表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

昼食

作者: 満永 憲一

 午後一時半。

午前中で終わるはずの会議がやっと終わった。休憩を挟んで午後も会議を続けるよりはマシだったと思う。

 とても天気が良く空気も澄んでいる。鼻から深く息を吸うだけでも心が落ち着く。

 昨夜は同僚の愚痴に付き合っていたら遅くなった。最初のうちは仕事の愚痴だったが、それが家族や政治にまで広がっていき最後は何の話をしていたのか覚えてもいない。飲み代もどっちが払ったのかもはっきりしない。多分自分だと思うが、財布の中身から推測するのは難しい。とりあえずストレス発散にはなっただろう。

 家にどうやって帰り着いたのか不思議でしょうがない。無意識で帰巣本能が働いたのだろう、記憶もはっきりしない。

 目が覚めた時には自分の布団にちゃんと包まっていた。服はさすがに着替えておらず、シワだらけになってしまった。

 幸いなことに着替えは何時も用意してくれてある。新しい服に着替え直していると、今だにお腹がもたれている。昨夜何を飲み食いしたのかも覚えていないが、結構飲みながら食べていたのだろう。

 せっかく用意してくれた朝食を断ったのは、妻に悪い事をした。機嫌を悪くしてなければいいが、帰ったら謝ろう。

 そんなことを考えていると、直属の上司が笑顔で近づいてきた。どうも先程の会議での自分の発言が気に入ったらしい。正直、そんなことはどうでもいい。しかし、上司の機嫌を損ねると後々面倒臭い。仕方なく笑顔で応じながら適当に話を合わせる。頭の中では妻への謝罪の言葉を考えながら。

 突然に便意がきた。

 上司は相変わらず笑顔で何かを話続けているが、話の内容は全く頭に入ってこない。今はただ一刻も早くトイレに駆け込みたい。

 大きい方だ。しかも自分の経験からこれは水分多めの下痢だと推測される。飲み過ぎた次の日は決まって腹の調子が悪い。一瞬でも気をぬくと、出る。まずい。

 今すぐ上司との会話を終える必要がある。そう判断するが、機嫌良く話続けている上司の言葉を遮るのは難しい。何とか穏便に会話を終わらせる方法はないだろうか。 

 ここは素直にトイレに行きたいと言うのが一番だ。一言謝ってそう告げる。

 上司はすぐにわかってくれたが、首をひねった。

「会社のトイレ、故障中じゃなかったか?」

 一瞬目の前が真っ暗になった。会社のトイレはあまり利用しないので、故障していることなど考えたこともなかった。まずい。変な汗が流れた。

 頭の中で会社の周りのトイレがありそうな場所を考える。確か近くにコンビニがあったはずだ。

 再び上司に一言謝って急いで会社を出た。

 幸いなことに今は波がきていない。まだ走れる。

 全力で一分ほど走ったところで波がきた。コンビニはもう見えている。しかし、今は走れない。深呼吸をして尻に力を込める。なるべく身体を揺らさないように慎重に足を進める。

