第107話:イリスの正体
蒼真の心境を察したのか、リリーナが手を叩いた。
「皆様少し落ち着かれてはいかがでしょう?」
朱音とセリスが同時にリリーナを見る。
「何か言いたいことがあるの?」
朱音が眉をひそめた。
リリーナは微笑みを浮かべたまま続けた。
「実は、もう少し詳しい報告があります」
蒼真の心臓が止まりそうになった。
これ以上何を言われるのだろう。
「その女性ですが……蒼真さんと別れた後にとても興味深い会話をされていました」
「どんな?」
セリスが身を乗り出した。
リリーナが芝居がかった仕草で一呼吸置く。
「魔族らしき人物との会話です」
部屋の空気が変わった。
朱音とセリスが驚いた表情を見せる。
「魔族と?」
「その女性、普通の市民にしては魔族について詳しすぎました。」
朱音の表情が険しくなった。
「それって……」
「情報屋か、もしくは」セリスが呟く。
「何か重要な立場にある人物かもしれません」
リリーナが蒼真に向き直る。
「蒼真さん、その女性から何か有用な情報は得られましたか?」
蒼真は慎重に答えた。
「い……いや、特には」
蒼真が言いよどむ。イリスから聞いた話をどこまで話せばいいのだろう。
リリーナが再び口を開いた。
「その女性とは、明日も会う予定があるのでしょう?」
蒼真は息を呑んだ。
リリーナは一体どこまで聞いていたのだろう。
「え?」朱音が振り返る。
「明日も会うの?」
「あ、ああ……その予定だ」
朱音の目が再び険しくなった。
「随分と親密になったのね」
「違う!なんとなく成り行きでそうなったんだ」
セリスが立ち上がった。
「それなら、私たちも同席させていただきます」
「え?」
「私たちも直接話を聞きたいです」
セリスが毅然として言った。
「魔族の脅威は国家の問題ですから」
朱音も頷く。
「そうね。私も一緒に行く」
蒼真の顔が一気に青ざめる。
リリーナが上品に笑った。
「あらあら、また面白いことになりそうですね」
蒼真は慌てて手を振った。
「いや、それは……」
どうやって断ろう。
蒼真は必死に頭を働かせた。
イリスの正体について、自分でも確信が持てずにいた。
「実は……」
蒼真が慎重に言葉を選んだ。
「その女性には、少し気になることがあるんだ」
朱音とセリスが同時に身を乗り出した。
「気になること?」
「魔力の気配が……普通じゃない。人間にしては、どこか異質な感じがする」
セリスの表情が険しくなった。
「まさか、その女性が魔族の可能性があるということですか?」
「分からない」
蒼真が左目に軽く手を当てた。
「僕の左眼でも正確な判断ができなかった。魔族であることを完全に隠しているのか、それとも別の何かなのか……」
蒼真は眉間にしわを寄せて続けた。
「ただ、これまでの調査で分かったことがある。魔族たちは自分たちの痕跡を消すことに非常に長けている。襲撃現場でも、魔力の残滓はほとんど残っていなかった」
朱音が心配そうに尋ねる。
「あなたの左眼でも見抜けないほど、巧妙に隠蔽しているということ?」
「そうかもしれない」蒼真が頷く。
「だからこそ慎重に接触する必要がある。相手が何者であろうと、警戒心を抱かせずに情報を引き出したい」
セリスが厳しい表情を見せた。
「それほど危険な相手なら、やはり一人で行くべきではありません」
「いや、だからこそ一人なんだ」蒼真が振り返る。
「もし相手が本当に魔族なら、複数で向かえば警戒される。そうなれば、貴重な情報源を失うことになる」
リリーナが興味深そうに聞いていた。
「魔力の隠蔽技術……確かに高度な魔族でなければ不可能ですね」
蒼真は内心で複雑な気持ちを抱いていた。イリスの正体について、まだ確信を持てずにいる。しかし、彼女から感じる気配は確かに普通ではなかった。
「それに」セリスが付け加える。
「相手があなたの蒼真の左眼の事を知っていたら、最初から対策を講じている可能性もあります」
蒼真はその指摘にハッとした。
確かに、もしイリスが魔族なら、自分の能力について何らかの情報を持っていても不思議ではない。蒼真が説得を続ける。
「相手が敵だとしても、味方だとしても、情報は必要だ」
「では、明日は特に注意深く観察させていただきます。蒼真さんに何か異変があれば、すぐに介入しますので」
「頼む、あまり近づかないでくれよ。相手に気づかれたら、すべてが台無しになる」
「ご心配なく」
リリーナが微笑む。
「私の隠密技術も、なかなかのものですのよ」
朱音がため息をついた。
「分かったわ。でも、少しでも危険を感じたら、必ず逃げなさい。情報よりもあなたの命の方が大切よ」
セリスも頷く。
「何かあれば、すぐに王城から援軍を送ります」
蒼真は二人の心配そうな表情を見て、胸が痛んだ。
「分かった。必ず無事に帰ってくる」
その時、蒼真の脳裏にイリスの笑顔が浮かんだ。あの穏やかで美しい微笑み。しかし、その奥に隠された正体は一体何なのだろう。
(もし彼女が本当に魔族だとしたら……)
蒼真は拳を握りしめた。明日の約束は、ただの情報交換ではなく、真実を見極める重要な機会になるかもしれない。
「それじゃあ、今日はもう休もう」
蒼真が立ち上がる。
「明日に備えて、体力を温存しておく」
朱音とセリスが心配そうに見送る中、蒼真は自室に向かった。
(明日、すべてが明らかになる……)
扉を閉めた蒼真は、窓の外を見つめながら深く息をついた。月明かりが城の庭園を静かに照らしている。
(イリス……君は一体何者なんだ)
明日の夜明けが、これまでで最も重要な一日の始まりを告げることになるだろう。




