3ちくわ ちくわって食べられるの?
「【ちくわ創造】」
奇跡を願ってスキルを放つ。日が翳る。強い存在感を空に感じた。
「何?」
巨大な円柱。両端は白く、それ以外は焦げたように茶色い。穴が空いている。貫通しているので、黒雲を走る雷を穴の向こうに覗けた。
これはいったい何だろう。これが『ちくわ』なの?わかるのは私の意志で操作できることだけね。終憎にぶつけてみるわ。
不死鳥と化した神官が私を見た。意図を察してくれたと勝手に信じる。終憎は身体中に不規則に付いた口を歪めて、謎の巨大円柱を指差す。受けて立つつもり?
……やってやんよッッッッッ!
父が馬の無い馬車でメロンタイタンやメロンデビルなどを轢く姿を強くイメージ。お父さん、私に力を。お母さん、脳内イメージなのに……いちいち突っ込みを入れないでッッッッッ!
イメージが通ったのか、大きな音がした。巨大円柱の片側から火が噴く。父の【ブースター起動】のイメージがそのまま再現されたわ。
終憎が中指を立てた。聖騎士、暗黒騎士、竜騎士、勇者、聖者、賢者、数多くの英雄たち。私が胸をガン見したのを咎めると、例外無くそうした。
「テメーの男のシンボルもぶっ潰してやんよおおおおおおおおおおお!」
私はセクハラを許さない。絶対に。
巨大円柱が加速。空気の震える音で耳が痛い。神官様は終憎から離れる。終憎はM字開脚でアへ顔ダブルピース。余裕ぶっこいてんじゃねーぞ!
……ムニョン。
巨大円柱と終憎が激突した。とんでもない轟音が響くと思ったのに……『ムニョン』って何だゴルァアアアアアッッッッッ!
あっ、終憎が巨大円柱に乗ってコサックダンス始めた。効いていない…………えっ。
……なにやら予感がして、ステータスを開く。巨大円柱が終憎にぶつかっただけで、新しいスキルを得たみたい。あの円柱ーーちくわの使い方も少しだけ理解できたわ。
神官様を見た。こちらに必死の形相で飛んでくる。【危険感知】や【直感】などを持っているのだろう。ドヤってコサックダンスからブレイクダンスに変えた終憎が乗る巨大円柱とは、大きく距離が取れた。
これなら。
「【ちくわ自爆】」
ぶっ飛べ。
光。
近くまで来た神官様が、燃える体を大きく拡げて私をかばう。
音。
衝撃波。
世界が揺れる。
《スリミィナのLVが上がった!なお、爆散したちくわは精霊が美味しくいただきました!》
脳内で精霊の声が響いた。
LVが上がったなら倒したのだろう……気配も皆無。地面がえぐれてますな。あっ終憎の体の一部っぽいの発見。
そして、コンプライアンスも見事に護られ……
「待って。あれを精霊が食べたの?」
コンプライアンスは、知性あるもの全てが護らなければならない掟。でも実際に護るのは難しいから、善き心を持つ者の後始末だけは精霊がしてくれるの。
魔力で造っても林檎は林檎。食べ物で攻撃するのはよろしく無い。清い心を持つ私が罪を背負わないように、精霊が食べてくれるのよ。あの林檎……酸味は強いけど結構美味しいし。精霊も役得ね。
ちくわも美味しくいただいたのだから、食べ物みたいね。
「スリミィナさん……肩こりは……」
あっいけない。また肩こりがキツい。急いで肩こりほぐしポーションを口に含む。
「んほおおおおおッッッッッ!……神官様、あなたこそ……」
こんな私を命を捨ててまで護ってくれたのに。何もしてあげられない。胸くらい、見せてあげても……
「【マゾヒストパーフェクトエリアヒール】ッッッッッ!ふう……」
あれ……ついさっきまで限界を越えた弾みで体半分くらい灰になって風に散ってたんだけど、何この人怖い。この人の人生に『神官様最強』とかタグ付いてない?簡単に回復したわ。それも服まで。
「恐ろしい敵でしたね。30年ぶりにLVが上がりましたよ」
あんたが怖いわ。
「それとスキルも増えました。見てくださいね!【マゾヒストアンチエイジング】ッッッッッ!ふう……」
白髪とシワが無くなったわ……
私はとんでもない化け物のLVを上げてしまったのかも。
「今のは【マゾヒストヘルス】というスキルで、【マゾヒスト】の固有魔法らしいです。おっと、1回使っただけでスキルLVが上がりました。LV2で覚えたスキルは……」
『目を見て話せ』とは、とてもじゃないが言えない。
「【マゾヒストバストアップ】ッッッッッ!ふう。」
「ガハッ!」
運命の果実が重い……
「今のは女性のバストを恒久的に10%大きくする【マゾヒストヘルス】LV2の魔法です。これでグラビアアイドルにまた1歩近付きましたね!」
私の背負っている肩こりは10%増量どころじゃない。苦しみが1桁増えたッッッッッ!
