2ちくわ 砕けた林檎はスタッフが美味しくいただきました
「【禁断の果実】ッッッッッ!」
【暴力魔法】LV1で使える唯一の魔法よ。ステータスを授かる前に習得していて良かった。通じるかどうかは抜きにしてだけど。
握った右拳が開いて、その中に魔力でできた林檎が乗る。悪魔悪魔しい姿の虫歯獣に向かって跳ぶ。虫歯獣は余裕でこちらを見て鼻をほじっている。舐めプレイはありがたい。
「おおおおおおおおおおおおッッッッッ!」
去年、この魔法で家の畑を荒らしたメロンドラゴンの頭をぶち抜いたけど、……どうか効いてッッッッッ!
林檎は虫歯獣の頭に当たった。林檎が砕けて虫歯獣が果汁まみれに。禁断と呼ばれるだけあって、この林檎の果汁は様々なバッドステータスを付与する。弱体化した虫歯獣へと手の勢いは止まらない。ほじっている指ごと頭を吹き飛ばす。
《スリミィナのLVが上がった。なお、砕けた林檎は精霊が美味しくいただきました!》
脳内で精霊の声が響く。
どうにか虫歯獣を倒し……私のLVが9になって、そして、コンプライアンスは見事に護られたわ。
神官様のジョブは【司祭】って聞いてる。セカンドジョブを持ってるとか言ってた気がするけど、セクハラ野郎に興味は無い。その虫歯から生まれた虫歯獣はなんかご都合主義的に影響を受けて、ヒーラーよりのステータスだったのね。私の【鑑定】じゃLVしか見られなかったから推測なんだけど……1体だけで良かった~。秒でLVアップする敵に連携されたらどうしようもない。
そんなことよりも、神官様は生きてるかしら。ビンタが完全にクリーンヒットしたからなあ。あっ、原型は留めてる。でも……仰向けで、両脚を直角に曲げて……
マズいッッッッッ!虫歯だけじゃなかったッッッッッ!
神官様の膝が曲がり、Mの字を描く。あれは肉体言語による召喚魔法陣ッッッッッ!いわゆる『|印輪王武《イゥン★リィン★オゥブ》上位討意』ッッッッッ!5大脅威の1つ。成長して知性を獲得した『痔』によって行われる、命と引き換えの異世界召喚ッッッッッ!呼び出されるのは異世界痔獣
くっ、こんなことなら汚いオッサン神官のケツの穴を確認しておけば良かったッッッッッ!自我を持つ前にぶち抜いたのにッッッッッ!
魔法陣が輝き出した。召喚が完了する前にブチ壊すッッッッッ!
開いたアイテムボックスから取って置きの釘バットーー守護神カメムシを出す。あらゆる植物が駆逐されたパクチー樹海で御山に迫る高さに達した変異パクチーの枝を削って、メロンサラマンダーの鱗で作った釘をまんべんなく打ち込んだ逸品だけど、物理攻撃には向いていないの。でもメロンブレスをセイフティバントでドラゴンごと弾き返せたから……ひょっとしたら召喚魔法陣を破壊できるかも。
「うおおおおおおおおおッッッッッ!【悪球★威★羽★騎打ち】ィィィィィ!」
【釘バット術】LV7で覚える武技よ。インローの打球をホームベースごとぶち砕くイメージでバットを振り抜く。
でも一瞬遅かった。魔法陣は消えて、バットに男のシンボルを砕く感触がしたわ。家の畑を荒らした聖騎士や暗黒騎士や竜騎士にカマしたときはカタルシスを感じたけど、神官様に罪は……私の胸をガン見したり下着を盗んだりくらいしか思い付かない。慰謝料で済ませてあげるつもりだったのに。
ニチャァ。
背後の敵がわざとらしく笑ったのが、不快な音でわかった。
「【禁断の果実】ッッッッッ!」
釘バットを持っていない左手に林檎を出して振り向く。くっ、不釣り合いにイケメンッッッッッ!
