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才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった  作者: 雷覇


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第23話:剣聖の血筋

第二試合――。


場内の空気が一変した。

観客席にいた者たちの多くが立ち上がり、息を呑むように注目する。


「来た……神代静流だ……!」


その名が告げられた瞬間、空気が張り詰めた。


白い道着に身を包み、長く艶やかな黒髪を背に流す少女が、静かに舞台に上がる。

その佇まいには、一分の隙もない。

凛としたその気配は、まるで剣そのものであった。


対するは西方流の剣士、岩田雷蔵。

筋骨隆々とした体格と、猛禽のような目つきが印象的な男だった。

だが静流の前に立った途端、その威圧感はかき消される。


蒼真は観客席の一角で、その光景を無言で見つめていた。


(……剣聖の血、か)


彼女の動きが見たい。

自分が目指す頂の一つが、そこにある気がして蒼真は無意識に拳を握っていた。


「開始!」


号令と共に雷蔵が吠えるように斬りかかる。

大太刀を振りかぶり、雷鳴のような一撃を振り下ろした。


が――


静流は、動かなかった。


ほんの一歩。

わずかに重心をずらし、身体の軸を保ったまま、剣を抜く。


その動きは――静かで、美しかった。


「……!」


雷蔵の大太刀が空を切る。

そして次の瞬間、彼の剣は粉々に折れていた。


「なっ……が、はっ……!」


雷蔵の膝が崩れ、地面に落ちた木片が舞う。

その隣で、静流はまだ抜いた剣を構えたまま、わずかに瞼を伏せていた。


一瞬。


ただ、それだけで勝負は決していた。

観客の間に沈黙が流れ――すぐに歓声が爆発する。


蒼真は、息をするのも忘れていた。

彼女の剣筋は見えなかった。

まるで風のように、目に映らぬまま通り過ぎ、すべてを断つ。


(……本物の剣の申し子だ)


そう思った瞬間、静流の視線がわずかに上がった。

その眼が、観客席の蒼真を正確に、捉えていた。


その視線に、蒼真の背筋が震えた。

見下ろすというよりも、見据えるような眼差し。

それは「お前を見ている」と言わんばかりの真っ直ぐさで、蒼真の胸を貫いた。


(……僕を、見た?)


そんなはずはない。そう思いながらも心の奥底で何かが熱を持ち始める。

挑まれたわけでもない。呼ばれたわけでもない。

だが、剣を志す者として、あの視線に応えずにはいられなかった。


静流はゆっくりと剣を納め、舞うように振り返る。

その一連の動作すら、一つの流儀のように整っていた。

拍手と歓声の中を、まるで風が吹き抜けるかのように歩き去る静流。

その背中に、誰もが目を奪われていた。


蒼真は無意識のうちに立ち上がっていた。

己の中に、燃え上がる何かがあった。

それは焦りでも、羨望でもなく――


(……闘いたい)


湧き上がるのは、純粋な衝動だった。

あの剣と対峙してみたい。

自分のすべてをぶつけ、それでも斬り伏せられるのなら、それでいい。


「蒼真さん……?」


隣で声をかけてきたのはセリナだった。

彼女もまた、静流の戦いを見届けていた。

穏やかな口調だったが、その瞳にはどこか探るような色が宿っていた。


「彼女に……勝てそうですか?」


問いかけは静かだった。けれど、まっすぐに突き刺さる。

蒼真はしばらく黙っていた。

眼前に広がる舞台、そしてそこに残された静流の残響。

剣を交えたわけでもないのに、彼の身体はまだ強張っていた。


「……わからない」


そう言った直後、蒼真はふと目を伏せ続けた。


「いや……違うな」


セリナが少し驚いたように首を傾げる。

蒼真は静かに拳を握り直し、もう一度、舞台を見つめた。


「何も見えなかったわけじゃない」


あの一瞬。

剣を抜いたときの重心の移動、間合いの読み、氣の流れ。

たしかに、そのすべては極限まで洗練されていた。

だが、まるきり理解不能というわけではなかった。


「……ほんの一瞬だけど、感じた。あの斬撃の芯……あれは止まらない覚悟だ」


静流の剣には迷いがなかった。

技術でも力でもない、意志の強さが刃を真っすぐに貫かせていた。

その本質が、蒼真の剣士としての直感に触れていた。


「僕には、まだそこまで振り切れてない。迷いがある。覚悟が甘い」


けれど――


「だからこそ、あの剣に追いつきたいと思った。今の僕じゃ敵わないかもしれない。でも近づくことはできる」


セリナは、静かに息をのんだ。

その横顔には、どこか光が差していた。


「……蒼真さん」


「必ず届く。あの剣に僕の全てをぶつけて斬り合ってみせる」


彼の瞳には、恐れはなかった。

ただまっすぐに、剣の道を歩む者の決意が宿っていた。


セリナはそっと微笑み、胸に手を当てた。

それは安堵とも、期待ともつかない。けれど確かな信頼の証。


「じゃあ、その時は……私も見届けます。あなたがどこまで届くのかを」


白昼の光が、二人を照らしていた。

その先に待つ戦いと、宿命を告げるかのように。


舞台では第三試合の準備が始まろうとしていた。

だが、蒼真の視線はその先を見ていた。


(……僕は、まだまだだ)


けれど、だからこそ届きたい。

そう強く、心に刻まれていた。


そして、この日。

蒼真の中に、ひとつの目標が生まれた。

ただ勝ち上がるためではない。

真に「剣」と向き合うために

彼は、神代静流を超えると決めた。




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