「て め え 殺 す ぞ」
「ヒッ」
神官様は気絶した。……何コイツ。マジで、何で私ごときの脅しで気絶してんの?
「ガハッ、肩が凝るうううううううううッッッッッ!」
とりあえず肩こりほぐしポーションを多めに飲んだ。
「んほおおおおお!なんてことなの、サラシがキツい……」
気絶したままの神官様の襟を掴んで揺する。
「テメー、今すぐ貧乳にしろおおおおおおおおッッッッッ!」
くっ、起きないッッッッッ!コイツ、5大脅威より厄介ッッッッッ!
「あっ、スリミィナさんとエムド神官。さっきこの辺ですごい魔力とか爆発があったんですけど……」
原っぱ、いいえ、原っぱだった場所に騎士や兵士や冒険者がやって来た。遅いとは思わない。間に合っても倒せたり有利になったとは限らないわよ。多分終憎がブレイクダンスを踊らなければ、人類は滅びたと思う。
「ひょっとして……スリミィナさんと【マゾヒスト・ネ申】のエムドさんで倒したんですか?」
威厳のある騎士が私に訊ねる。【マゾヒスト・ネ申】って2つ名?どうやればそんなの付くの?
……そんなことより『ちくわ』をどう説明しよう。
「……そうですよ。なんとかギリギリで。それと……目 を 見 て 話 せ」
なぜ胸を見る。
「すげえ。元SM級冒険者のエムド神官とよく連携できましたね」
SM級?S級とか、SS級とか、SSS級とか、SSSS級とか、SSSSS級なら知ってるけど。
「SM級って何ですか?それと……胸 に 目 は 無 い」
なぜ胸を見る。
「SM級ってのは、人間の限界を越えた証のS級と、人間の品性の限界を下回った証のM級を足したランクです。Mの由来はマゾヒストのMですね」
冒険者としてはスゴいけど、人としてダメってことかしら。
「一部のマゾヒストにとっては憧れのランクですぜ」
着ている衣服で『一部』であるのを証明している冒険者が、わざわざ知りたくなかった情報をご親切に教えてくれた。軽蔑を込めて睨んだが、どうやらご褒美らしい。
「オイラもエムド先輩みてえになりてえですぜ」
「この方、よく神官になれたものですね。それと……写 真 を 撮 る な 動 画 も ダ メ だ 絵 に 描 こ う と す る な ど う し て 絵 の 中 の 私 は 服 を 着 て い な い」
「おっ。スリミィナさん。なんか胸が……」
騎士よ、それは逆鱗だ。
「殺 す ぞ」
「きっとLVが上がったせいで凛々しく見えるんでしょうぜ」
「巻 き 尺 で サ イ ズ を 測 ろ う と す る な」
来てくれたみんなからの質問責めと、セクハラへの告訴の準備で、『ちくわ』の説明や質問が全くできなかった。あっ、正当防衛の名目で行ったシンボル破壊の言い訳もしなきゃ。
弁護士がイケメンとわかったので、原っぱだった場所から全力ダッシュで事務所に向かって、結局弁護士が妻帯者とわかり、依頼だけして家に帰った。法律家にシンボル破壊をかますのはマズい。私にも分別はある。
■
数日後。
原っぱだった場所での死闘については、神官様が朝廷に報告してくれたそうだ。原っぱだった場所は国有地だけど数年以内に開拓を始めるらしく、【ちくわ自爆】による損害は特に追及されなかった。冒険者や公務員だったら、終憎討伐の報償金が貰えたそうだ。悔しい。
それと私が受けとるはずの示談金をいつの間にか母がガメて、しかも先物取引で全部溶かしていたのがきっかけで大喧嘩になった。
『無職の分際で胸が大きいなんて許せないッッッッッ!』
腰痛研究所のバイトが終わったので、確かに私は無職だ。でもどうしてもその一言が許せなかった。むしろなだらかな果実のアンタが羨ましいわッッッッッ!
