2剛毛 暖かい部屋の中で、床の冷たさを強制された正座で味わいながら
「ええと、どういう状況なんだい?」
剃髪の殿方が、アフロの魔物に触れ、付着したチェリーパイを指ですくう。くっ、神様、チェリーパイに転生させて……いやでも、あの殿方、ハゲて、でもイケメン……
「なんか投げつけられてな」
「アフロに絡んで……これは落とすのが大変だ。いや待って、これ暴力魔法だ……君、よくもディーにッッッッッ!」
君子危うきに近寄らず、逃げるが勝ち。
私はすでに背後に向けてクラウチングスタートを切っていた。脚には紐で『ちくわ』を何本も巻き付けている。これで装備したことになるのだ。LVもアーティスト志望を倒したときにだいぶ上がった。雪上は滑るが、十分走れる。
走る。走る。私は走る。イケメンを怒らせてしまった。そんなつもりはなかった。あの謎の毛玉が彼のペットだなんて知らなかったのだ。
《スリミィナッッッッッ!今すぐ謝れッッッッッ!》
謝れば許してくれるだろうか?許してはくれるかも。でも好感度は最悪だ。どんな顔をして謝ればいいの?ハゲててもイケメンよ。きっと、私、牝の顔で謝ってしまうわッッッッッ!お嫁に行けないッッッッッ!
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……
背後から何かが転がって来る。
「待てやコルァアアアアアッッッッッ!」
毛玉が転がって来たッッッッッ!
悲鳴をあげる前に激突、私は毛玉に絡めとられた。
《謝れッッッッッ!とにかく謝れッッッッッ!》
毛玉に巻き込まれた状態で雪の上を転がされる。雪と泥が口に入ってそれどころじゃない。
回転が止まり、毛玉からイケメンの前に吐き出された。イケメンが叫ぶ。
「神聖アフロディテよッッッッッ!神罰をッッッッッ!」
脇の下が熱い。チクチクする。キチンとお手入れしている脇から剛毛が生えて、なんかプロテクターみたく私の肩を覆ったッッッッッ!めっちゃキモいッッッッッ!
《【アフロヒーラー】を侮辱しておきながら、これで済んで良かったな》
「【アフロヒーラー】を侮辱しておきながら、これで済んで良かったな」
野球英雄神と毛玉の声がハモった。すげえムカつくッッッッッ!
『神聖アフロディテ教団』は、神聖アフロディテを信仰の対象としているの。異世界の『地球』から持ち込まれた神だと言われているけど、起源に関する文献は失伝しているわ。『地球』と呼ばれる世界は複数存在するけど、どの世界の『アフロディテ』とも大きな食い違いがあるって各転生者や転移者は証言しているそうよ。
神聖アフロディテと言う存在は、宗派によってその姿の解釈が変わるらしいわ。『男児派』、『女人派』、『無性派』、『具有派』と宗派の名称で説明としては十分ね。4つの宗派による姿の解釈には、1つの絶対的な共通点が存在するのよ。髪型が『アフロ』であること。
神聖アフロディテは『回復』、『治癒』、『解毒』、『カウンセリング』、『パーリーピーポー』を司る神で、『アフロ』を通して魔術を行使しありとあらゆる生命を癒すとされているわ。
信者は例外無く、その力を求めるわ。力は読者の想像よりもたやすく得られるって聞くわ。KA☆N☆TA☆Nな修行を乗り越え(笑)、『ステータスの神』から授かった『職業』を差し出せば、髪型が『アフロ』に変貌し、【アフロヒーラー】の職業とスキルを得られるんだって。
【アフロヒーラー】が行使する【アフロヒール】は、死と老化と水虫と痔と虫歯と肩こりと腰痛以外の困難を全てはね除けるわ。比喩でも誇張でも無い。ただし、致命的なデメリットを受ける。金属を持てなくなる。
食品に含まれている微量な金属の摂取はノーカン。衣服の繊維に含まれる微量の金属もセーフ。それら以外は持てない。鍛冶屋がヤスリで削った1ミリにも満たない大きさのバリでさえ持てない。もし教団と全く縁の無い他人が、バリを拾って【アフロヒーラー】の手のひらに置いたら、バリは恐ろしい勢いで手のひらを貫通し地面に落ちるって……前に父が見たって言ってたわ。
デメリットはそれだけ……結構キツいわね。【アフロヒーラー】は紙幣を除く金銭の類いを持てず、紙幣が普及している国家はこの時期には存在しないので不便な生涯を送る羽目になるわ。食いっぱぐれることは犯罪でもしない限りまず起きないって言うけど。
暖かい部屋の中で、床の冷たさを強制された正座で味わいながら、かくかくしかじかと事情を説明させられる。
【アフロヒーラー】は知っている。3年に1度くらい実家の辺りにやって来て、5大脅威を除く全ての病を治してくれるのだ。この2人が【アフロヒーラー】だって知ってればあんなことしなかった。
私にとっても【アフロヒーラー】は恩人だし尊敬している。幼い頃、気まぐれに放ったグレートスリミィナパンチアメイジングが誤って父の股間に命中してしまった。粉々になったシンボルを、ベテランの【アフロヒーラー】は何も言わず治療してくれたのだ。金属に触れないのが無ければ、私も【アフロヒーラーを目指していたかも。】
でもまさか髪の無い【アフロヒーラー】なんているとは思わなかったし、あそこまでデカいアフロを持つ人類が存在するとも思わなかった。神聖アフロディテの神罰はチクチクして辛い。
「たった今、神聖アフロディテ様から神託が下った」
毛玉がこちらに毛を近付ける。
「今回は許すそうだ」
両肩のチリ毛が消えた。
「まあ初対面じゃあ、魔物にしか見えねーわな」
チリ毛は大笑いした。
「でもね、魔物に見えるからと言ってむやみに攻撃してはいけないよ」
イケメンが諭すように言った。朗らかに返事した私の顔は、きっと牝に見えているはずだ。




