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才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった  作者: 雷覇


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第21話:予選開始

合図と同時に、闘技場が咆哮した。

砂煙が上がり、怒号と金属のぶつかる音が飛び交う。

剣士たちが一斉に動き出したのだ。


だが、その中心で一人だけ、逆に静かに立つ者がいた。


天城蒼真。


彼は木刀を背から抜くこともせず、ただ静かに戦場の流れを見ていた。


「――来る」


四方から襲いかかる三人の剣士。

間合いに入った瞬間、蒼真の身体がわずかに沈む。

そして、抜いた。


木刀が空を裂いたのは一瞬。

気配も音すらも感じさせずに三人の剣士が同時に地面へ倒れ込む。


「な……!?」


周囲がざわつく間もなく、蒼真は次の標的に向かって踏み込んでいた。

型の完成度が、すでに常人の領域を超えていた。


一振りで二人を倒し、

回避しようとした三人目の剣を、手首のわずかな角度で受け流す。


「ちょ、ちょっと待て、こいつ動きがおかしい……!」


蒼真の動きには、無駄がない。

攻撃が全て意味を持っている。


鍛え抜かれた身体と、魂を込めて磨いた剣筋。

その全てが、今、研ぎ澄まされた戦闘として結実していた。


「……これが、本当に同じ人間の動きですか?」


観戦席の一角で見守っていたセリスは、小さく息を呑んだ。

彼女の瞳に映る蒼真の動きは、まるで流れる水のようだった。

激しく、鋭く、それでいて一片の淀みもない。


(想像以上です。この人は、ただの剣士じゃない)


セリスの胸元で揺れる神のペンダントが、かすかに熱を帯びていた。

導きが告げている。

この男の剣は、いずれ時代すら斬り裂くと。


「あと……十五名!」


運営の声が飛ぶ。

だが、その十五名のうち、蒼真に近づこうとする者は一人もいなかった。

誰もが格の違いを悟っていた。


「おい……こいつヤバいぞ。正面から行くな!」


「田舎道場の雑魚じゃなかったのかよ……!」


恐怖と焦り。だが、ルールは最後の一人まで戦うこと。

その中で、四人が息を合わせて蒼真を囲んだ。


「行くぞッ!」


四本の剣が蒼真に殺到する。

それでも、蒼真はわずかに首を傾けただけだった。


「……遅い」


その瞬間、彼の足が地を蹴る。

踏み込み一閃、弧を描いた斬撃が四人の腹を軽く叩きつけた。

それだけで、全員の意識が刈り取られた。


音が止まった。

闘技場全体が、息をのむように静寂に包まれる。


「残り一名……予選通過、天城蒼真!」


その声が響いた瞬間、場内が爆発したような歓声に包まれた。


「すげえ……」「何者だあの男!」


蒼真は肩で息をしながらも、冷静な顔で木刀を背へ戻す。


観戦席でセリスがふっと微笑んだ。


(……やっぱり、あなたはただの剣士なんかじゃない。この出会いは間違いなく偶然ではありませんでした)


夕暮れの道場に、笑い声が響いていた。


「やったあああああ!!蒼真さん、本戦出場だよ本戦!!」


「すごいよ、すごすぎる!神刀祭の予選を無傷で通過なんて!」


興奮に満ちた弟子たちが、道場の板間をバタバタと走り回っていた。


蒼真は壁際に静かに腰を下ろし、

冷えたお茶を一口すすっていた。


「……みんな、大げさだな。予選は予選だろ」


それでも、その声にはどこか柔らかい照れが滲んでいた。

かつての少年らしさを思い出したように、周囲は微笑みを返す。


「いやいやいや! 自信持っていいっスよ! あれ見てたら、もう優勝しか見えませんからね!」


「俺、今から応援団の旗つくる!蒼真命って書いて!」


「やめとけ、それは違う意味になる」


わいわいと盛り上がるなか、縁側でそっとその様子を見ていたのは琴音だった。


「……ふふ」


その目に浮かぶのは、かつて無垢だったあの少年ではない。

けれど、確かに同じ魂を持った蒼真の姿。


蒼真が湯呑を手にしていたこともあって、不意に柚葉の顔を覗き込むように距離を詰めてくる。


「ねえ蒼真さん、今なら付き合ってあげてもいいんだけど?」


「ぶっ――!?」


見事に茶を吹いた。


「な、なに言ってんだお前は!?」


「なに、嫌なの?」


唇を尖らせて、柚葉はふてくされたように言う。


「こっちは、旅立つ前に玉砕覚悟で言ったのに」


「……それ、冗談だよな?」


「ふふん、どうだろうね?」


そう言いながらも、彼女の目はどこか寂しげだった。

蒼真は目を逸らし、湯呑に視線を落とす。


「……ありがとな、柚葉。嬉しいよ。でも俺、今はそういうの考えられなくて」


「わかってるってば。昔からそういう人だもんね」


ひらりと手を振って、柚葉は背を向けた。


「……ふぅ。柚葉のやつ、本気でからかってきたな……」


蒼真がため息混じりに呟き、湯呑を置いたその瞬間。


「ふふっ、ずいぶんモテモテなんですね?」


背後から聞き慣れた柔らかな声がして蒼真は驚いて振り返る。

そこには、にこやかに笑うセリスが腕を組み、どこか意地悪そうにこちらを見つめていた。


「い、いつからそこに……」


「最初からずっとですよ? 柚葉さんの大胆なお誘いも、ぜーんぶ聞いちゃいました」


「……やめてくれ。からかうな」


「ふふっ、からかわないほうが無理がありますよ。だって、今のあなた――」


セリスは蒼真の正面に立ち、いたずらっぽく言葉を続けた。


「黙っていれば、けっこう格好いいですから」


「お前もからかうなって……」


「でも尊敬はしてますよ。あなたは、信じる道を愚直に進む人ですから」


セリスはそう言うと、スカートの裾を軽くつまんでお辞儀をした。


「では、私はそろそろ部屋に戻ります。くれぐれも、これ以上女の子を泣かせないように」


「……泣かせた覚えなんてないんだけどな」


「自覚のない男が一番たちが悪いって、神様も言ってましたよ?」


そう言い残して、セリスは軽やかな足取りでその場を離れていった。

蒼真は、夜の風に吹かれながら頭を掻いた。


「……モテてるってより、振り回されてるだけじゃねえか?」


彼の呟きだけが、ひととき静かな道場の中に残った。

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