6ちくわ 私たちには当たり前でも、前世が日本の人には説明が難しいかも
「ちょっとドキドキしてます」
「私もだ」
私とマチルダは両手の小指に品質LV3の『ちくわ』を嵌めて町の外に出た。
「私が最初に授かったジョブは【魔法使い】で、何度も転職を繰り返して、今では【賢者】にまで至った」
そうなのよ。マチルダは知性がマイナスなのに魔法アタッカー職なの。知性は魔力の操作や魔法の制御などに関する能力なんだけど。
「だが物理攻撃での無双に憧れる気持ちはあった」
北東の方角にメロンアーマーボアを発見。あちらも私たちに気付いて突撃。マチルダは向かって来るメロンアーマーボアに手刀を振り下ろす。たちまち斬殺死体の出来上がりだ。
「威力はあるがキレが悪い。……脳筋に近付いたのにな」
メロンアーマーボアのLVは1200ちょっと。LV1000未満でパクチー臭に耐えられる生物は、微生物を除けば人間だけ。弱い魔物はすぐに逃げ出すので、樹海周辺に縄張りを持つ魔物は非常に強い。その魔物をかる~く一刀両断しておきながら、マチルダはご不満らしい。手刀で両断など私じゃ無理です。
「魔法も試すか。スリミィナよ、見ておけ。【ちくわの魔女】だってLVが上がれば他の属性魔法を覚えるかも知れない」
身近に魔法アタッカー職が少ないせいか、私にも憧れる気持ちがある。
「ひょっとしたらギルドマスターに出世する可能性だってある。覚えられなくても知識はあるに越したことはない」
マチルダは空を指差す。メロンコンドルの群れがメロンアーマーボアの死骸を狙っているわ。
「誰かを育てる日が来るかも知れないからな」
空殻の属性魔法はおかしい。そうラリィは言っていた。日本のおとぎ話では、主に『火、水、風、土』とか『火、水、風、星』とか『火、水、氷、風、土、雷、無』とか『火、水、風、土、光、闇、気、邪気、魔、幻』とかが出てくるらしい。
私からすると『火、水、風』がやたら多いように感じる。
空殻の属性魔法は8種類。『回復、暴力、老害、マッチョ、ショタ、オネエ、教育ママ、メスガキ』だ。私たちには当たり前でも、前世が日本の人には説明が難しいかも。
『回復属性』は説明いらないよね。
【禁断の果実】のように物理っぽい現象を行うのが『暴力属性』。おとぎ話の『無属性』に近いんじゃないかなぁ~と思ってはいる。『回復属性』と『暴力属性』はどのジョブでも習得できる。ジョブを得る前に使うことも可能だ。
強引に型に嵌め込みごり押しするイメージが『老害属性』。
強引に壁をぶち破るイメージが『マッチョ属性』。
強引に可愛く振る舞って周囲を混乱させるイメージが『ショタ属性』。
ねっとり絡みついて強引に締め付けるイメージが『オネエ属性』。
強引に勉強の必然性を説いて押し付けるイメージが『教育ママ属性』。
強引に見下してわからせられなかったり、わからせられたりするイメージが『メスガキ属性』。
属性ごとの弱点は、空殻では無いかな。でも相性はあるわ。魔法は複数属性同時発動が当たり前なの。それか武技と併用したりもする。【ホームラン】みたいにね。
あくまでも小学校で習った知識を元にしてるから、食い違いはあると思うけど許してね。
「はぁぁぁ……【地震・雷・火事・親父】ッッッッッ!」
マチルダが使ったのは『老害属性』の中級魔法よ。言霊を唱えると彼女の右手の魔力によって小さな親父が生み出されて、炎と雷を纏いながらプルプル震えているわ。
「ふぉぉぉ……【おじいちゃん・僕・今度・幼稚園に・通うよ】ッッッッッ!」
こっちは『ショタ属性』ね。【老害魔法】の後に【ショタ魔法】を発動させると前者の威力が上がるの。この場合は小さな親父が萌えて、炎が『萌』の形になったわ。
「破ァァァァァ!」
マチルダは親父をメロンコンドルに放ったわ。親父はメロンコンドルに取りついて萌やす……じゃなかった燃やすわ。凄い。『萌』が広がって他のメロンコンドルをどんどん捕らえてく。
「ぬほぉぉぉ……【僕ちゃん・お受験・頑張りましょう】ッッッッッ!」
親父がいなくなった右手には、牛乳瓶の眼鏡をかけた母親が生まれたわ。これは超初級の魔法ね。でも【ショタ魔法】の後に【教育ママ魔法】を使うと前者は萎縮しちゃうんだけど。
あっ、ショタが萎縮どころか全力でグレてなんかどこからかやって来た馬に乗って暴走したッッッッッ!凄い。『萌』に絡め取られたメロンコンドルを片っ端からシメてく。相性の悪さを逆手に取ったのね。さすが【賢者】ッッッッッ!
