表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった  作者: 雷覇


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/68

第17話:懐かしき道場

街を抜け、懐かしい道場の門が見えてきた。

どこか現実味がなかった。

蒼真は静かに門を開ける。ちょうど稽古の時間帯なのだろう。道場からは、木刀の打ち合う音と掛け声が響いてくる。


(懐かしい……けど、あの頃とは何もかも違う)


戸口に立ったその瞬間、中で稽古していた弟子たちの視線が一斉に集まった。

誰もが警戒するように、蒼真を見る。


「……誰だ?」


「お客さん……ですか?」


蒼真の髪は無造作に伸び、乱れたままだった。

左目は手ぬぐいで覆われ、風雨に晒された衣服には旅の厳しさが滲んでいる。

この風貌じゃ、たとえ長年顔を合わせてきた道場の仲間でも、すぐには気づかないだろう。


蒼真は、一歩踏み出し、まっすぐに皆を見渡して言った。


「……天城蒼真です。久しぶりに戻りました」


一瞬、沈黙が落ちた。

誰もがその名に聞き覚えがあるのに、眼前の青年と結びつかない。

だが、ゆっくりとその言葉の意味が広がると、ざわめきが起こった。


「えっ……蒼真、って……あの?」


「ウソだろ……背、こんなに高かったっけ?」


道場の面々が次々に驚きの声を上げる。

旅と修行で鍛え上げられた肉体は少年の面影を脱し、眼差しは静かで鋭く、どこか人ならざる威圧感すら帯びていた。

そんな皆の反応を見つめながら、蒼真はただ、苦笑する。


「……ちょっと、山で修行してただけです」


あまりに簡潔な言葉に、一同は言葉を失った。

一瞬の静寂のあと、誰かがはっとしたように言った。


「琴音さん……! 琴音さんを呼ばないと!」


若い門下生が道場の奥へと駆け出していく。

蒼真は微動だにせず、木の床に立ち尽くしたまま目を閉じた。

扉の向こうから駆け寄る足音が響く。軽やかで、だが焦りを孕んだ足音。


「なに? どうしたの?」


その声と共に、道場の引き戸が勢いよく開かれる。

現れたのは、稽古着姿のままの早乙女琴音だった。


彼女の視線が蒼真に注がれた瞬間。

その足が止まった。

言葉が、喉の奥で凍りついたように、何も出てこない。


「……久しぶりです、琴音さん」


静かに、深く、蒼真が頭を下げる。

琴音は、しばらく何も言わなかった。

けれど、その瞳がかすかに揺れ、やがて絞り出すように呟いた。


「……蒼真……なの?」


頷く蒼真。

琴音は目を見開いたまま、ふらりと数歩歩み寄ると堪えきれずに彼の胸元へ飛び込んだ。


「このバカ……! なんで、あんな手紙だけ残して……!」


彼女の声は怒りと安堵、そして胸を突くような寂しさが混ざっていた。

旅立ちの前にはできなかったその一瞬が、今ようやく果たされたのだった。


夕暮れ時

道場の広間には懐かしい香りが漂っていた。

味噌の匂いに、炊き立ての米、そして琴音の料理。蒼真にとって、それは帰ってきた実感そのものだった。


「いやー、しかし本当に蒼真だったんだなぁ!」

「背も伸びて、声まで変わってるし……そりゃ分かんないって!」


弟子たちがわいわいと食卓を囲む中、蒼真は少し照れくさそうに箸を動かしていた。


「……ありがとな。こうして迎えてもらえて、嬉しいよ」


「当たり前でしょ」と言ったのは

道場の年下の女の子・柚葉だった。


「でもさ、その髪……ちょっとひどくない?」

「え、ああ……山で切る道具もなかったし、放ったらかしで……」


「ダメダメ!ご飯のあと、整えてあげる!せっかくイケメンに育ったんだから、ちゃんと見えるようにしなきゃ損でしょ!」


そう言って笑う柚葉に、道場の皆も「やれやれ」と笑いながら茶碗を運ぶ。

夕食後、蒼真は道場の一角で女の子たちに囲まれていた。


「はいはい、じっとしててくださいね~!」


明るい声とともに、ハサミの音が軽やかに響く。


「よーし、覚悟してね。いきなり坊主にしたりしないから安心して」


「……そこが一番怖いな」


「ねえ、蒼真さん。ずっと気になってたんですけど……その手ぬぐい、なんで巻いたままなんですか?」


「その手ぬぐい髪を切るのに邪魔なんで、取ってもらえます?」


蒼真は一瞬、無言になる。


「みんな心の準備をしておいてね。ちょっと驚くかもしれないから」


ざわつく空気。

弟子たちは首をかしげながらも、その視線を蒼真へと向けた。

蒼真は小さく息を吐き、手ぬぐいをゆっくり外す。

その下から現れたのは――


深い黒に染まった、左の瞳だった。

まるで闇を閉じ込めたような、異質な光を宿した眼。

空気が凍りつくような静寂のなか、誰かがぽつりと漏らす。


「……なに、あの眼……」


「色が、黒い……」


柚葉も言葉を失い、琴音でさえ目を細めたまま動かなかった。

蒼真はそっと目を閉じた。

みんなのざわつく空気を感じながら、少しだけ照れたように笑った。


「……修行中に、いろいろあってね。こんな目になっちゃったんだ。まあ、自分でもまだ慣れてないけど気にしてない。だから、みんなも気にしないでくれ」


その言葉に、弟子たちは一瞬戸惑いながらも、徐々に表情を和らげていった。


「……はい!」


「びっくりしたけど、蒼真さんは蒼真さんです!」


「髪、最後まで切っちゃいますね!」


空気が少しずつ元に戻っていく。

髪を切り終えた瞬間、ぱっと部屋の空気が明るくなった。


「できたーっ!」


鏡に映る自分の姿を見て、蒼真は少し目を見張った。

乱れていた髪は整えられ、長さも程よく整い、凛とした輪郭が際立つ。


「うわ……」


「蒼真さん、めっちゃかっこいいじゃないですか!」


「なんか……別人みたい!」


弟子たちのあちこちから、歓声と賞賛の声が次々にあがる。

蒼真は照れたように首をかきながら、


「そ、そうかな?」


と苦笑するが、その表情にはどこか誇らしげな色があった。

琴音も、少し離れた場所からそっと彼を見ていた。


(……立派になったね、蒼真)


胸の奥に、こみあげるものを押し殺しながら、微笑みを浮かべていた。


琴音に再び旅立つ旨を伝えようとしていたが

ふと壁に貼られた一枚の張り紙に目を留めた。


「……これは?」


「それ、今話題のやつだよ」と弟子の一人が答える。


「ワノクニ最大の剣術大会、神刀祭しんとうさい。優勝賞金は金貨一千枚。

格式高い大会らしくて、参加者もすごい猛者ばっかり」


蒼真はじっとその張り紙を見つめた。

賞金。金貨一千枚。それだけあれば、大陸への渡航費はもちろん、旅の資金も十分に賄える。


「ルールは?」と蒼真が問うと、別の弟子が答えた。


「個人戦。トーナメント方式らしい。流派は問わず、ただ勝つことがすべてだとか。場所は城下の大広場。予選は数日後で、参加登録は明日までだよ」


蒼真は静かに頷いた。


「……ちょうどいい。金もいるし、力試しもしておきたかった」


ワノクニ最大の剣士たちが集う舞台。

そこに、かつて凡人と呼ばれた少年が姿を現す。


ここから、蒼真の名が世に知れ渡ることになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