6 通じ合う思い
馬車から降りたライラを見て、レリウスは黒い狼の姿から人間の姿に変身した。
「ライラ!どうして屋敷から黙って出ていったんだ」
「レリウス様……私はもうあなたと一緒にいるのは嫌になりました」
「は?」
「私はレリウス様のことが嫌いです。だから、もう私のことは放っておいてください」
そう言って小さくお辞儀をすると、ライラはまた馬車に乗り込もうとする。だが、レリウスがそれを阻止した。
「だめだ、おい、お前たちは屋敷に戻れ」
レリウスが馬車を引く狼たちにそう言うと、狼たちはライラに申しわけなさそうに頭を下げて、屋敷の方へ戻っていった。
「俺を嫌いってどういうことだ」
「そのままの意味です。一緒にいたくないんです。だからレリウス様も私のことを嫌いになってください」
「何を言ってるんだ、そんなこと」
レリウスがライラの腕をとってライラを引き寄せるが、ライラはレリウスの顔を頑なに見ようとしない。ライラのストロベリーピンクの髪がふわりと靡いてライラの顔を隠す。
「お願いです。レリウス様は私が番なのは嫌でしょう?私のことを嫌いになってくだされば、お互いに嫌いになれば、番は解消されるそうです。そうすれば、レリウス様は人間族の私ではなく、狼人族の御令嬢と番になれます。だから、私のことを嫌いになってください!」
断末魔のような叫びを上げるライラを、レリウスはぎゅっと抱きしめた。ライラは身じろぐが、レリウスは絶対に放そうとしない。
「ライラ、そんなこと言うな。お願いだから、そんなこと言わないでくれ」
「嫌です、お願いだから、嫌いになって……!」
「だめだ、嫌いになんてなれない。俺は、ライラと番になりたくないわけじゃない」
「でも……」
「怖かったんだ。黒い毛並みの俺が人間族の番と一緒になったら、番であるライラまで色々言われてしまうかもしれない。王や王妃、兄たちは良くても、王家に長年仕える者の中にはきっとライラをよく思わない連中がいる。そいつらに、ライラが何か言われてしまうのが嫌なんだ。ライラがせっかく楽しく過ごしている生活が、世界が、そんな奴らに脅かされるのが嫌なんだよ。だったら、番になどならずに今のまま、ライラが笑って暮らせるようにと、そう思った」
ぎゅうっと力強くライラを抱きしめながら、レリウスは言う。
「でも、ライラが俺の前からいなくなるかもしれないと知って、もっと恐ろしくなった。この身が、まるで引き裂かれるように痛くて、辛くて、どうしようもなかった。ライラ、俺の側からいなくならないでくれ、嘘でも俺を嫌いだなんて言うな。お願いだから……!」
「レリウス様……」
(レリウス様は、私が番なのが嫌なわけではなかったのね……)
本当は、ライラも体が引き裂かれそうなほどに辛かった。屋敷から離れれば離れるほど、レリウスと遠ざかるほど、身も心もズタズタになるようで苦しかったのだ。それでも、自分はレリウスの元からいなくなるべきだと本気で思っていた。それほどまでに、レリウスが大切で愛おしい存在。ライラにとっても、レリウスは紛れもなく番だという証拠だった。
レリウスがそっと体を離してライラの顔を覗き込むと、ライラは美しいトルマリン色の瞳から涙をポロポロと零していた。
「ライラ、ごめんライラ。ライラを泣かせたかったわけじゃない。辛い思いをさせたいわけじゃないんだ」
ライラの額に自分の額をくっつけて、ライラの目尻から指で涙を拭いながらレリウスはそっと囁く。
「私が、人間族だから、レリウス様は私が番なのが嫌なのだと思って……だったら、私がレリウス様と番でなくなれば、レリウス様は狼人族の方と番になれると思って……だから私……」
「ごめん、ライラ。違うんだ、俺はライラじゃなきゃだめだ。俺たちは番だ、絶対に何があろうと、この絆は繋がったままだ。俺の番は……愛しているのはライラ、君だけだから」
そう言って、レリウスはライラの唇にそっと口付けた。突然のことにライラは驚いて目を見開く。すぐに唇は離れ、またレリウスはぎゅっとライラを抱きしめる。ライラはレリウスの背中に手を回して、レリウスの服を握りしめた。
(暖かい……)
レリウスの体温が、自分へ移っていくような感覚だ。自分とレリウスは一つなのだと、まるでお互いの接する面が溶け合うかのように感じられ、ライラはそっと目を閉じる。
「私は、レリウス様がいてくだされば、誰かに何を言われても平気です。でも、私のせいでレリウス様が何かを言われたりするのは嫌なんです、だったら私はいない方が……」
「それでも、俺はライラがいてくれないと困る。ライラがいないことの方が何十倍も、何千倍も、苦しくて辛い。別に俺については誰が何を言おうとどうでもいい。今更始まったことじゃない。だからライラは気にしないでいいんだ」
「レリウス様……」
「一緒に帰ろう、ライラ。どんなことがあっても、ライラは俺が守る。絶対に幸せにする。だから、一緒に屋敷へ帰ろう」
レリウスがそっとライラの顔を覗き込むと、ライラはレリウスの月のような金色の瞳をじっと見つめた。風が吹き、ふわりとレリウスの艶やかな黒髪と銀細工のピアスが靡く。
「ひとつだけ、わがままを言ってもいいですか?」
「なんだ?」
レリウスが尋ねると、ライラはすこし頬を赤らめて口を開いた。
「……狼姿の、レリウス様の背中に、乗って帰りたいです」
ぼそっとライラがつぶやく。その言葉を聞いて、レリウスは嬉しそうに笑った。
「ああ、もちろんだ」
白狼王の生贄としてやってきた不遇な贄姫は、生贄になることなく黒狼の第三王子の番となり、黒狼の王子に溺愛され生涯幸せに暮らしたのだった。黒狼王子の屋敷からは、いつも楽しそうな笑い声が絶えなかったという。
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