だとしても、5大脅威から生まれる魔物と、私たち人類は絶対に相容れない。
私は飛び出す。イケメン痔獣を【鑑定】しない。見るまでもないわ。放つオーラだけで強敵とわかる。この瞬間を逃せば空殻は終わる。
1歩、2歩、3歩。どの武技を使うか迷う。4歩、5歩、6歩。とにかく守護神カメムシと林檎を同時に叩き付けるしかない。パクチー臭の恐ろしさを思い知らせてやる。7歩、8歩……9歩目を踏み出す前に、世界が回転する。
まずい。殴られるか蹴られるかした。どう受け身を取るか決める前に、私は地面に叩き付けられるだろう。
お父さん……下着を同じ物干し竿に干さないでって怒鳴って、ごめんね。
お母さん……幼い頃から預けたお年玉は恵まれない人のために使ってね。
「スリミィナさぁんッッッッッ!グハッ」
回転が止まる。何か温かいものに当たった。
「今……回復します。【エリアマゾヒストヒール】ッッッッッ!」
体の痛みが消えた。LVアップ直後に再発し始めた肩こりも無くなる。
「神官様……」
私を受け止めたのは、まさかの神官様。正直、ビンタも男のシンボル破壊も本気だった。生きているとは思わなかった。
「若者を護るのが大人の仕事です……」
「目 を 見 て 話 せ」
「ヒッ……今はヤツをなんとかしましょう」
そうだわ。慰謝料なんていつでも取れる。私たちはイケメン痔獣を見る。ヤツは鼻をほじっていた。外見への好感度は爆下がり。もう躊躇はいらないッッッッッ!
「拙僧たちを相手に、まさかの放置プレイとはねえッッッッッ!」
放置プレイではない。舐めプレイだ。神官様がイケメン痔獣に手のひらを向けた。
「【放置プレイ】ッッッッッ!」
「えっ?」
神官様の手から妖しげな色の魔力が飛び、イケメン痔獣を包む。何かのスキルだと思うけど……
「目には目を、放置プレイには【放置プレイ】をってね。スリミィナさん、今ですッッッッッ!」
なんかイケメン痔獣が固まっている。汗もすごい。前屈みになった。目 を 見 ろ。胸 に 目 は 無 い。
「我々マゾヒストの世界の理屈など、あなたは知らなくて良い!スリミィナさん、迷うなあああああああ!」
きっと誰にも理解できない駆け引きがあるのだろう。隙ができたなら、せひ突かせてもらうわッッッッッ!
「うおおおおおおおおお!」
インスピレーションに従い、林檎を軽く放る。守護神カメムシを両手で握りしめ、振りかぶり、落ちてきた林檎を叩く。ステータスを確認しなくても感覚でわかる。スキルLVが最大になっていた【釘バット術】が覚醒したのだ。
「【ホームラン】ッッッッッ!」
あとでステータスを見て知ったのだけど、【釘バット術】が【正道野球術】になっていた。【ホームラン】はLV1の武技で、本来なら対象をぶっ叩く技だけど【暴力魔法】とリンクしたらしい。林檎は砕けることなくイケメン召喚者へ飛び、命中し爆散。なぜか無数の風船と花火が飛ぶ。
《スリミィナのLVが上がった。なお、砕けた林檎は精霊が美味しくいただきました!》
私のLVが16になった。そして、コンプライアンスは見事に護られたわ。神官様もスキルLVが上がったらしい。
「新しく覚えた【マゾヒスト回復魔法】で、男のシンボルを完全修復できました。それにしても……ふっ、拙僧たちにとって初めての共同作業ですね。ニチャァ……」
コイツ殺そう。そう思った瞬間。
「があああああああああああああああ!」
背中に激痛。完全に予想外だった。恐らくLVアップの弾みで、私の肩こりが限界を越えたのだ。
子供の頃。自我に目覚めたパクチーを狩りに国中総出でパクチー樹海に行ったとき。名前も知らない人の肩こりから誕生した『敵』を見た。
国中総出だったから、両親を含む最強のオールスターで立ち向かった。私もパクチーで殴ろうとはした。当たらなかったけど。
