4 気づかない気持ち
「レリウス様、その姿は一体……!?」
ライラがレリウスの屋敷に住むようになって一か月が経った。ライラの目の前には、黒い大きな狼姿のレリウスがいる。狼人族の国の一角に出没した魔獣を追い払うため、レリウスは複数の部下を連れて現地で戦っていたのだが、倒す際に魔法を受けてしまい、人間の姿になれなくなってしまったのだ。
ーー医務官に聞いたところ、数日はこのままの姿らしい。数日たてば自然とまた人間の姿にもなれるそうだ
黒いモフモフな狼姿のレリウスが、床に体を伏せながらふてくされたように言う。
(レリウス様には申し訳ないけど、黒い狼なモフモフ姿、かっこいいし可愛い!)
どう考えても目をキラキラと輝かせて狼姿のレリウスを見ているライラに、レリウスもベリックも気が付かないわけがない。
「ライラ様、なんだか嬉しそうですね」
「えっ、そん、な、ことは、無いですよ!」
ーーそんなこと言って、口がにやけているぞ
「えっ」
慌てて表情を真顔にするライラに、ベリックはプッと吹き出し、レリウスが呆れたようにため息をついた。
「すみません、狼姿のレリウス様もとても素敵なのでつい」
(モフモフ、触りたい!モフモフしたい!)
「ライラ様、レリウス様に触ってみますか」
「えっ、いいんですか!?」
ーーおい、ベリック!
「いいじゃないですか。ライラ様も、狼姿のレリウス様を見るのはこの屋敷に来た日以来でしょうし」
にっこりと微笑むベリックに、ライラは頬を赤らめて大きく頷き、レリウスはハア、と大きくため息をついた。
ーー少しだけだぞ
「はいっ!……それでは、失礼して」
おずおずとレリウスの近くまできて、ライラはそっとレリウスに手を伸ばす。首元のあたりに手を添えて、モフモフと毛触りを堪能する。
「はあっ!すごい!やっぱりモフモフ!ふわふわですねレリウス様!」
ライラは嬉しさのあまり、思わず顔をレリウスの首元にすり寄った。
ーーなっ、おい、やめろ
「レリウス様、尻尾は正直ですね」
レリウスの言葉に反して、レリウスの大きな尻尾は嬉しそうにブンブンと大きく振っている。
(よかった、レリウス様に嫌がられてないみたい)
「レリウス様、大きくてモフモフで可愛い……」
ふふっと嬉しそうに笑ってさらに顔を摺り寄せるライラに、レリウスはふと何かに気づいたように鼻を寄せる。
ーーお前、やっぱりその香り……
「え?」
ーーいや、何でもない。そんなことより、そろそろ離れろ
「そんなこと言って、まだ尻尾は盛大に振ってますよね」
ーーベリック!余計なことを言うな!
◆
「レリウス様はどうして人間風情の私なんかに、こんなによくしてくださるんでしょうか」
レリウスの屋敷で過ごすのも当たり前のようになってきたとある日、ライラはふと気になっていたことをベリックに聞いてみた。
「そうですね……ライラ様、狼人族の髪の毛、つまり毛並みは、基本的に白銀色と決まっています。ですが、レリウス様は黒。黒い狼は突然変異で生まれることがあり、それは王家の血筋の中でのみ。過去に生贄としてやってきた人間がまれに王と番になることがあって、その血が突然変異で現れる、と言われています。だから、レリウス様は王家の中では異質な存在なんです」
「異質な、存在……」
静かに呟くライラの瞳を、真剣な眼差しでベリックは見つめた。
「第一王子と第二王子は白銀色の毛並みですが、レリウス様だけは真っ黒です。そのことについて、王も王妃も王子たちも別にとやかく言うことはありません。ですが、王家に長年使える者の中には、頭が凝り固まった者もいます。人間族の混じった狼など、王家の血筋にふさわしくないと。レリウス様は小さな頃からそういう目で見られてきました。だから、第二王女であるにもかかわらず酷い扱いを受けてきたあなたをほおっておくことができなかったのでしょう」
(レリウス様も、ずっと異質な目で見られていた……)
ライラは胸の前でぎゅっと両手を握り締める。
「ここにいる者たちは、自分も含めて戦などで身寄りが無くなった者たちばかりです。居場所がない我々を、第三王子であるレリウス様は屋敷に引き取り、仕えさせてくださった。だから居場所が無くレリウス様に引き取られたライラ様も、まぎれもなくここの一員なのですよ」
ふわっと優しく微笑むベリックに、ライラは胸が熱くなり、じんわりと涙腺が緩むのを感じる。
「レリウス様は本当にお優しい方なんですね」
「そうですね、とてもお優しく、お強く、聡明な方です」
そう言って、ベリックはライラの顔にかかった髪の毛を優しく耳にかける。ベリックの優しさにも心がさらに熱くなり、ライラの目頭には涙がじんわりと浮かび上がってきた。
「ベリック、ここにいたのか。ライラも一緒に……って、おい!?」
ベリックとライラを見つけたレリウスが二人の側にやってきて、ライラの様子に気付く。
「ベリック、どういうことだ。なぜライラは泣いているんだ」
急に怒ったような口調と声音で問いかけるレリウスに、ライラは慌てて二人の間に割って入った。
「レリウス様、これはベリック様のせいではないです!それに、悲しいとかではないので!」
「……そうなのか?それならいいが」
不機嫌そうなレリウスを見て、ベリックは意味深に微笑む。
「ライラ様のことがそんなに心配ですか?」
「は?そりゃ当然だろう」
「どうして?そもそもレリウス様にとってライラ様は一体何なんでしょうか」
「何って……どういう意味だ?」
言っている意味がまるで分からないと戸惑うレリウスに、ベリックは小さくため息をついた。
「いい加減、ご自分の気持ちに気付いていただきたいのですがね」
「声が小さすぎて聞こえないぞ?」
「聞こえないように言ってるんです」
「はぁ?」
レリウスとライラは不思議そうな顔で目を合わせ首をかしげる。そんな二人を見て、ベリックはやれやれとまた小さくため息をついた。