表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった  作者: 雷覇


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/70

第26話:神に選ばれざる刃

観客席――。


場の熱気に飲まれる中でも、ひときわ静かに戦況を見つめていた二人の女性がいた。

聖女セリスと、蒼真の師でもある琴音である。


「……これは……」


セリスが思わず漏らしたその言葉は、信仰を重んじる彼女にしては珍しく、素の驚きを含んでいた。その透き通る瞳が、舞台で激しく交錯する蒼真と静流の姿を、まるで神託を見るかのように見つめている。


「氣の流れが……あんなにも綺麗にぶつかり合ってる。互いの氣が高め合って……」


彼女には視える。

人の魂のゆらぎ、氣の色。

蒼真の氣は、つい先日まではまだ荒く、どこか自分自身を恐れていた。

だが今、彼の氣は凛として迷いがなかった。

まるで一本の剣そのもののように。


その横で、琴音は腕を組み、息をひそめていた。

彼女の眉が深く寄っている。


「……とんでもないわね、あの子……」


目の前の戦いを、まるで信じられないといった面持ちで見つめていた。


(私が叩き込んだのは、あくまで基礎と型。

 剣士としての土台を作ったに過ぎない)


だが、今の蒼真はその土台をもとに、自らの意思で形を作り、

それを戦場の中で磨き続けている。

静流という規格外の存在に臆するどころか、むしろ食らいつき、さらに一歩踏み込もうとしている。


「……一体、どんな鍛錬を積んできたらここまでの境地に……」


琴音は呟いたまま言葉を切った。

視線の先で舞う蒼真の剣。それは、もはやかつての少年のものではなかった。

踏み込み、捌き、氣の流れ……すべてが鋭く、そして研ぎ澄まされている。


(私が知っている蒼真は、あんな目をしていなかった)


何かを捨て、何かを得てきた目。

覚悟を背負った者の眼差しだった。


「……いや、元々あの子には才能があったのかもしれない。

魔族から受けたという過酷な修行が、その才能を一気に開花させた。

正直……見ていて、ちょっと嫉妬すら覚えるわ」


思わず口に出た言葉に、琴音自身が苦笑する。


(あの子、私が思ってる以上に化け物かもしれない)


師としての誇りと共に、戦慄にも近い感情が湧き上がってくる。

彼女は剣士として、そして人としても数多くの逸材を見てきた。

だが今の蒼真は、そのどれとも違った。


静流の剣を視て、そこから自分の剣を生み出そうとしている。

それは模倣ではなく、創造だ。

戦いの最中に進化を続ける。真に天賦の才を持つ者の特性。


「このままいけば……あの勇者にも勝てるかもしれない」


琴音の言葉に、セリスは驚いたように彼女を見た。

だが琴音は、冗談でも戯れでもなく本気でそう思っていた。


――蒼真は、今まさに天の頂へと歩み出そうとしている。


セリスは手を胸に当てたまま、言葉も出せずに蒼真の姿を見つめていた。

静流の剣を受け止め、読み、食らいついていく。

それはただの技術ではなかった。

氣の精度、精神の集中、そして意志の強さ。


神の選定を受けた者。勇者。

神意を宿す存在は、人の限界を超えた力を与えられる。

セリスはそれを目の当たりにしてきた。

それゆえ、思っていた。

人は神に選ばれなければ、世界を変えることなどできないと。


だが今、目の前で戦う蒼真の剣に、その絶対すら揺らぐ予感があった。


(……届くかもしれない)

(神に選ばれなくとも、あの人なら……)


胸の奥が熱を帯びた。

それは信仰ではなく、もっと個人的で、もっと深い確信だった。


(……しかも、今の彼は加護を使っていない)


セリスの心に、ひやりとした感情が走った。

蒼真の内に眠る、もう一つの力。


(あの人の中には、魔族の加護がある……)


聖なる氣とは相容れぬ闇の波動。

セリスは、その微かな名残を初めて会ったときから感じ取っていた。


だが蒼真は、加護の力を拒んだ。

今の未熟な自分には必要のない力だと、封じたまま歩いてきた。

それでも、今の彼はここまで登ってきた。


(ならば……もし、その力を使えば……)


神に選ばれぬ者が、神の使徒すら凌駕するかもしれない。

そんな未来を、セリスは恐ろしいほどに現実的なものとして感じていた。


(その力に傾き、魔族と手を取り合うようなことがあれば――)


それは世界を変える力になるかもしれない。

だが同時に、すべてを壊す剣にもなりうる。


セリスは、静かに目を伏せた。


(願わくば……あの人の剣が、正しき意志のまま振るわれますように)


祈りに似た想いが、彼女の胸に静かに広がっていった。


その想いは、もはや信仰に近かった。

神に祈るものではない。

ただ、一人の剣士。天城蒼真という存在への、切実な願いだった。


けれど同時に、彼女は思い出す。

――勇者との約束。


私は王国へと向かわなければならない。

それは避けられぬ運命。

だからこそ――


(今の彼が、どんな道を選ぶのか……私には、どうしようもなく気になる)


ただの義務や使命ではない。

胸の奥に芽生えたのは、もっと個人的で、もっと純粋な関心だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