第109話:運命の夜
蒼真がイリスと別れて城へ戻ると、会議室には勇者と重臣たちが集まっていた。
入口の扉の脇には、腕を組んで険しい表情を浮かべる朱音と、その隣で静かに佇むセリスの姿。室内の中央には資料を手にしたアメリアが立ち、奥の柱際には隼人が壁にもたれている。そしてその隣、椅子に腰掛けていたレンが顔を上げ、鋭い視線を蒼真へ向けた。
場を支配する緊張感の中、皆がただ一人。蒼真の報告を待ちわびていた。
「戻ったのね蒼真!」
朱音が勢いよく立ち上がり、抑えきれない感情をにじませながら声を投げかけた。
隼人が軽く手を上げて挨拶した。
「よお、蒼真。どうだった?」
「皆、待たせてしまってすまない」
蒼真は一呼吸置いてから、重々しく口を開いた。
「重要な情報を得ることができた」
隼人が壁から離れ、鋭い視線を向けた。
「例の女から何か聞き出せたのか?」
「ああ」
蒼真は玉座の前に立ち、皆を見回した。
「まず確認できたことは、勇者レグナを殺した魔族の正体だ。将星グラウゼルという者らしい」
「将星グラウゼル……やはり大物が動いていましたね」
アメリアが眉をひそめた。
隼人の声が低く響いた。
「……アメリア。あんたは、グラウゼルという奴を知っているのか?」
アメリアは小さく息を吐き、視線を伏せた。
「ええ……知っています。軍神の異名を持ち、幾度となく大陸の戦局を塗り替えた将。敵味方問わず恐れられた人物だそうです。ただ……近年はその名を聞くこともなく、どんな魔族であったのか詳しくは分かりません」
その言葉が、重い石のように胸の奥へ落ちた。
レンはごくりと唾を飲み込む。だが喉がひりつき飲み下したはずの唾液がやけに重く感じられる。
「……軍神……」
蒼真は一瞬躊躇したが、続けた。
「そして……イリスはその者の部下だった」
皆に緊張が走った
蒼真は師匠との思い出を胸に、慎重に言葉を選んだ。
「そのグラウゼルという魔族は……僕の師匠の古い友人だった可能性がある」
「え?前に話していた、羅刹丸という方のですか?」
セリスが驚愕の表情を見せた。
「師匠は時々、昔の仲間について語ることがあった。その中に『グラ』という名前があったのを思い出したんだ」
蒼真は遠い目をした。
「人間と魔族の共存を願っていた同志だったと」
レンが不機嫌そうに呟いた。
「都合の良い話だな。魔族が人間を騙すための作り話じゃないのか?共存を願っているなら何でレグナを殺したんだよ!」
「それも含めて、明日の夜に確かめることになる」
蒼真が決意を込めて言った。
「グラウゼルが直接会いたいと言ってきた。僕一人と」
朱音が顔色を変えた。
「まさか、一人で会うつもりなの!」
「そうだ」
蒼真は頷いた。
「それが条件だった。もし僕が行かなければ、王都への攻撃が始まる」
「危険すぎます!」
セリスが立ち上がった。
レンが舌打ちした。
「罠だろ。一人で来いなんて、どう考えても怪しい」
隼人が前に出た。
「蒼真、俺たちも一緒に行くべきだ」
「罠である可能性は否定しない」
蒼真は冷静に答えた。
「でも、これは師匠への想いでもあるんだ。師匠の友人だった者に会い、真実を確かめたい」
セリスが心配そうに問いかけた。
「もしそれが偽りだったら?」
蒼真の左眼が一瞬光った。
「その時は、師匠の名に懸けて戦う。それだけだ」
沈黙が部屋を支配した。
朱音が苛立ちを隠せずに言った。
「……馬鹿げてるわ。勇者を殺した相手に、一人で突っ込むなんて正気じゃない!」
アメリアは拳を固く握りしめ、必死に訴えた。
「せめて近くまで、我々にも同行させてください。何か起きたとき、支えになれるはずです」
その言葉に隼人も軽く顎を引き、真剣な眼差しで頷いた。
「そうだな。完全に一人で行く必要なんてない。少なくとも俺たちが近くで潜んでおくべきだ」
「いや」
蒼真は首を振った。
「他の人間が同行すれば、グラウゼルは姿を現さないだろう。これは僕一人で解決しなければならない問題だ」
朱音が壁を拳で叩いた。「そんなッ……!」
セリスが涙ぐんだ。「蒼真……」
「心配してくれてありがとう、皆」
蒼真は優しく微笑んだ。
「でも、これは僕の運命なのかもしれない。師匠から受け継いだ力と意志を試される時が来たんだ」
「だから、たとえ戦闘が始まっても――手出しは無用だ」
「な……!?」
朱音の瞳が大きく揺れる。
「僕が相手をする」
蒼真の言葉は静かだが、鉄のように硬かった。
「無謀です! 相手は、ただの戦士ではありません。一人で戦局を変えるほどの怪物なのですよ!」
隼人が渋々といった様子で言った。
「……分かった。でも、何かあったらすぐに合図を送れ。約束だ」
「約束する」
「……約束する」
蒼真は力強く頷き、仲間たちを真っ直ぐに見据えた。
「僕には、まだ果たすべきことが山ほどある。必ず生きて帰る」
セリスが静かにうなずき、声を添える。
「明日の夜までに、できる限りの準備を整えましょう。装備の点検、怪我の治療……すべて万全に」
「ありがとう」
蒼真は一人ひとりの顔を見渡し、柔らかな笑みを浮かべた。
――その夜。
蒼真は自室の灯りを落とし、静けさの中で師匠との日々を思い返していた。
窓の外に広がる星空は、まるで師が遠くから見守っているかのように輝いている。
師の記憶を胸に抱き、蒼真は迫り来る決戦への覚悟を静かに固めていった。




