10脂肪 このときの私は、何らかの性癖って解釈したの。
「ええっと、どういうことだ?」
困惑しながらもアーティスト志望は後方に飛んで距離を取る。脂肪由来の分際で宙を飛ぶなんて生意気ッッッッッ!
私はアーティスト志望に向けて【禁断の果実】を投げた。生意気以前にコイツは倒さなければ。辺境伯様を含む精鋭はみんなボロボロだし、いちおう助けてくれようとはしていたヒーギャックとエアッゾの仇(まあ死んではいないはずだし、実際にピンピンしていた)を取らなきゃいけない。
あの2人と一緒に一緒にいると秒間100個くらいのペースで生き恥が増えてくけど、微粒子レベルで良いところもある………………いや、どうかなあ、どうだろう、あるってことにしておこう。事実、私の年収は増えたし。
でもダメ。脂肪由来の分際で宙返りしたアーティスト志望は、わざとらしく尻で【禁断の果実】を弾いた。
「くっ、せめて普通に防いで欲しいわッッッッッ!」
「これが俺のアートさ」
脂肪由来はクルリと回って投げキッス。コイツ……卑しい存在の癖にわきまえもせず高貴かつ神聖な私に向けてハートを飛ばして来たわッッッッッ!
「避けろスリミィナッッッッッ!」
辺境伯様の必死の叫びが私を動かした。薄汚いハートが私の横を通り過ぎ、見せびらかすようにピンピンしている絶賛飛行中の不死鳥に命中。
日付は変わっているはずだけど、夜明けにはまだ早い。それほどの光。相棒の不死鳥も巻き込まれたはず。何事も無かったようにこの後現れるけど。
「よくもヒーギャックとエアッゾをッッッッッ!」
そうだ。2人は、私にお金をくれたッッッッッ!理解できない理由でくれたのであっても、お金に罪は無いッッッッッ!(2人から頂いたお金は慈善団体に寄付しました。本当です。本当ですッッッッッ!)
「やってやるッッッッッ!」
ちぎれて装備としての効果を喪った指の『ちくわ』を、新しい物に取り替える。【禁断の果実】がダメなら、それ以上の威力を持つ【無礼講の舞踏会】だ。
《復唱せよ》
心の中で野球闘将神が言う。
《山の本より海を越え……》
「山の本より海を越え……」
《拾う神に異国で拾われ……》
「拾う神に異国で拾われ……」
《星の王より呼び戻されて……》
「星の王より呼び戻されて……」
《竜に尽くして最年長……》
「竜に尽くして最年長……」
左手に嵌めた『ちくわ』で挟んだチェリーパイが輝く。
《速球疾走【ヤマ★モ★トタケル】》
「速球疾走【ヤマ★モ★トタケル】」
左手のチェリーパイが回転する。【ヤマ★モ★トタケル】の導きに任せてそれを投げた。見ているだけで不安になるほどの速い回転でチェリーパイが球形に見える………………でも遅い。
「馬鹿なッッッッッ!【野球属性】だとッッッッッ!」
アーティスト志望が背中を見せて逃げ出す。
今日この日、また新たな属性の魔法が生まれた……とされている。歴史書にそんな風に書かれたけど、これ、【野球英雄神召喚】の派生スキルなのよね。
困ったことに、世間は私を【野球魔導士】って評価してる。世界中に建てられた私の像にも【野球魔導士スリミィナ】って書かれてるのよ。【この世で最も美しいスリミィナ】って入れるように指示したんだけど、おかしいよね。きっと嫉妬がそうさせたんだわ。
「【野球属性】ですって?」
このときの私は、何らかの性癖って解釈したの。そして、コイツ私をバカにしてるんだって思った。
吹き飛ばされてたときに創造した『ちくわ』が、ちょうどいいタイミングで私に追い付いて来たし、誰に舐めた態度取ったのか思い知らせようと『ちくわ』を全弾ぶち込もうとしたんだけど、なんかチェリーパイが加速し始めたわ。そしてアーティスト志望を追いかけて追い詰めて命中したの。
当然のように大☆爆☆発ッッッッッ!
何これヤバい。不死鳥2匹が喰らったのと段違いよ。なぜか乗ってる『ちくわ』と同乗する辺境伯様と精鋭の皆さんは無事だけど、脂肪ヶ岳が消えて、地面が抉れて……なんか水が湧いてる、湯気ッッッッッ!温泉ッッッッッ!あらやだ、空間にヒビ。なんかヒビに向かって風が吹いて……吸い込まれてるッッッッッ!
ええっと、【無礼講の舞踏会】にこんな効果あったかしら?『ちくわ』を指に嵌めたせい?それとも【野球】がヤバいの?確かに『地獄ナイアガラ』とか言うし。いや待って、私の才能が豊かすぎるから?そんな、天は二物も三物も私に与えたけど、そんなのってッッッッッ!
「【マゾヒストリペア】」
テンパった私の隣に、いつの間にかいたヒーギャックが魔法を使う。多分職業固有スキルだと思う。空間のヒビが消えて抉れた地面と消えた脂肪ヶ岳は元通り。脂肪系魔物は1匹もいないわ。でも傷付いた辺境伯様&精鋭は全回復ッッッッッ!さらに『ちくわ』の光沢が増した。やっぱりいつの間にかエアッゾはいつも以上に空気……最後のはどうでもいいわね。
うん?
空中庭園は1つだけ残ってるわ。あっ、野球闘将神が乗ってる。同じ服を着てる人もたくさん。
《せっかくだ。この球場は我らが使うとしよう》
きゅうじょうじゃなくて空中庭園なんだけど。……突っ込む前に空中庭園が飛んで行ってしまった。あら、コアラがこっちに手を振ってる。
ラリィが言ってたけど、異世界のコアラは可愛いんだって。この空殻では……最も狂暴な生物の一種なんだけどね。主食は竜とか邪神だし。あの人たち強そうだから大丈夫ね。多分。
「スリミィナ殿……じゃなかったスリミィナさん」
……ガクブルしながら辺境伯様が言う。どうしてビビってるのかしら。私は美少女だけど、美しさってビビる物じゃないでしょうに。ひょっとして怖い女だ思われたかしら。
「万事解決したようですし、この一件の最大の功労者であるあなた様が勝鬨をあげていただけませんかな?」
妙に丁寧ね。『わからせ』に絡んだ出来事は墓場まで持ってくつもりなのに。貴族を敵に回したくないわ。
「えいっえいっ、おおおおおおおおおおおおおおおおッッッッッ!」
エアッゾが勝鬨をあげた、のはいいけど空気のように扱われたーー誰も反応すらしなかった。
「ナイス空気、はふぅ」
きっとエアッゾは幸せなのだろう。私は突っ込まない。
「おい、誰か蔑んでくれよぉ」
もう1匹の不死鳥も、辺境伯様と精鋭の皆さんはいないものとして扱われた。




