士として、その……!」


「じゃあ何度でも受けてみせるって言葉も剣だけの話? ……本当に、それだけ?」


蒼真は口を開こうとして──やめた。

下手な言い訳をすれば、火に油どころか、炎に爆薬を投げ込むことになるのは目に見えていた。


蒼真は両手を突いて土下座寸前の姿勢に。

顔は真っ赤、心は瀕死の状態だった。


その沈黙に、今度は静流がゆっくりと立ち上がる。

にこやかな笑みを崩さず、しかし彼女のまとう空気が変わった。まるで──周囲の怒気をすべて受け止め、なお余裕すら漂わせる女の顔。


「まあまあ、落ち着いてください。誤解させてしまったのなら、それは私にも責任があります」

そう言って一歩、蒼真の横に並ぶ。


「蒼真は誠実な方です。言葉足らずなところはありますけれど、剣においても、人との向き合い方においても、真っ直ぐですから」


その言葉に、セリスと柚葉の視線が、今度は静流に向けられる。


「……ずいぶん、余裕があるんですね」

セリスの声は笑っていたが、その笑みは明らかに冷たい。


「年上ってだけで、免罪符になるわけじゃありませんから」

柚葉がピシャリと続けた。


静流はそんな二人の反応に、まったく動じなかった。

むしろ、さらに一歩踏み込むようにして、こう告げる。


「もちろんです。ですから、誤解を解く時間も、覚悟も、蒼真とこれからゆっくり持たせていただきますね」


ピシィッ。

誰かのこめかみに走った音が、聞こえた気がした。


蒼真は悟った。

──この戦場に剣などいらない。

言葉と視線だけで、いくらでも命を削り合えると。

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