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才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった  作者: 雷覇


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第104話:ベルクの苦悩

ベルクは重い足取りで石畳を踏みしめながら、腹を押さえて苦悶の表情を浮かべていた。


「うぐぅ……」


思わず漏れる呻き声。胃の奥で甘ったるいものがぐるぐると渦を巻き、吐き気すら催してくる。


(五軒……五軒も甘味処を巡り歩かされるとは……)

つい数時間前の光景が脳裏に蘇る。


「あら、この店も素敵ね!入りましょう」

「ベルク、このパフェ美味しそうじゃない?一緒に食べない?」

「わあ、限定メニューですって!絶対食べなきゃ!」


イリスの無邪気な笑顔と共に、次から次へと運ばれてきた色とりどりの甘味たち。苺のタルト、抹茶のかき氷、蜜豆、ドーナツ、そして最後にクリームたっぷりのパンケーキ……。


「俺を倒した奴を探すのに……」

ベルクは歯を食いしばりながら呟く。


自分にとって人間界の甘味は刺激が強すぎた。特に砂糖の甘さは少量でも胃がもたれる。それを五軒分も摂取させられた結果がこの有様だった。


「情報収集とか言って……」

よろめきながら壁に手をつき、ベルクは振り返る。

確かに各店で客や店員と会話を交わしていたが、その大半は「このお菓子美味しいですね」「どちらの店が人気ですか」といった、どう考えても情報収集とは程遠い内容だった。


「うぅ……」

再び腹の奥から込み上げる甘ったるい感覚に、ベルクは顔を歪める。

魔族の誇りある戦士が、人間の甘味如きに打ち負かされるとは……屈辱以外の何物でもなかった。


ベルクは胃の不調に苦しみながらも、街の角を曲がった時に目を見開いた。

(あれは……)

洒落た暖簾の掛かった甘味処。その大きな窓越しに、見覚えのある女性の姿が見える。イリスだった。だが問題はその相手だった。


「まさか……」

ベルクの全身に戦慄が走る。テーブルを挟んで向かい合って座る男性の横顔に、見覚えがあったのだ。


(俺を倒した……あの人間!)

ベルクは慌てて物陰に身を隠し、窓の向こうを凝視した。

イリスは楽しげに笑いながらスプーンを口に運んでいる。対する男――蒼真は、明らかに場違いな表情でパフェと格闘していた。


「どういう状況だ……?」

ベルクの頭が混乱する。


探していた標的が、まさかイリスと一緒に甘味を楽しんでいるとは。しかもイリスの様子を見る限り、完全にくつろいでいる。


「まさか……もう見つけていたのか?」


窓の向こうで、イリスが何かを楽しげに話している。蒼真は困惑したような表情を浮かべながらも、彼女の言葉に耳を傾けていた。


「……まさか任務を忘れて本当に楽しんでるんじゃ……」


ベルクの眉間に深い皺が刻まれる。

イリスなら相手が魔族のスキルを持っているかどうかすぐに見抜けるはずだ。それなのに、なぜこんなにのんびりと甘味を楽しんでいる?


(グラウゼル様の命令は『見つけ出せ』だった。だが……捕らえろとは言っていない)


ベルクはイリスの思考回路を理解しようと努めるが、胃の痛みでまともに考えがまとまらない。その時、店内でイリスがくすくすと笑い声を上げた。


「……本当にただ楽しんでるだけなのか?」


ベルクは頭を抱えた。任務と遊びの境界が曖昧なイリスに振り回されるのは今に始まったことではないが、まさか標的を前にしてデートもどきをするとは思わなかった。

重いため息と共に、ベルクは物陰でその奇妙な光景を見守り続けるしかなかった。


店内に流れる穏やかな音楽の中で、二人は静かにパフェを口に運ぶ。蒼真は冷たい甘みを味わいながらも、心のどこかで警戒を解けずにいた。


「あの……」

イリスが突然口を開く。

「もしよろしければ、今度一緒にお食事でもいかがですか? 甘味処以外の、普通のお店で」


突然の誘いに、蒼真は面食らった。

「え?」

「あ、迷惑でしたら……」

イリスは慌てたように手を振る。その仕草はあまりにも自然で、蒼真の警戒心が少しだけ和らいだ。


「いや、迷惑ではないけど……なぜ僕を?」

「理由が必要ですか?」

イリスは首をかしげ、無邪気に微笑む。

「なんとなく、お話ししていて楽しかったから。それじゃだめでしょうか?」


蒼真は返事に困った。確かに、彼女といると不思議と心が落ち着く。だが同時に、得体の知れない不安も感じている。

「……わかった」

「良かったです!それでは、明日の夕方はいかがでしょうか?街の中央広場でお待ちしております」

「分かった。中央広場だな」


イリスは最後の一口を食べ終えた。

「ごちそうさまでした」


店を出ると甘味処の暖簾が夕風に揺れ、どこか物悲しい雰囲気を醸し出していた。


「今日はありがとうございました」


イリスが深く頭を下げる。


「とても楽しかったです」

「……ああ、僕も」


蒼真は素直に答えた。確かに楽しかった。だが同時に、心の奥底で小さな警鐘が鳴り続けているのも事実だった。


「それでは、また明日」


彼女は軽く手を振り、石畳の向こうへと歩いていく。蒼真はその後ろ姿をじっと見つめていたが、やがて彼女の姿が人混みに紛れて見えなくなると、深いため息をついた。


(一体、何者なんだ……?)

夕暮れの街角に一人残された蒼真の胸に、甘い余韻と共に、拭えない疑問だけが残されていた。


蒼真の姿が完全に見えなくなったのを確認すると、路地の影に身を潜めていたベルクが現れた。

「お疲れさま」

イリスは何事もなかったかのように微笑む。


ベルクは物陰から飛び出し、顔を青ざめさせながらイリスに詰め寄った。

「あれが……あれが俺を倒した奴ですよ!探していた標的だ!」

「ええ、そうみたいね」


イリスはあっけらかんと答える。


「そうって……」

ベルクの目が見開かれる。


「じゃあなんで普通に食事してるんです!任務はどうしたんです!グラウゼル様の命令は!」


「あら、私はちゃんと任務を遂行してるわよ」

イリスは人差し指を唇に当て、いたずらっぽく微笑んだ。


「『見つけ出せ』って言われたでしょう?見つけたわ」

「見つけただけで満足してるんですか!」


ベルクは胃の痛みを堪えながら眉をひそめる。

「相手は俺を倒した実力者ですよ。なんで普通に甘味なんか食べてるんです!」


「だって食べたかったんですもの」

イリスは楽しげに手を叩く。


「それに、力づくで何かするより、こうやって自然に接触した方が情報も集められるじゃない」


「情報って何の情報です」

「色々よ。住んでる場所とか、普段何してるかとか」


「グラウゼル様には……何て報告するんです?」

「『標的を発見し、現在接触中』って報告すればいいじゃない」


イリスはにっこりと微笑む。

「嘘じゃないでしょう?」


ベルクは深いため息をつき、腹を押さえながら歩き始めた。

「……俺の胃薬、買いに行こう」

後ろからイリスの楽しげな笑い声が聞こえてくる。


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