5ちくわ 実はこの瞬間がターニングポイントだったりする
幼い頃、素敵な『貴族』の『王子様』と出会って髑髏の死臭……じゃなかった刺繍の『ハンカチ』をもらい、数年後『ハンカチ』を手がかりに『王子様』と再会し……2人は結ばれた。
だいたいそんな感じのストーリーを聞かされた。今なぜここで推定年齢30のマチルダは1人でギルドマスター等やっているのか、頭の中はどうなっているのか、とても興味深いけど虎の尾を踏む勇気は私には無い。
数時間後に『ハンカチ』について訊ねたら、全く別のストーリーが語られるのは間違いない。この女……現実を生きていない気がする。
ギルド内は空調魔道具が効いているから全然感じないけど、表はパクチー臭で気が狂いそう。心を病んでしまったのね。
「それで……『ちくわ』だったね」
やった、話が進んだッッッッッ!
「なんとも不思議な感触だ」
マチルダはちくわを掴んで穴を覗き込み、重いため息をついた。己の設定を盛り過ぎた後悔なのか、面倒なだけなのか私にはわからない。
「自爆させられるのだったな?」
「はい」
出したのは良いけど、どう処分しよう。マチルダはギルドマスターだ。危険性の高い謎の食品を食べさせたくは無い。ヤンデレとの縁は深めないのが世渡りの秘訣だ。
もちろん自分で食べようとも思わない。安全だと感覚で理解しているけど、終憎を吹き飛ばす爆発を見たせいで怖い。捨てても何かの弾みで爆発して、爆散した『ちくわ』を精霊が処理することになるのは嫌だなぁ。コンプライアンスだけは護られるけど……
「私が食べよう」
意外だ。てっきり【マゾヒスト】のどちらかに食べさせると思ったのに。
マチルダは迷わずに『ちくわ』を噛みちぎった。
「全部食べたぞ。胃に入った状況で自爆は可能か?」
「できない、と感覚的に理解できました」
自分を恥じながら回答した。
「そうか……次は2本創造してくれ」
「2本も食べるんですか?」
『ちくわ』は結構大きい。イケメンの前でペロリと食べると幻滅間違い無しのサイズ、と言えば想像できるはずよ。
「君と私でな」
そう来たか~。
さっきのでは【ちくわ創造】のLVは上がらなかった。20センチのモノを2本出すとLV3になった。
「では食べるか」
「はい」
髑髏のハンカチの上に乗せた『ちくわ』を同時に手に取り、同時に噛みちぎる。柔らかいが弾力がある。強く噛まないとちぎれない。生臭さは噛んでくうちに消えた。
「傭兵時代に食べたレーションに比べれば旨いな」
傭……兵……時代……?『王子様』との大河ラブストーリーにそんな要素無かったけど。まあ、スルーしよう。
「どうにも近い食感の食材や料理が思い浮かびません」
「君は普段何を食べていたのだ?」
「そうですね。主に麦粥に葉菜や根菜のサラダ。それとメロンドラゴンにメロングリフォン、メロンバジリスク、メロンガーゴイル……」
「魚は食べないのか」
「故郷に川や湖はありましたけど、みんなよそに輸出しちゃうんですよね」
メロン鮎やメロン鮭、1度で良いから食べたかったな。
「私の実家が漁師でな……」
羨ま…………待てや。ラブストーリーにそんな要素無かったが。
「春になると、祖父がいつもストロベリー鮎を獲ってきてな、私が串に刺して焼いて、2人で食べたものだ。たった2人だけの家族だったが、祖父はいつも笑顔だったから寂しいとは思わなかった。貧しいともな」
あんた……さっき自分がとある公爵家の長女で、とか言ってたよね。春に鮎って禁ry……聞かなかったことにしよう。
「いつも川魚ばかりだった。だから魔物はご馳走だった」
きっと空想上のラブストーリーを聞かなければ、このくだりでしんみりしたはずなのに。
「スリミィナ、先ほど挙げた魔物だが、内臓は食べたか?」
「内臓ですか?いいえ。いつも焼いて灰にして聖水で浄化して畑の肥料にしましたが」
魔物じゃなくて普通の牛や鹿のなら、上流の人は喜んで食べるって聞くわ。あとヤギとか羊も。
「聖水で煮ると、四足歩行系魔物の内臓は柔らかくなるんだ」
マチルダは半分残した『ちくわ』の穴をこちらに見せる。
「私は地獄抹殺牛の小腸を連想した。味わいはかなり異なるがね」
魔界大陸の最奥で魔王が飼って愛玩しているという魔物の牛ね。この女、どんな人生を生きてきたのよ。むしろラブストーリーが真実で、漁師とか地獄抹殺牛のがハッタリだったりする?
