表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった  作者: 雷覇


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/69

第24話:抑えられない衝動

場内に緊張が走る。

第四試合。蒼真の出番だった。


対するは、今大会の優勝候補と名高い実力者、黒鉄宗牙くろがねそうが

豪快な剣術で、過去の大会を席巻してきた男。

その名が呼ばれた瞬間、観客席が一気に沸き立った。


「黒鉄が本気を出せば、あの若造なんて瞬殺だろ」

「 面白そうな奴だったけど、流石にここまでか」


そんな声が飛び交う中、

蒼真は無言で舞台へと歩み出た。

その姿に道場のみんな、そして観客席の一角に座る神代静流が視線を向ける。


(神代静流の動き……あの一閃)


蒼真の脳裏には、先ほどの静流の剣技が焼きついていた。

重心移動、氣の流し方、斬るというより通り過ぎる一撃。

その全てを蒼真は記憶していた。


「始め!」


号令とともに、黒鉄宗牙が斧のような大太刀を構えて突進する。

その一撃は、受ければ終わりの破壊力を持っていた。

だが、蒼真は一歩も引かずに立ち向かった。


刹那。

彼の身体が、静流のようにわずかに傾き、右足が斜め前へ流れる。

軸足は揺るがず、抜き放たれた刃が、風のように宙を裂いた。


「――っ!?」


黒鉄の剣が空を切る。

蒼真の刃は寸分違わず彼の防御の隙を突き、頬に浅く傷を刻んでいた。


観客がどよめく。

ただの運ではない。あれは意図的な模倣。

しかも、ただ真似たのではなく、体格も氣の質も違う中で、

蒼真は「自分の中に静流の剣」を構築し、それを再現してみせたのだ。


「……これは」


静流が思わず声を漏らす。

その目が、明らかに驚愕に見開かれていた。


(私の……剣筋? いや……違う、これは――)


蒼真の斬撃には、彼女とは違う芯がある。

同じ型でも、滲む意志が違う。

彼は、模倣を通して己の剣を手繰り寄せている。


黒鉄宗牙が憤怒の表情を浮かべ、二撃目を叩きつける。

だが蒼真は再び、それを紙一重で躱し、

今度は静流にはない軌道から、鋭く逆手の斬撃を打ち込む。


「くそっ、なんだこいつは……!」


動きは未完成。まだ粗さもある。

それでも、蒼真の剣は明らかに上へ向かっていた。

静流に届くための、蒼真だけの剣筋を作り始めていた。


「……これはもう、ただの新星じゃないな」

観客の一人が、呟くように言った。

誰もが蒼真を見下す目線をやめ、真正面から彼を見始めた。


やがて勝負は終わる。

黒鉄宗牙の剣が叩き折られ、膝が沈む。


「勝者、天城蒼真!」


歓声が爆発する中、蒼真は静かに剣を納めた。

舞台の外、静流はなおも彼を見つめ続けていた。


(……まさか先程の試合を見ただけで、ここまで模倣したの?)


その胸に、未知の感情が芽生えはじめていた。

それは警戒でも、賞賛でもない。

興味という名の、剣士としての本能だった。


彼が使った私の剣筋は確かに未熟だ。粗さも甘さも残る。

だがそこには、明確な意志があった。

ただ真似るのではなく、そこから自分だけの剣を見出そうとする意志。


それが、たまらなく、眩しかった。


(……凄い)

(私の剣は、誰にも真似できないはずだった)


子どもの頃から、剣を握ったときだけは自分を感じられた。

教えられたわけではない。

構えも、型も、氣の流し方も、すべてが感覚で刻まれていた。

誰よりも早く、誰よりも深く、剣と向き合えた。


だからこそ誰もついてこられなかった。


道場の誰もが賞賛した。

師範すらも彼女の剣を教えることができず、ただ見守るしかなかった。

いつの間にか剣聖の娘という称号だけが独り歩きし、静流自身の名はその影に沈んでいった。


(私は……ずっと、探していたんだ)


自分を真正面から見据え、臆さず立ち向かってくる者。

才能でも、血筋でもなく意志で戦う者を。


(天城蒼真……あなたは、私を揺らがせた)


静流の胸に、微かに火が灯る。

それは冷たい剣気ではない。

どこか温かく、けれど決して消えない熱だった。


(……あなたとなら、本気になれる気がする)


その想いは、静流の胸の奥底で、ゆっくりと熱を帯びていった。

まるで長い冬のあと、凍てついた湖面に差し込む陽光のように、

冷えきっていた心の中心が、じんわりと溶け出していくのを感じた。


これまで、誰かと本気で剣を交えたいと願ったことなどなかった。

いや、願うという感情すら、知らなかったのかもしれない。

剣を握ったときから、彼女は常に孤独だった。


天才と呼ばれた。

どれほどの年長者であろうと、彼女の前では数合も保たず膝をついた。

道場の仲間たちは尊敬と畏怖を抱き、次第に距離を置くようになった。

そして静流自身もまた、それを受け入れた。

剣とは、孤高であるものだと。


だがそれは、いつしか彼女の心を蝕んでいた。

勝っても、圧倒しても、何も残らない。

磨いても、鍛えても、届く相手がいない。

気がつけば、剣を振るうたびに虚しさが募るようになっていた。


けれど――


(彼は違った)


あの少年、天城蒼真。

未熟で、粗削りで、まだ完成にはほど遠い。

だが、彼の剣には向かおうとする意思があった。

たった一度見ただけの自分の技を、形だけでなく本質ごと吸収し、

自分の中に組み替えて戦いに活かす。

そんな芸当、誰にでもできることではない。


蒼真は彼女の背を見て、そこに届こうとしていた。

恐れず、臆せず、真正面から。

それがどれだけ孤独だった静流の心に、深く響いたか。

誰よりも静流自身が驚いていた。


(……もう一度、あなたの剣が見たい)

(今度は正面から、私のすべてを懸けて)


舞台の中央に立つ蒼真の背中を、静流はじっと見つめ続けていた。


(あなたとなら、きっと……)


ようやく見つけたのだ。

この世界のどこかに、自分と対等になり得る存在がいるという希望を。


胸の奥で、確かに芽吹いた願いがあった。

それは、ただの好奇心でも興味でもない。

もっと深く、もっと原初的な衝動。


剣士として生きる彼女の本能が叫んでいた。


――あの剣と交わりたい。

己のすべてを懸けて、心から戦ってみたいと。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