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才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった  作者: 雷覇


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第2話:才能に絶望した日

竹刀と竹刀が打ち合う音が響く。

蒼真と朱音、二人の氣が交差し、呼吸が、間合いが、集中が高まっていく。


――だが、ふと。


「ねぇ、ひとつ提案なんだけど」


空気を読まず、飄々とした声が割り込んだ。


「せっかくだし、僕とも一本、打ち合ってみない?」


隼人が、無邪気な笑みを浮かべたまま、そう言った。

朱音と蒼真、そして琴音が同時に彼を見つめる。


「……あんた、剣の心得、ないんじゃなかったの?」


朱音が眉をひそめる。


「うん。ないよ。けど、少し前に模擬戦やったとき、なんかこうすれば当たるって、分かっちゃってさ」


あまりにも軽く、そして傲慢に聞こえるその言葉。

だが、その目は本気だった。


「無礼を承知で申しますが……ここは修行の場です。遊び半分の模擬戦で、何かを得たなどとは――」


琴音の言葉に、隼人は頭を下げた。


「わかってます。でも、俺は仲間を集めてる。強い人、信じられる人を探してるんです。一度、手合わせを願えませんか?」


一瞬の沈黙。

やがて、琴音は小さく頷いた。


「……いいでしょう。蒼真、朱音。受けてみろ」


「はい」


「了解」


二人は互いに目を合わせると、静かに木刀を構える。

隼人も、貸し出された木刀を手に取り、ふらりと土俵に上がる。

構えは――ない。完全な素人のような立ち方。

だが、その姿勢に、蒼真は言い知れぬ違和感を抱いた。


(……怖くないはずなのに、なぜか――目を逸らせない)


朱音が先に動いた。

踏み込み、横一線の斬撃。


だが――


「っ!」


その一瞬。


隼人の身体が、紙一重で傾いた。

躱した、というより、「ずらした」。

氣の流れを読み、朱音の踏み込みの起点を見切っていたかのような動き。


次の瞬間、蒼真が詰める。

渾身の一突き。

今度こそ――そう思った瞬間、隼人の手首が軽く動く。

木刀の柄が、蒼真の脇を打つ。


「……う、ぐっ」


蒼真が膝をついた。

朱音がすかさず振り向く。


朱音の動きが止まった。

その隙に、隼人は踏み込む。

正面からの一撃。


「――!」


ドンッという衝撃音とともに、朱音の木刀が宙を舞った。

道場に、静寂が戻る。

朱音と蒼真は、同時に膝をついていた。


一撃。


それも、全く無駄のない動きだった。


「……あ、あのさ。今の、手加減したからね?」


隼人が笑って言う。


だが、朱音も蒼真も、言葉が出ない。

彼らの中で、剣の価値が揺らいでいた。


(……なんだよ、あれ)


(あれが、本当に未経験者の動きなのか?)


遠くから見ていた琴音は、静かに目を閉じた。


「……理解しました。君が異世界の勇者である所以を」


その言葉に、朱音も、蒼真も、否応なく現実を突きつけられた。

自分たちが信じてきたものでは、届かない領域があると――

そう、痛感させられた瞬間だった。


稽古のあと、灯籠の灯りが揺れる奥座敷にて。

早乙女朱音は、母・琴音と向かい合って座っていた。

その横には、客人として招かれた瀬名隼人が、静かに正座している。


沈黙を破ったのは、琴音だった。


「朱音。彼をどう思った?」


「……強い。正直、悔しかったよ。でも、それだけじゃない」


朱音は少し迷い、言葉を選ぶ。


「彼の動きは、型でも理でもない。けど……全部見透かされてるような怖さがあった」


琴音は小さく頷いた。


「そうだ。あの子には確かに才能がある。生まれついての感性と本能で、剣を扱う天才だ」


そこで言葉を区切ると、琴音は厳しい目で娘を見つめた。


「だが――剣の精神を彼は知らない」


朱音は目を見開く。


「……精神?」


「剣を握るとは、命を背負うこと。斬るのも、守るのも、すべて覚悟が必要だ。だが、あの子の剣には重みがない。だから、私は不安だ。あの力を持っていながら、自分が何を斬っているかを知らないままでいることがな」


琴音は静かに立ち上がり、娘の肩に手を置く。


「だから、行ってこい。朱音。あの子と共に在れ。そして剣を持つ者としての心得を、伝えてやってほしい」


「……母さん、私にそれができると思う?」


「できるかどうかではない。お前しかいないと思ったから、頼んでいる」


その言葉に、朱音の瞳が揺れた。

朱音は、静かに口を開いた。


「ねえ母さん……蒼真には、なんて言えばいいのかな」


琴音は茶を啜り、少しだけ間を置いてから視線を娘へ向けた。


「言いづらいの?」


「……うん。だって、私だけ外に出るって、蒼真にとっては……」


朱音の言葉は途中で止まり、握った拳が膝の上で揺れた。


「置いていくみたいでさ。たぶん何も言わないだろうけど……絶対、気にする」


琴音はため息をついた。


「気遣いすぎだ。蒼真は、そんな軟じゃない」


「わかってる。でも……」


朱音の声が弱くなる。その心にあるのは、仲間として、ライバルとして、ずっと並んでいた彼の存在。

琴音は湯呑を静かに置き、穏やかな口調で言った。


「なら、私から話しておく。お前のせいじゃない。私の判断だと」


「……ほんとに?」


「ああ。私が勇者の少年には剣の精神が足りないと見て、お前を向かわせた。

 心得を教えてこい、とな」


朱音は驚いたように目を瞬かせ、すぐに小さく笑った。


「……ありがとう」


琴音も微かに笑んだ。


「蒼真のことは、気にするな。あの子はいつか自分で答えを掴む。

 お前が離れることも、その一つの糧になるだろう」


朱音はそっと息をついた。ようやく、心の中にあったしこりがほどけたような気がした。

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