尊厳を賭けた戦いに、全速力の馬の無い馬車で父が間に入ったが、拳と拳に挟まれてダウン。預けていたはずのお年玉もとっくに使ったと言われて、激おこプンプン丸の私は家を出ることにした。
近い将来独立するつもりだったけど、準備を全然していなかった。お仕事どうしよう。例の【マゾヒストバストアップ】の副作用だと思うけど、肩こりほぐしポーションの消費量が増えちゃったわ。深刻化された肩こりのせいでポーション1滴じゃ効かない。1本100ミリリットルが5日持たないわよ。運命の果実が憎いッッッッッ!
とりあえず諸悪の根源に落とし前を付けようと神殿に行ったら、グラビアアイドルのスカウトがいっぱいいたので逃げ出した。
グラビアアイドルは稼げるって聞くけど、カメラ向けられたら無意識で【暴力魔法】使っちゃうから私じゃ無理ね。そもそも私の写真を、白き巨塔と踊るっちまうのに悪用するなんて許せない。
それに転生者の友達も『日本に比べて空殻でのグラビアアイドルは待遇が悪すぎる』って言うしね。転生者の友達もグラビアアイドルだったんだけどさ、いきなりセクハラされてラリアットぶち込んだら懲役食らったって。多分……私だったらシンボル破壊しちゃうわ。懲役刑で済むかしらね。
結局【ちくわ創造】を上手く活かして高収入を目指すしかなさそう。
お金は要るわ。肩こりで終憎を生み出すわけにはいかないわよ。あれで済んだのは偶然。『ちくわ自爆』が効かなければ、本当に世界は終わってたんだから!
でももう肩こりほぐしポーションをガメられないし。消費量だって増えた。月に6本飲むとして、年間72本。この体型を維持したまま、後100年生きるとして……7200本。時間が停止しているアイテムボックスに200本あるから、7000本。1本あたり……値上げを前提に入れずに金貨1枚として、生涯で金貨7000枚必要……と。
……SSS級冒険者の年収の倍だわ。まあさすがに私じゃS級は無理。だって……ジョブが【ちくわの魔女】だし。こないだ終憎を倒したのはマグレね。あんなに舐めプレイしてくるなんて滅多に無いはず。超レアよ。
あーあ。【瞬殺の魔女】とか【虐殺の魔女】とか、せめて名前を聞かせただけで周囲をビビらせるジョブだったら良かったのにな。
食べられて自爆できることしかわからない『ちくわ』は、強敵相手の戦闘で当てにはできないわ。とりあえず『ちくわ』が何なのか、空殻に本当に存在するのか、だとしたら原材料とかスキルを使わずに作れるか、他に何ができるのか理解したいわね。味は……怖いから誰かに見てもらおうか。
『ちくわ』の理解やスキルLV上げは誰かの手を借りるしかないわね。やっぱり冒険者登録しよう。謎ジョブの研究に力を入れてるし、冒険者証明書は身分証にもなる。きっとグラビアアイドルのスカウトは私を追いかけるはず。あのヤベえ神官もね。捕まったら条件反射でシンボル破壊しちゃうわッッッッッ!
この町を離れて冒険者登録して、『ちくわ』の研究をしながら逃げよう。よし、善は急げ。
私は町を出て東へ向かった。
東にはパクチー樹海がある。春の半ばから吹く東風でパクチー臭が流れて来るので、帝国民は無理やり西への用事を作って移動する傾向がある。グラビアアイドルのスカウトはきっとこちらには来ないはずだ。
私の両親も畑の種まきが済んだら、魔物のパトロールという名目で農作業を放棄して西へ旅立つ。農作業は好きだけど、この時期は単独作業になりがちで辛い。いや、だからこそ肩こりほぐしポーションをガメられたんだけど。
途中でメロン系の魔物に【禁断の果実】や釘バットをぶち込みながら、進行方向から吹くパクチー風に耐えて100にちも進むと『樹海西の町』に着いた。何年ぶりかしら。町の門番は親切にパクチー臭防護マスクをくれた。それに、目を見て話してくれたッッッッッ!まあ、女性でしたけどね。
以前と変わらず冒険者ギルドは門のすぐそばだ。
ちりりん。
冒険者ギルドのドアを開けると、ベルが可愛らしい音を鳴らす。
ああ、ラノベっぽい。私の人生に『主人公最強』のタグは付いていないけど、なんか無双できそうな気がしてきたわッッッッッ!