第108話:明かされる真実
蒼真は一人ベッドに腰掛けて考え込んでいた。イリスとの出会いから今日までの出来事を振り返る。彼女の仕草、言葉遣い、そして何より、あの時感じた不可解な魔力の気配。
「明日……」
蒼真は左目に軽く触れた。この特殊な能力でも見抜けなかったイリスの正体。もしかすると、それこそが答えなのかもしれない。
翌朝、蒼真は早めに起床し、約束の場所である街の中央広場へと向かった。
広場の噴水の前で待っていると、予定の時刻よりも少し早くイリスが現れた。
「おはようございます、蒼真さん」
イリスの笑顔は昨日と変わらず穏やかだった。しかし、蒼真は今日はより注意深く彼女を観察していた。
「おはよう、イリス。今日はどこへ行こうか?」
「そうですね……街外れの小さな丘はいかがでしょう?静かで、ゆっくりお話しできると思います」
蒼真は頷いた。人目につかない場所での会話。それは情報交換には都合が良いが、同時に危険も伴う。二人は街を抜け、緑豊かな丘へと向かった。歩きながら、蒼真は何気ない会話を続ける一方で、イリスの一挙一動を観察していた。
丘の頂上に着くと、街全体を見渡すことができた。イリスは大きな樹の下に座り、蒼真を隣に招いた。
「昨日、あなたが魔族の調査をされているとおっしゃっていましたね」
イリスが急に真剣な表情になった。
「ええ……最近、被害が増加していて」
イリスが一呼吸置いた。
「私、魔族について少しお話しできることがあるかもしれません」
蒼真の心臓が跳ね上がった。
リリーナの報告通り、イリスは魔族について何かを知っている。
「どんな話だろう?」
イリスは遠くの景色を見つめながら答えた。
「魔族の中にも……人間と共存を願う者たちがいるんです」
蒼真は驚いた。師である羅刹丸と同様の者がまだいるのかと。
「共存を?」
「はい。すべての魔族が人間を敵視しているわけではありません。ただ……」
イリスの表情が曇った。
「人間の過激な一派が暴走しているために、すべての魔族が悪とみなされてしまっています。それに耐えかねた魔族が人間の制裁に動いているのです」
蒼真は慎重に質問した。
「君はどうして、そんなことを詳しく知っているんだ?」
イリスは蒼真を見つめた。その瞳には、何か決意のようなものが宿っているように見えた。
「蒼真さん」
「何だ?」
「もし……もし私が」
イリスは言葉を選ぶように一旦止まった。
「魔族だとしたら、あなたはどうしますか?」
蒼真は少し驚いたが、イリスの真剣な表情を見て正直に答えることにした。
「イリス……僕は魔族すべてに敵意を持っているわけじゃない」
蒼真は空を見上げながら続けた。
「僕の師である羅刹丸は、人間を好いてくれた。彼から多くのことを学んだ。人間だろうと魔族だろうと、すべてが悪ではないということを」
イリスの表情が僅かに和らいだ。
「羅刹丸……」
「魔族だった。でも、僕にとっては大切な師匠だった」
イリスは静かに頷いた。
「あなたは……本当に理解してくださるのですね」
「理解しようと努めている。僕の左眼は魔族の気配を感じ取ることができるが、それは敵味方を判断するためではなく、真実を見極めるためのものだと思っている」
蒼真はイリスを見つめた。
「君が人間でないとしても、君が誰かを傷つけようとしているなら僕は止める。でも、そうでないなら……君が何者であろうと、僕は君を信じたい」
彼女は深く息を吸い込み、決意を固めるように立ち上がった。
「では、お話しします。私の正体を」
風が吹きイリスの髪が舞い上がった。彼女の周囲に、薄い魔力の光が浮かび上がる。
「私は魔族です。しかし、敵意を向けられない限り人間を害するつもりは一切ありません」
蒼真は立ち上がり、左眼に軽く手を当てた。今度ははっきりと感じることができた。イリスから発せられる魔力は確かに魔族のものだが、悪意や敵意は微塵も感じられない。
「あの襲撃を行ったのは我々です。そして勇者レグナを討ったのは……将星グラウゼル様です」
「グラウゼル?」
蒼真がその名前を聞いた瞬間、何か記憶の奥で引っかかるものがあった。
「はい。将星グラウゼル様は……実は、あなたの師である羅刹丸様の古い友人でした」
蒼真の目が大きく見開かれた。
「師匠の……友人?」
「羅刹丸様からグラウゼル様のことは聞いたことがありませんか?昔、共に人間と魔族の共存の道を模索していた同志だったと」
蒼真は記憶を辿った。確かに師匠は時々、昔の仲間について語ることがあった。その中に「グラ」という名前があったような気がする。
「もしかして……師匠が言っていた『グラ』というのは……」
「羅刹丸様のスキルを継承したあなたに、ぜひお会いしたいと仰っています」
蒼真は困惑した。師匠の友人が、勇者レグナを殺した張本人だという事実に頭が混乱する。
「グラウゼル様から提案があります」
イリスが真剣な表情で続けた。
「蒼真さんが一人でお会いくださるなら、我々はこれ以上王都を攻撃することはありません」
「……本当か?」
蒼真は深く考え込んだ。師匠の友人に会うこと、それは師匠への想いからも断れない。しかし、一人で敵陣に向かうのは危険すぎる。
「いつ、どこで会うんだ?」
「明日の夜、街の北にある古い遺跡で。ただし、必ず一人で来てください。他の人間が同行すれば、グラウゼル様は姿を現さないでしょう」
蒼真は拳を握りしめた。
「もし僕が行かなければ?」
「その時は……」
イリスが申し訳なさそうに俯いた。
「王都への攻撃を開始することになります。多くの無実の人々が犠牲になるでしょう」
蒼真は苦悩した。朱音やセリス、リリーナ、そして王都の人々を守るためには、この危険な賭けに出るしかないのかもしれない。
「分かった」
蒼真が決意を込めて答えた。
「明日の夜、一人で行く」
イリスの表情が安堵と心配の入り混じったものになった。
「本当に……よろしいのですか?」
蒼真は遠くの地平線を見つめながら答えた。
「実を言うと、僕はもともと魔族の地に行くつもりだった。師匠から聞いた話を確かめるために、いつかは必ず」
イリスが驚いたような表情を見せる。
「魔族の地に……?」
「師匠は亡くなる前に言っていたんだ。『真実は魔族の地にある』って」
蒼真が振り返る。
「だから、行く前に師の友人に会えるチャンスがあるなら行く。たとえ罠だろうとね」
「蒼真さん……」
「もしグラウゼルが本当に師匠の友人なら、きっと師匠と同じことを考えているはずだ。そして、もし違うなら……」
蒼真の左眼が鋭く光った。
「その時は、師匠の名に懸けて戦うまでだ」
イリスは蒼真の覚悟を感じ取り、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。グラウゼル様もきっと喜ばれるでしょう。では、明日の夜。お待ちしています」