「ほぁぁぁぁ……【は~い・オネエさんと・仲良くしてね・ウフッ♥】」
えっ、これ【オネエ魔法】の伝説クラスじゃない。左手のオネエがめっちゃ媚び売ってる。あっ、母親が張り合い出してボディコンに着替えたッッッッッ!初級魔法の母親がオネエに釣られて強化されたわッッッッッ!
オネエと母親が同時に飛んで、ぶつかり合ってメロンコンドルに突っ込んで大爆発ッッッッッ!メロンコンドルは塵ひとつ残さず全滅ッッッッッ!
「威力は上がった。悪くない」
「……素晴らしいです」
本当に素晴らしいわ。魔法素人の私にわかるように、4属性の特徴を完全に生かしてる。
「私も貴女のような魔法使いに……サイン入りハンカチは十分ですギルドマスター」
髑髏ハンカチまだあるんかいッッッッッ!
「そう言うな。転売しても良いのだぞ。ニチャァ……」
売れねえよッッッッッ!
「まあ正直言うと、複数属性同時発動は苦手だから、少し不安だった。『ちくわ』無しじゃいきなり上級魔法を使うしか無かった」
何言ってんだコイツ。
「いやいや、ご謙遜を………………サインはもう結構です」
サイン入り死臭ハンカチは8ダースを越えた。いつか『転売できたよな?』と問われるだろう。初心者講習が終わったら地の果てまで逃亡しよう。
「そうか。スリミィナは無欲なのだな。よし、まだ日が高い。初心者講習を始めよう」
マチルダはパクチー樹海を指差した。
「パクチー採集依頼をいくつかピックアップした。私の助言に従って依頼達成を目指して欲しい」
「樹海での採集ですか」
てっきり連続強制魔物狩りをさせられると思ってたのに。
「冒険者にとって食糧採集は基本中の基本だ。魔物からは逃げられるが、空腹には逃げ場が無い。我が国ではパクチーを嫌う者が多い。だからなおさらパクチー採集を行うべきと思う。飢饉は天候次第で起きる。戦乱でもだ。個人では防げない。しかし、個人でもパクチー採集はできるだろう。パクチーで救われる命だってあるはずだ」
冒険者イコール魔物虐殺のイメージがあったけど、目から鱗。さすがギルドマスターだ。
「私、がんばりますッッッッッ!」
「いい返事だ。ただし無理は許さんぞ」
『ちくわ』を指に嵌めたまま、私たちはパクチー樹海へ入る。
樹海の中にはパクチー。右を見てもパクチー。左を見てもパクチー。上を見ても木のように大きくなったパクチー。葉の隙間から遠くに見える大樹もパクチー。花は綺麗なんだけどね。
もともと『ちくわ』装備の検証後に初心者講習する段取りだった。あらかじめ渡されていた鎌をアイテムボックスから出す前に。
「んほおおおおおおおッッッッッ!」
肩こりほぐしポーションを一口。
「ほう、指摘する前に5大脅威に備えるとはな。では私も……」
マチルダはアイテムボックスから軟膏を取り出した。腰痛ほぐし軟膏だ。
「んほおおおおおおおッッッッッ!」
マチルダも自分で腰に塗って、んほる。腰痛ほぐし軟膏は、肩こりほぐしポーションに比べると安いので容易に手に入るのだ。羨ましいッッッッッ!貧乳に生まれたかったッッッッッ!