 不意に肩を叩かれる。

 尻穴が一瞬緩み、そこから生暖かい気体が漏れる。湿気があり、下着が濡れた感覚がある。………まだ大丈夫だ。本体までは出てない。が、危ない状態なのは間違いない。

 社会的に殺されるところだった。自分を殺そうとした相手を殺意を込めた視線で睨む。

 自分の部下だ。それなりに長い付き合いがあり、年の離れた友人のように思っている。相手も同じように思っているのか、気安く声をかけてくる。

 しかし、今は話しかけないでほしかった。

 部下は殺意ある視線を向けられて話すことを忘れてしまったようだ。いきなり大げさに謝り始める。

 こちらも部下に謝り事情を手早く話し、コンビニへ急ごうとするところで、部下が首をひねった。

「あれ、あそこのコンビニもトイレ故障中だったと思いますけど」

なんて日だ。

他の場所を探さなきゃならない。これ以上ないぐらいに頭をフル回転させる。

 幸いなことに今は波が穏やかだ。考える時間ぐらいはある。人間にとってトイレを我慢しなくてはならない環境は頭脳の発達には良いらしいが、身体には悪い。

 最悪の場合は見えない裏路地で排便することも考えねばならない。一応ポケットティッシュは持っている。妻がいつも用意してくれるものを、内ポケットに入れてある。

 しかし、できれば避けたい。

 オフィス街で人通りは少ないが、やはり誰かに見られる可能性がある。それを0にすることはできない。

 部下が心配そうに声をかけてきた。

「あの、確かコンビニの裏道を少し歩いたところに公園があったと思います。そこの公衆トイレなら大丈夫じゃないですか?」

 いい部下をもった。心からそう思う。

「ありがとう」と礼を言って場所を詳しく聞き、直ぐにその場所を目指し走り始めたところで波がきた。

 呼吸を整え振動を与えないように慎重に歩く。張り詰めた時間が過ぎる。

 天気はあまりにも良く、こんな日に自分は何をしているんだろうと思う。

 気を抜いた瞬間だった。すうっと尻穴から屁が漏れる。

 冷や汗が出る。まだ、本体が出た感覚はない。が、安心はできない。尻に再び湿った感覚がある。これは汗なのか、それとも………考えるのは止めよう。

 歩き始めて間もなく、トイレは見えてくる。呼吸を整えながら慎重に歩く。

 やっと着いた。コンクリートむき出しの武骨なトイレがこんなにありがたいと思ったことはなかった。男性用を選び、中に入る。誰もいない。小用を横目に大用のトイレに入る。ここまでくればもう大丈夫だ。ズボンを脱ぎパンツを脱ぎ、用をたす。

 爆裂音。轟音。解放感と幸福感に包まれる。この喜びに比べれば、仕事などどうでもいいと思える。

 ほっと一息ついて自分の下着を見ると…やはり、茶色い染みができている。この下着を履き続けるのは嫌だ。

 公衆トイレには珍しく片隅にゴミ箱が置いてある。下着を脱ぎそこに投げ入れる。ウォシュレットなら良かったのだが、残念ながら普通の洋式トイレだ。一旦大便を流した後、トイレットペーパーを濡らして尻と尻穴を念入りに拭く。その後乾いたトイレットペーパーで拭き直す。多少心もとないが、汚れた下着を身に付けたままよりはずっとマシだ。

 幸いなことにズボンにまでは染みてない。近寄って嗅げば匂いが残っていることに気づくが、ちょっと離せば気づかれる心配はなさそうだ。

 下着が無いので下半身に違和感がある。時計を確認してみると、まだ時間に余裕はある。コンビニで下着を買おう。あまり空腹感は感じてないが、まだ仕事があることを考えると、何か軽く食べておいたほうが良さそうだ。ついでにおにぎりかサンドイッチでも買おう。

 トイレから出る。丁寧に手を洗いハンカチで拭く。スッキリした気分で歩き出す。部下にも感謝を伝えねばならない。いつもハンカチを用意してくれている妻にも。

 足取りも軽くコンビニへと向かう。

 まだ昼休みのところも多いようで、それなりに歩いている人も多い。自分のようにちょっと遅めの昼食を探しに行く人もいるだろう。こころなしか家族連れが多い気がする。仕事がなければ出かけるにはいい天気だ。

 自動ドアが開き店内に入ると、空気の温度差を感じる。混んでいるほどではないが想像よりは人がいる。ちらっと見るとトイレは言われた通り故障中だった。とりあえず何か食べるものを探していると、先程別れた部下が笑顔で話しかけてきた。

 「どうでした?間に合いましたか?」

「ありがとう。本当に助かった」

話を聞くと三時のおやつを探しにきたらしい。小さな籠にいくつかのお菓子と飲み物が入っている。それは言い訳だろう。一度コンビニに入ってトイレが故障中なのを見ている。その時に買い物があれば済ませているはずだ。多分自分のことを気にかけて、会社へ戻る前に確認しておきたかったのだろう。いい部下をもった。

 子ども連れの親子が入って来た。それは普通のことだった。

 しかし、子供は予想もつかないことをする。まだ小学生にもなってない男の子は不意に近寄って来たかと思うとズボンの匂いを嗅ぎ、顔をしかめ、思いきりズボンを引き下ろした。その一連の動作は素早く、親はもちろん自分も部下も止める暇がなかった。

 そして………悲劇があった。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