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才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった  作者: 雷覇


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第1話:現実が壊された日

――ワノクニ、蒼神流・蒼月道場

風に揺れる竹林の音だけが、静かな庭に響いていた。


天城蒼真あまぎそうまは、一人、木刀を構えていた。

空を斬る。虚空を斬る。

氣の流れを読み、己の内にある理想の斬撃を追いかける。


だが――


「……届かない」


蒼真は木刀を下ろし、ふと空を仰いだ。

幼い頃から何度もこの型を繰り返している。

何百回、何千回と。


なのに、あの一撃には届かない。


(――どうして、僕は)


思い出すのは、朱音の背。

彼女と並んで道場に通った幼い日々。

切磋琢磨し、笑い合い、ときに張り合った。

そのすべてが、彼にとって剣を握る理由だった。


(でも、あの日から……)


【回想】

「踏み込みが甘い、朱音!」


竹刀の音が、道場内に高く響く。

早乙女琴音――蒼神流・蒼月道場の主にして、朱音の母。

その立ち合いは、容赦がなかった。


「わかってるってば、母さんっ!」


早乙女朱音が気迫と共に踏み込む。

その一太刀は炎のように鋭く、流れる氣の線も明確。

だが琴音は、紙一重でそれを躱すと、竹刀の柄で朱音の脇を打つ。


「痛っ……!」


「痛いなら、隙を見せるな。剣は理ではない。氣と魂で斬れ」


「はーい……」


軽く口を尖らせながらも、朱音の目は真剣だった。


その様子を、少し離れた位置で天城蒼真が見ていた。

道着を着て正座しながら、そのやり取りに一言も言葉を挟まない。

やがて琴音の視線が、彼に向く。


「蒼真。立て」

「……はい」


静かに立ち上がると、木刀を手に取る。


「朱音と打ち合え」


「了解です」


「へぇ、こっちが本番ってわけね!」


朱音が笑う。蒼真も静かに応じた。

構え。呼吸。氣の流れを読む。


朱音が先に動く。

蒼真は受ける。そして返す。

鋭い打ち合いが、火花のように弾けた。


激しい木刀の応酬。

氣がぶつかり合い、打突のたびに空気が震える。


蒼真の一撃を朱音が弾き、朱音の踏み込みを蒼真が受け流す。

互いに流派の精髄を体現するような一進一退の攻防。

だが、その均衡を――音が破った。


「へぇ、ここが“蒼神流”ってやつか」


竹の戸が、からりと軽く音を立てて開かれた瞬間、空気が変わった。


道場の入り口に立っていたのは、黒髪を無造作に束ねた少年――瀬名 隼人。

異世界〈リグゼリア王国〉から召喚された勇者にして、剣も構えも知らぬまま、数々の強者を退けた理不尽な天才。


その背後には、二人の少女が静かに立っていた。


一人は、整った黒髪を結い上げ、白い袴に身を包んだ凛とした和装の少女。

冷たさと優雅さを併せ持ち、品ある所作の中にも芯の強さを感じさせる――綾小路 紫苑。勇者の補佐を担う魔術師。


もう一人は、金色のショートカットに、猫のような瞳を持つ小柄な少女――東雲 美咲。無鉄砲で天真爛漫な元ストリート剣士であり、現在は勇者の斥候役として各地の探索任務に就いている。


木刀を肩に担いでいた朱音は、不意な訪問に眉をひそめた。


「……あんた、誰?」


朱音が木刀を肩に担いだまま、眉をひそめて問いかける。

その視線は隼人と、背後に控えた二人の少女へと鋭く向けられていた。

隼人はどこ吹く風といった様子で、飄々とした笑みを浮かべる。


「うん、はじめまして。瀬名隼人せなはやとっていいます。通りすがりの見学者ってことで」


「見学? この道場に、あんたみたいな軽いの来た覚えないけど」


「いやぁ、実はちょっと気になる話を聞いてさ。ここの剣術、見てみたくなっただけ」


「……は?」


朱音が目を細める。その言い草に、どこか引っかかりを感じたからだ。


「誰からそんな話を――」


「それは、わたくしからです」


言葉を引き取ったのは、隼人の隣に立っていた黒髪の少女――綾小路紫苑。

彼女は静かに一歩前へ出ると、礼儀正しく頭を下げた。


「失礼いたします。わたくし、綾小路紫苑あやのこうじしおんと申します。

この方は、異世界より召喚された“勇者候補”でございます。

現在、適性ある仲間を探して各地を巡っておりまして……

蒼神流という流派の剣を目にしたい、というご希望により本日訪問いたしました」


紫苑の説明に、朱音は少し目を見開いた。


「……勇者、って。異世界から来たってこと?」


「うん、まあそんな感じ。厳密にはリグゼリア王国って国から召喚されて、気づいたらこっちにいた」


隼人はあっけらかんとした調子で応える。その軽さに、朱音はやや呆れ気味にため息をついた。


「それで、ちょっと見てみたくなったから来たってわけ。……王国からここまで。あんた、どんだけ自由なのよ」


「自由にやらせてもらってるよ。俺は天才みたいなんでね」


「そういうの、簡単に言わないで」


朱音が言葉を挟む。初対面の男に、自分の剣を評価されたような感覚に、わずかに苛立ちが走った。


「……努力してきた人間にとって、その一言って、軽すぎるのよ」


空気がピリリと張り詰めたその瞬間――


「わっ、朱音ちゃん、怖い~! でもさ、それだけ君が本気で剣やってるってことでしょ?」


場を和ませるように、もう一人の少女――東雲美咲しののめみさきが割って入ってきた。


金髪のショートカットに、明るい猫のような目をした彼女は、無遠慮な距離感で朱音の前に立つ。


「美咲っていいます! こっちの変な勇者に命救われちゃって、ついてきてるだけなんだけどさ。でもね、あたしもけっこう剣、好きなんだ~。朱音ちゃんの稽古、見せてもらってもいい?」


その無邪気さに、朱音は少しだけ肩の力を抜いた。


「……勝手にすれば。でも、修行の邪魔はしないでよね」


「もちろん! 静かに見る見る!」


「私たちも、礼を欠くつもりはありません。お邪魔にならぬよう、後方から拝見させていただきます」


紫苑が静かに頭を下げた。朱音も小さく頷き返し、ふっと隼人に視線を向けた。


「勇者候補ってのが、どんなもんか知らないけど……道場は見学だけなら歓迎するわよ」


「ありがとう。じゃあ、じっくり拝見させてもらうよ」


その笑顔はあまりに無邪気だった。


「朱音。もう一度、お願いします」


「うん。今度は、絶対に崩すから」


二人は再び構え、道場にはまた、竹林を揺らすような氣の気配が満ちていった。

その背後で――

隼人は、まるで舞台を見る観客のように、静かにその剣を見つめていた。

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