「お互い大変だな。まずはこの依頼から行こう。『デストロイパクチー10キロ』を集めよう。根もキチンと採るのだぞ」
「今何と?」
「『デストロイパクチー』だ」
ああ、種類あるんだ。全部同じにしか見えないわ。
パクチーが空殻の歴史に登場したのは、およそ500年前。日本から召喚されてそのまま永住した勇者の1人が、カメムシを召喚しようとして間違えたのが始まりだ。匂いが似ているせいだ、という言い訳が残されている。
パクチーは勇者が考案したカレーに使われている。薬味や隠し味に使うのがほとんどで、単体ではほとんど食べない。ネックは匂いだ。チートスキル持ちの農家が本気で作ったパクチーならサラダでも食べられるけど…………お高い。はっきり言って上級貴族の食べ物よ。
300年前にパクチー樹海が生まれたのだけど、けして悪いことばかりではなかったわ。件のパクチーマスターの貴族領を中心にできてしまった樹海は国境を越えて、当時戦争中だったお隣の王国にまで及んだの。秋に王国に向けパクチー臭の風が吹き、そのおかげで王国はパクチーに呑み込まれた国境付近の領土を放棄して、戦争が終わった。王国は平地で開発が進んでいたから、パクチー臭に耐えられなかったのね。
今も王国はパクチー樹海を越えては来ない。ラリィいわく、パクチー樹海の広さはホッカイドウくらいはあるとのこと。ホッカイドウが何かわからないけど、とんでもなく広いのは想像が付く。
パクチー樹海には微生物を除くとパクチー以外の生物は存在しないのよ。一見安全だけど、食糧補給が困難で、木になる前に枯れるパクチーのせいで目印が世界パクチー樹くらいしか無いわ。世界パクチー樹だって未だに成長し続けているし、何十本も生えてるから目印にしづらい。
伐採するにも、伐ったそばから恐ろしい勢いで生えてくるのよ。日本ではどうしてたんだろ?燃やしたのかな?そういえば、これをパクチーと呼ぶのは本来のパクチーに失礼だってラリィが言ってた。やっぱり日本のパクチーとは違うんでしょうね。
「スリミィナ、闇雲に採るな。【鑑定】しろ」
「いやぁ、魔力切れたんですけど」
「魔力が無くなっても気力で補える。気力が無くなっても生命がある。ここには魔物などいない」
私が子供のときに現れた終憎のせいで、ここのパクチーに自我は無い。だからパクチーが変異した魔物は出ないし、カメムシ系魔物を召喚したりもしない。ヘロヘロになっても大丈夫だろう。
さっそく【鑑定】する。ダイダロスパクチー、デイブレイクパクチー、ダイナマイトパクチー、デスメタルパクチー、デッドエンドパクチー……デストロイパクチーッッッッッ見つけたああああああッッッッッ!
「どうして【鑑定】に【暴力魔法】を乗せないんだ?」
「えっ」
意味がわかりませんが。
「【鑑定】で出したウインドウに【禁断の果実】を叩きつけろ」
言われた通りにやってみる。魔力が無いので気力が減った。それもごっそり。ウインドウに林檎が映る。
《ウインドウに叩きつけた林檎は精霊が美味しくいただきました》
コンプライアンスは護られたけど……
「周りを見ろ」
あっ、林檎が映ったウインドウがいっぱい出た。これみんなデストロイパクチーだわ。
「一部のスキルは【暴力魔法】による暴力で効果を拡大できる。戦闘を想定しない状況での採集ではとても役立つ」
すげえ……やっぱこの人、冒険者中の冒険者だ。
「まあパクチー樹海くらいでしか使えんがね」
でも【暴力魔法】を【鑑定】に乗せるって発想は無かったわ。これなら……
「【ちくわ創造】に乗せるときは、安全を確保してからにしよう」
「はい」
危なそうだものね。
「よっしゃ」
デストロイパクチー10キロをゲット!
「よし、次の依頼は……『スターライトパクチー20キロ』だ」
うわぁ、何本集めればいいんだろ。結構樹海の奥まで来ちゃったよ。でもやりとげないと初心者講習が終わらない。よーしッッッッッ!
【鑑定】して、サイコパクチー、サイキックパクチー、シリアスパクチー、シリンダーパクチー、スーパーパクチー、スライダーパクチー、セクシーパクチー、セクシーミント、ソニックパクチー……
「無いわね……いや、ちょっと待って!ギルドマスター、なんかミントがあります!」
「ミントだと……馬鹿な」
マチルダは明らかに形の異なるハーブを抜いて、まじまじと見る。ミントはパクチーより使い勝手の良いハーブだけど、繁殖力は遥かに上回る。
「ミントって逞しいですよね」
実家のお隣さんが庭に気まぐれに植えて、その翌年うちの畑までミントに征服された。メロンを盗み食いしようとしたドラゴンにまで侵食したわ。母が突っ込みを連続30日間入れ続けてやっと息の根を止められたの。歯磨き粉など需要はあるけど、圧倒的な供給が簡単に需要どころか日常生活まで脅かす危険なハーブなのよ。
「ミントでも、こうまで濃いパクチー臭に耐えられないのだが……」
マチルダはミントのウインドウに自ら出した【禁断の果実】をぶち込む。
《ウインドウに叩きつけた林檎は、精霊が美味しくいただきました》
コンプライアンスは護られたけど、辺り一面ウインドウが出たわ。




