03
突如として消えた青い光と体の固定に、秋は思わずよろめいて地面に倒れた。とっさに受け身をとったものの、膝やら肘やらをしたたかに打ってしまう。呻いた秋は、その倒れた状態のままごろんと体を動かして仰向けになった。目に映ったのは、さっきまでと打って変わった暗闇。強烈な光に慣れていた目には今自分がいる場所がどこか、何があるのか全く見えない。
とりあえず、現状把握。
巻き込まれた感が拭えないながらも、秋は上半身を起こした。まずは腕に手を這わせる。痛い所はない。打った所も血が出ている様子はない。足も同じく。体におかしい所はないようだ。
息を深く吸い込んで、吐く。呼吸器官にも問題はない。
続いて辺りを見回してみる。体の下にあるのはひんやりとした石のような床。風は吹いていないから部屋の中らしい。静かで物音一つしない。
立ち上がろうとした秋は、はたと気付いた。
この状況、もしかしたら夢かもしれない。
その可能性はさっき打った肘と膝がひりひりするから低いとは思うが、もしかしたらという可能性だってないことはない。だってまず第一に、優梨の周りで光っていたあの円からして信じられない状況なのだ。それに呼応するように秋の周りにも円ができ、結果的になんだか真っ暗な部屋に来てしまったが、到底信じられる話ではない。
よし。
秋は目を閉じた。夢か夢でないかを判断しなければならないような状況に今まで陥ったことはないから正直どうすればいいか分からなかったが、とりあえず目を閉じた。尻の下、手の下の冷たい石の感触が嫌にリアルだ。夢とは信じられないくらいに。
三分ほどしっかりと目を閉じてからそっと開いてみる。少し闇に慣れた目のおかげで、部屋が真っ暗ではなく薄暗いということが分かった。光も無いのに薄暗い。けれどもやっぱり見覚えのない場所だ。思わずため息をつく。頭の中で優梨の声が響いた。
『私、明日引っ越すの』
昨日突然言われた衝撃の言葉。秋は考えた。引っ越すというのはもしやこれか。秋には今自分がどこにいるのか分からなかったが、元いた場所でないのは一目で分かる。それに、確かにこれは普通の引っ越しではない。瞬間、再びため息が出る。
……そうか。つまりこれは優梨の『お引っ越し』に巻き込まれた訳か。そうとしか考えられない。
オーケー、理解した。
どうやら優梨とは違う場所に来てしまったらしいが、まあどうしようもないから仕方ない。
それに、はずれたとはいえ殺されそうになったのだ。秋は忘れたかった事実を思い出した。
泣きそうな顔で。震えながら。
事情はほとんどと言っていい程理解できなかったが、それでも優梨には秋を殺さなければいけない理由があったのだ。命を狙われる覚えなんて秋には無いが、優梨には狙う理由があったらしい。けれど優梨は秋を殺さなければいけない相手だとあの時まで知らなかった。だから実際殺そうとした時にあんなに震えていたのだろう。また会った時にはどうなるか分からないが、秋にとって優梨がそうであるように、きっと優梨にとって秋も友達だ。
そう考えて、秋は自分の髪の毛をわしゃわしゃと掻き回した。面倒事に巻き込まれた時、どうすればいいのか分からない時の秋の癖だ。
「いやいやいや、何でいきなり命に関わることになってんだ」
思わず一人で呟いて、これが最後と思い切りため息をつく。友人に殺されそうになるなんて考えたことも無かったけれど、なってしまったものはしょうがない。
驚くほどあっさりと割り切って、現状把握を続けようと、薄暗い中で秋はそっと立ち上がって自分を見下ろした。着ている服は下は部活用の短パン、上も同じく部活用のTシャツとその上に長袖の青いジャージだ。靴は学校の玄関で脱ぎ捨てたままだから靴下だけ。持ってる物は無い。携帯はもちろん、財布も。なかなかきつい状況だ。身内である兄に連絡することもできないし、もしこの部屋から出れたとしてもヒッチハイクで帰るしかない。
沈んでいく気分を無視して、周囲を見回す。思ったよりも広い部屋だった。実際は部屋と言っていいのかどうか分からなかったが、牢屋だとかは思いたくないので部屋としておく。とりあえず秋が立っているのは部屋の端っこらしく、後ろには床と同じ材料で作られたと思われる壁があった。ドアらしきものは見えない。逆に前は教室三つ分くらいまで続いている。その前の方に、よくは見えないが何かがあるのは分かった。祭壇、のような長方形の物体。まずは近付いてみようと、秋は歩きだした。