第18話:聖女の行方(朱音side)
隼人たちは一室に集まっていた。
謁見を終えたばかりで、皆が重責を感じている空気の中、朱音がぼそりと呟く。
「……で、最後の仲間のセレナって子はいつ来るの?」
「うーん、そろそろ来てもよさそうなんだけどな」
隼人がソファに寝転がりながら答える。
「ずいぶん余裕なのね。癒し手がいないって結構きつくない? 私たち、どれだけ無茶できるか分かんないし」
朱音が腕を組み、少し苛立ちを混ぜて言う。
「道中で足止めを食っているのでしょう。教会から王都までの道は長い上、各地の村で求められれば彼女は立ち止まるタイプだと思います」
紫苑が静かに補足する。その声には、どこか彼女の心配も滲んでいた。
「……でも、それにしたって遅すぎるわ。もう三週間以上。道草食ってるにも限度があるよ」
美咲も手元のメモ帳を見ながら心配げに言った。
「……もし、本当に途中で何かあったとしたら?」
紫苑のつぶやきに、場の空気がぴたりと止まる。
その瞬間、部屋には重苦しい沈黙が落ちた。
「盗賊に遭ったとか……道を間違えて、迷っちゃったとか……あるいは、どこかで倒れてるとか……」
不安げに美咲が口にすると、朱音が肩をすくめて苦笑する。
「……まさかとは思うけど。ほんとに迷子になってるとか?」
「……否定できないのが怖いところだな。でも彼女は必ず来るよ」
隼人が目を伏せ、苦笑を浮かべる。
「来るって、あんた……そんなに来るって信じてるの?」
朱音が隼人を睨むように言う。
「信じてるよ。あいつは、必ず来る。……ただ、どこかで遠回りしてるだけだ」
その瞬間、扉の外から足音が響いた。
一同がそちらに目を向けた直後、伝令兵が息を切らして駆け込んでくる。
「ゆ、勇者殿! 情報が入りました!」
「セレナのことか!?」
隼人が立ち上がる。
伝令は頷いた後、信じられないような口ぶりで言った。
「……彼女、どうやら誤って違う国の船に乗ってしまったようです!」
「…………は?」
しばらく誰も言葉を発せなかった。
「本当に迷子じゃないの!」
朱音が机をバンと叩いた。
「……すごいわね。人助けしてるうちに海を渡るなんて」
紫苑でさえも呆れを隠せなかった。
「……ま、あいつならやりかねないか」
隼人が苦笑する。
「どうすんのよ、これ。癒し手いないまま出撃する?」
朱音が額を押さえる。
「――まさか、ワノクニに行ってるんじゃないよね?」
美咲が軽く笑いながら言った。
「は?」
隼人と朱音が同時に振り返る。
「いやいや、冗談だってば。だってさ、乗る船間違えたんならワノクニも選択肢としてありえるでしょ?」
美咲が笑いながら両手を上げて見せる。
だが、誰も笑わない。
「……それ、ありえなくもないわよ」
紫苑が小声で呟いた。
「……うわ、ちょっと、やめてよ。冗談のつもりだったのに、現実味帯びてきたじゃん!」
美咲が顔を引きつらせる。
隼人は黙って立ち上がり、部屋の隅に置かれた地図の上で、東方航路に目を落とした。
「確か……王都港からの物資支援船が、先週ワノクニに向かったって話があったな。医療支援も兼ねて」
「……まさか、善意で乗っちゃったとか?」
朱音が眉をひそめる。
「充分あり得る」
紫苑が静かに頷いた。
「……いやいやいや、ないないない……! あの子、そこまでお人好し……いや、あるか……あるな……」
美咲が頭を抱えた。
「本当にワノクニ行ってたら、どうすんのよ……」
「迎えに行くしかないだろ」
隼人があっさり言う。
「行くの!?王様に何て言うのよ?」
朱音が叫んだ。
「俺たちが行くとは言ってない。……ただ、そろそろ笑えない可能性を考えた方がいいな」
「……もう笑えないんだけど」
美咲が苦笑し、ソファに沈み込んだ。
――仲間は未だ揃わず。
その癒し手は、海の向こうで今日もきっと、誰かの傷を癒している。
けれど、勇者たちの前には、刻一刻と迫る戦乱の気配があった。
【東方の島国・ワノクニ 港町】
潮風に吹かれながら、セレナは港の外れで一人、膝を抱えていた。
船を乗ったときは善意での医療支援のつもりだった、だが気づけば目的地の王国からほど遠い異国にたどり着いていた。
「……どうして、こんなことになったんでしょう……」
異国の風に髪を揺らしながら、セレナは空を仰いだ。
すると異様な雰囲気を感じ振り返った。
そこには、目の奥に影を宿す一人の少年が立っていた。
年は同じか、少し上か。整った顔立ち。
けれど左眼には、異様な色の光が宿っている。
深く底の見えない魔の色。
「あれ……は?」
セレナがそうつぶやくと、少年にゆっくりと歩み寄ってきた。




