04
思わず、沈黙した。
さっき見えた長方形の物体は、思った通り石でできた祭壇だった。近くで見ると、とても細かく丁寧に掘られた草の模様が美しい。大きさは、上にちょうど大の大人一人が寝転がれるくらいだろう。しかし上には何も乗っていなかった。
あくまで上には、だ。
「……誰だろ」
遠くから見た時は祭壇の影になって見えなかったのだが、今秋の目の前には男が一人いた。
左膝を立てその上に左腕を乗せた状態で、祭壇の側面にもたれて座っている男。目は閉じられており、微動だにしない。右手には剣が握られている。
秋は眉を寄せた。剣。……剣?いや、いつの時代だ。
とりあえず男に近付き、とりあえず凝視する。
剣はどこから見ても剣だった。詳しくは分からないが、多分ロングソードというやつだ。十字の形をした細身の剣。握る部分を男の手が握っているのでよく見えないけれど、どうやら黒くて艶のいい石、つまり宝石がはめ込まれている。刀身は鞘で覆われていたが、その鞘にも紐で黒くて艶のいい石、つまり宝石がぶら下げられていた。
何だこれ。何だこいつ。
男が目を閉じたまま動かないのをいいことに、秋は男をまじまじと見つめた。気付けば、男の服装も、一般的な現代人と比べると明らかにおかしい。
白いシャツに、大きな襟の付いた黒のロングコート、膝より少し上の短パンにタイツらしきもの、そして膝の下まであるようなブーツだ。ロングコートの裾や襟には金色の細かい刺繍が施してあり、無駄に高そうなイメージを与える。腰にも無駄に豪華そうなベルトがしてあった。
いかにも、中世を気取ったコスプレですが何か?……みたいな。
何だこいつ。
それとも何だ、自分は600年前のフランス辺りににタイムスリップしたのだろうか。……いやいやいやありえない。
とりあえず男の顔を凝視する。やっぱり微動だにしなかった。眠っているように見えるが、それにしても背筋は伸びてるし首もまっすぐ前を向いている。目を閉じて何か瞑想をしているように見えなくもない。けれどとにかく、動かない。これは化石だろうかと、秋は首を捻った。でも肌の色などからして死んでいるようには見えない。本当にその体勢のまま、生きたまま固まっているようなのだ。
『生きた化石』
そんな言葉が、秋の頭の中に浮かんだ。
男は整った顔立ちをしていた。色の白い肌に、繊細で形のいい部品がバランスよく並んでいる。伏せられたまつ毛は男のくせに長い。髪は白と黒を混ぜた灰色のような銀色で、肩の上で切られている短髪は真っすぐだ。少々癖の入った髪である秋が羨ましく思う程に。腕や肩は、服の上からでも鍛えていると分かる程引き締まっていた。歳は二十代後半くらいだろうか。
ますます何だこいつ。
秋はもっとよく見ようと男の前で屈んだ。と、こつんと音がして秋の膝と男の持つ剣がぶつかる。
「あ」
しまったと思って秋が素早く飛び退った時、男の目がぱちりと、それこそ瞑想が終わったというように自然に開いた。見えたのは、青い瞳。
お互いにしばらく見つめあう。
「……お前が神の子か」
男の口が動いた。低く、落ち着いた声。どうやら生きた化石ではなかったらしい。そう思ったが、とりあえず答えた。
「……いえ、人の子です」
「そうか」
男は少し笑って立ち上がった。無駄にでかい。170センチと少しある秋よりも頭半分ほどは大きかった。
もし危ない人間だったらどうしようかと、秋は警戒して身構えた。何しろ相手は鍛えられた体と使えるのかどうか分からないが剣を持っているのだ。飾るだけの剣だとしても、凶器には十分成り得る。しかも、多分だがコスプレをするような男だ。いや、コスプレを差別している訳ではないが、それでも危険度は一割程増す。男を調べる前に出口を探すべきだったと、秋は今更ながら後悔した。
やっとこさメイン其の二の男が出てきた。長かった。
これからこの男と長い付き合いになりますが、どうぞよろしく。
ちなみに、秋の口癖は「いやいやいや……」です。
はい、何度も出てきてますね。これからも何度も出てきます。しつこいですが。