「弾力と硬さも異なる。大きさは変えられるのだったな。この大きさの『ちくわ』に限ってだがな、穴の大きさは地獄抹殺牛の小腸を煮たものに近い気がする。煮ると縮むから、生ではどうかわからない」
手がかりというには弱いわね。
「スリミィナ、日本出身の転生者や召喚者に知り合いはいるか?」
「いますけど、それが何か」
「日本には肉食ができない人のために、野菜で肉を模した料理があるそうだ」
まさか。
「『ちくわ』とは、肉以外の何らかの原材料で内臓料理を再現したものではないだろうか」
すげええええええええええッッッッッ!この人、いいえ、この御方スゲエエエエエエエエエエエッッッッッ!
この時は、本気でそう思った。
「転生者か召喚者の知り合いに確認できないか?」
「知り合いは転生者ですけど、現在懲役中で……年間10回は看守にラリアットかまして脱獄未遂するもので。肩書きの無い私では会いに行けません」
脱獄の共犯にされるのは嫌だ。
「ラリアット……ひょっとして『ラリィ=アッコゥ』か?」
「……そうです」
あいつ……有名なんだ。
「もしかすると会うのは可能かも知れない。ラリィ=アッコゥはこの国では手に負えないから、かつて私がエースとして25年間所属していた傭兵団に、戦闘奴隷として売り渡された。つい一昨日の話だ」
何やってんだラリィのヤツ。ていうか、25年傭兵団に所属……コイツいくつ?
「ラリィ=アッコゥは魔界大陸に送られる。昨日帝都を出発したから、3ヶ月後には魔界大陸行きの船に乗るはずだ」
後で聞いた話だけど、父が護送チームの1人だったそうだ。
「さすがに今すぐはムリだが、A級冒険者になれば単独で魔界大陸に渡航できるぞ。友人なら向こうに行っても無下には扱われないだろう」
実はこの瞬間がターニングポイントだったりする。
今すぐ実家にとって返して、母に侘びて、一緒に護送チームに追い付けば、ラリィと面会できた。
可能かどうか別にして、マチルダにお願いする手もあった。マチルダはギルドマスターだけど、冒険者を引退してはいなかった。現役のSS級冒険者だった。『ちくわ』の(間違った)考察には驚嘆したけど……この時点では私は彼女を虚言癖だと思い込んでいた。『ラブストーリー』は彼女の前世の記憶で、髑髏のハンカチは前世のアイテムボックスに入っていたモノで、この時期に前世の記憶が戻り始めて混同していただけだった。(人間性に問題が無かったわけじゃ無いけどね……)
そして、ラリィは『ちくわ』について詳細を知っていた。大陸の内陸部にある山殿帝国の誰もが知らない海の、魚で作られたすり身を串に巻いて焼いた物だと。
恐らく母に侘びる選択をしたなら、港町で『ちくわ』を頬張るラリィに会えた可能性が高い。
「A級ですか。うーん。私になれるでしょうか?」
身分証明と日銭を稼げるくらいのランクで十分なんだけどな。
『ちくわ』で安定かつ高収入を目指しているのに、『ちくわ』の情報を持っているかも知れないラリィに会うためにA級を目指すのは本末転倒でしょ。
まあ情報や今後の方針の取っ掛かりを見つけたのには感謝しているけど、マチルダの勧めに素直に従っていいものか。
「私見だが、スリミィナのジョブは生産系としか思えない。A級までなら生産系の方が上がりやすい。冒険者ギルドを通して必要な商会などに納品すればいい。食糧生産系ならなおさらだ。食糧はどこも足りない。さらに『ちくわ』は爆弾としても使えるのだろう?」
「いちおう不意打ちで終憎を倒しました」
「ほう。単独でか?」
「いいえ。神官様ーーエムドというSM級の冒険者が終憎を抑えてくれたもので」
「ああ、君のご実家の近くに彼がいたな。あの方は凄いだろう。冒険者としても、聖職者としても、【マゾヒスト】としても」
「そ、そうですね」
聖職者……性職者のがしっくり来るけど。
「そうか。【マゾヒスト】が一緒にいたから終憎が弱体化したのだな。それでも良く立ち向かえたな。知性を下げて脳筋を目指しても良いんじゃないか?君は前衛向きだ」
聞き捨てならない発言があった。
