第105話:見事な後処理
蒼真は食事の約束をイリスと交わした後、一人で街を歩いていた。夕日が石畳を赤く染める中、彼の足は自然とあの場所へと向かっていた。
(あの魔族――ベルクとの戦った場所)
街の外れにある倉庫。そこで繰り広げられた激闘が、まだ鮮明に記憶に残っている。蒼真は記憶を頼りに奥へと進んでいく。
「ここだ……」
倉庫の前に立った蒼真は、周囲を見回した。確かにここであの魔族――ベルクと戦ったはずだった。しかし、目の前の光景に困惑する。
「…………何もない」
地面には戦闘の痕跡らしきものは一切残っていなかった。えぐられるはずの石畳は平らなまま、壁に刻まれるはずの斬撃の跡も見当たらない。まるで何事もなかったかのように、倉庫は静寂に包まれていた。蒼真は慎重に倉庫の周りを歩き回る。記憶では、ここで激しい戦いを繰り広げたはずなのに。
「血痕も……ない」
あの時、ベルクに傷を負わせたはずだった。だが、地面にも壁にも、血の跡らしきものは一滴も残っておらず、ベルクの死体も見当たらない。
「証拠になりそうなものは……何一つない」
蒼真は倉庫の中央に立ち、困惑を深めていた。
(これほど完璧に証拠を抹消するとは……)
「見事な手際だ……」
敵ながら、その徹底ぶりには感嘆せざるを得なかった。
蒼真は倉庫を出ながら、魔族という存在への認識を改めた。単純な戦闘力だけでなく、こうした後処理もできる。
蒼真は倉庫を最後にもう一度見回した後、深いため息をついた。
「これ以上ここにいても無駄だな……」
証拠が完全に抹消された以上、これ以上の手がかりを見つけることは不可能に等しい。魔族たちの能力は自分の想像を遥かに超えていた。
(一人でできることには限界がある)
蒼真は倉庫に背を向けると、街の中心部へと歩き始めた。夜も更け、人通りもまばらになった石畳の道を、一人静かに歩く。城への道のりで、蒼真は今後のことを考えていた。
「まずは自分の力を理解することから始めるか。もう逃げてはいられない。」
左眼に宿った不思議な力。羅刹丸から授けられた魔族のスキルの正体を探ることが先決だった。蒼真は王城の謁見の間に戻ってきた。重臣たちが待ち受ける中、彼は静かに一歩前に出る。
「闘技場の調査を完了しました」
「それで、何か発見はあったか?」
蒼真は首を振った。
「あいにく、有用な証拠は見つかりませんでした」
広間にざわめきが起こる。朱音が思わず立ち上がった。
「蒼真の眼なら、何か感じ取れたんじゃ……」
「確かに魔族の痕跡らしきものは残っていましたが、時間が経ちすぎて判別が困難でした」
蒼真の答えに、セリスが心配そうに眉を寄せる。
「魔族の氣も薄くなっていたということですか?」
「ええ。追跡に値する手がかりは得られませんでした」
隼人が軽く口笛を鳴らした。
「そりゃあ残念だな。せっかく蒼真の特別な眼があるってのに、空振りか」
アメリアも静かに首を振る。
「もとより望み薄だったのです。気にすることはありません」
「変な勘ぐりされてなけりゃ、もうちょいマトモな捜索ができたろうにな」
レンが一歩前に出て、蒼真を睨みつけた。
「本当に何も見つからなかったのか? 嘘をついてるんじやないだろうな」
広間に緊張が走る。蒼真は冷静にレンを見返した。
「嘘をつく理由がない」
「理由がないって?」レンは鼻で笑った。「お前の左眼、魔族の力だろう? 仲間を庇ってるんじゃないのか?」
隼人が眉をひそめる。
「おいおい、レン。それは言い過ぎだろ」
だがレンは止まらない。
「俺には分かるんだ。お前みたいな奴の考えることは。きっと何か隠してる。俺の勘は当たるんだよ」
朱音が立ち上がった。
「いい加減にして! 蒼真がそんなことをするわけないでしょう!」
「朱音、君は彼を庇いすぎだ」レンは得意げに胸を張る。「俺みたいな勇者の直感を甘く見るなよ」
セリスが静かに口を開く。
「レンさん、根拠のない疑いをかけるのは……」
「根拠がない?」レンは声を荒げた。
「あの左眼が何よりの根拠だろう! 普通の人間にあんな力があるわけがない!」
アメリアが冷静に割って入る。
「感情的になっても事実は変わりません。証拠もなしに人を疑うのは建設的ではありませんね」
レンの顔が赤くなった。
「お前らは分かってない! 俺が正しいんだ! 蒼真は絶対に何か隠してる!」
重臣の一人が咳払いをする。
「静粛に。これ以上の議論は無意味だ。証拠がない以上、蒼真の報告を受け入れるしかない」
レンは不満そうに唇を噛んだが、それ以上は言えなかった。
重臣たちの間に失望の空気が流れる中、蒼真が口にした。
「それで、そちらは何かみつかったのか?」
アメリアが小さくため息をつく。
「そうですね……。私たちも手分けして探しましたが、めぼしい手がかりは見つかりませんでした」
隼人が肩をすくめる。
「まぁ、敵も馬鹿じゃねぇってことだ。証拠なんて残すわけがない」
王が重々しく頷いた。
「そうか……では引き続き、他の場所の調査も進めてもらう」
「承知いたします」
蒼真は深く頭を下げたが、朱音とセリスの視線が彼の表情を探るように注がれていることに気づいていた。