「あの……【マゾヒスト】がいると弱体化って」
「ああ、知らないか。腰痛研究所勤めだったしな。3年前に判明したのだが、終憎が【マゾヒスト】と対峙すると確実に舐めプレイを始めるのだ。因果関係はまだわからないが、舐めプレイは間違いなく行う」
「私……運が良かったんですね」
「まあ運はあるが、もともと神殿や冒険者ギルドでは【マゾヒスト】のジョブを優遇しているから各地にまんべんなくいる。【マゾヒスト】から生まれる5大脅威は総じてLVアップの成長率が非常に低い。だからパワーレベリングの協力をしてもらっているのだ」
そっか。ヒーギャックとエアッゾはそのためにギルドにいるんだ。
「【マゾヒスト】はマルチジョブとして発現する。つまり2つ目以降のジョブ。して得られる。どうだろうスリミィナ、君も【マゾヒスト】に「いらないです」
人のためになるとしても、ああはなりたくない。
「特殊性癖に目覚めるだけで各能力値の上昇率も「いらないです」
強くなれても失うモノが多いわ。
「しかし衆目に特殊性癖を晒すだけで経験値を大きく獲得「いらないです」
人生をドブに全力投球するようなものでしょ。
「だが朝廷や各貴族家から月に最低金貨100枚以上のマゾヒスト補助金が「……………………いらないです」
あいつらの収入源がわかった。
「ギルドマスターは【マゾヒスト】のジョブを取ったのですか?」
そんなに勧めるなら自分で取ればいいッッッッッ!
「取ろうとはしたが……【不思議ちゃん】とか【メンヘラ】とか【パセリ】とか【ぼっち】しか得られなかったのだよ……アハハハハハハハ……」
むごいことを聞いてしまった。でもこの人はファーストジョブを含めて5つ持ってるんだ。LVだって9桁だった。
「ふぇぇぇぇぇぇ……」
やべ……ガチ泣き始めた。
「でも素敵なマチルダギルドマスターは、殿方が放って置かないですよね。そう言えば実家の辺りで噂になってましたけど、パクチー樹海の美人ギルドマスターって、えっ、まさかッッッッッ!サインくださーいッッッッッ!」
「えっ。いやあ、私はそんなに大したものじゃ。あっ、このハンカチにサインしよう。さらさらさら……」
立ち直り速ッッッッッ!……おい、約束のハンカチだろ。サインがやけに手慣れてる。
「そう言えばスリミィナ君は【鑑定】持ちだったな」
【鑑定】はそこそこレアで、5人に1人しか持っていないらしい。ジョブによっては後天的に習得できない。私はジョブ獲得前から使えたわ。
「ダメもとで『ちくわ』を鑑定してみてはどうだろうか」
『創造』の付いた生産スキルは非常にレアだ。作れるアイテムの品質も高い。だからLVの低い【鑑定】系スキルでは、自分が作った物でも詳細を見られないことが多い。
【鑑定】そのものも【鑑定】系スキルで一番格が低い。こないだの痔獣や終憎に使ってもLVすら見られなかったかも知れない。
もう1本創造して、いちおう【鑑定】してみる。
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ちくわ 品質LV3
カテゴリ 防具
攻撃力 +100000
防御力 +100000
生命 +100000
気力 +100000
頑強 +100000
俊敏 +100000
技巧 +100000
魔力 +100000
精神 +100000
知性 -100000
【各種耐性強化】
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「えっ」
【鑑定】で出したウインドウは他の人にも見せられる。
「えっ」
私とマチルダは顔を見合わせた。
「「えっ」」
私は震える手で20センチのちくわを取り、小指に無理やり嵌めた。
「体が軽い」
そしてなんとなく食べた。
「なんか……少し美味しくなった」
味は気のせいだ。
参考資料
【守護神カメムシ】 品質LV270
カテゴリ 釘バット
攻撃力 +200
魔力 +300
精神 +200
知性 +300
【魔法耐性】
【パクチー臭】
【魔法強化】