人類には犠牲は無かった。でも樹海に生きる全てのパクチーから自我が喪われ、カメムシに似た臭いを撒き散らすだけの存在になった。結果オーライ。我が国のパクチー繁殖は国土の2割で済んだ。
逆に言えば、あの恐ろしいパクチーから恐怖によって自我を根こそぎ奪い去ったのだ。肩こりから誕生する『敵』は。
「んほおおおおお」
LVアップした瞬間から始まった肩こりが、肩こりほぐしポーションを無効化してしまうほどの肩こりが、神官様のよくわからん回復魔法で消えた。爽快感はたまらないが。
ドドドドド……
私たちの真上に浮かぶ『敵』が醸し出す絶望が、前向きな感情を全て踏み潰す。
『敵』の背中には天使の羽根。体は人型。形だけが人型だ。あらゆるパーツが内臓のような何かで構成されているわ。
強い。さらに、こうして眺めている間にも、肩こりから誕生した『敵』ーー終憎のLVは上がっているのだろう。虫歯獣ごときとは比べ物にならない速度でだ。
5大脅威の中で、肩こりは別格だ。今すぐ私と神官様でどうにかしなければ、世界は終わる。でもこの時点で詰んでいる。対峙しただけで理解してしまった。
終憎は悠々と鼻をほじりだした。両手で、両方の穴を。
舐めプレイでは無いわ。指の動きだけで竜巻が発生しているもの。小さな太陽まで生まれてしまった。熱い。暑苦しい。草花が枯れ、竜巻に吸い込まれる。このままでは私たち……いいえ、世界だってそうなる。
「拙僧と同時に攻撃してください」
また共同作業とか言われるのだろうけど、命があれば告訴はいつでもできる。私は魔力の林檎を左手に生み出し、神官様は全身に魔力を巡らせた。
「【ホームラン】ッッッッッ!」
「【アへ顔ダブルピース】ッッッッッ!」
私は終憎を睨み付けているので、神官様が何をやらかしたのか見えなかった。でも山1つくらい軽く吹き飛びそうな何かが、ジャストミートして空に虹を描く林檎を追い越し、鼻をほじっている終憎に命中して大爆発したのには驚いた。父の【轢き逃げドリフト】より遥かに強力だ。
「まだで……」
安心した私を戒めるために何か言おうとした神官様だが、その場で1回転した。いつの間にかそばにいた終憎のビンタだ。
終憎はいくつもある目で私を見て、消える。林檎の香り、果汁。ヤツは神官様の謎スキルを耐えるかかいくぐるかした上に、向かってくる林檎を掴んで私の頬に叩き付けたのだ。
ぐるんぐるん。空、草むら、速い雲、草むら、増えた太陽、草むら、竜巻、草むら、御山、草むら。激痛。折れた木が匂う。
痛い、辛い、怖い。でも、このまま終われるものか。笑う膝を叩いて、無理やり立ち上がる。そこでパクチー臭。まだ守護神カメムシは手にある。
いや違う。
私の正面5メートルに立つ終憎が、樹木のように育った大きなパクチーを担いでいる。ここからパクチー樹海までの距離は約300キロ。パクチーは樹海にしか生えていない。
なぜパクチー。これから私は殺されるのに、そんなことを考えてしまったわ。
世界が、空が、雲が、風が、パクチー臭が、全てスローモーションになる。脈拍だけは速い。掲げられたパクチーが振り下ろされた。
「……まだだ」
腕を十字に重ねた神官様が、それを受け止めた。足首まで地面にめり込む。
「スリミィナさん、実は拙僧にはジョブが3つあるんです」
パクチーが再び振り上げられた。
「1つは【神官】……」
激しい音。神官様の膝まで地面にめり込んだ。パクチー臭が拡がる。
「もう1つは【マゾヒスト】……」
「そんな気はしてましたわ」
轟音。神官様の太股まで地面にめり込んだ。パクチー臭が拡がる。
「そして……」
3度、パクチーが振り上げられる。
「【生涯童貞】ッッッッッ!」
神官様が炎に包まれる。振り下ろされたパクチーは一瞬で灰になった。
「今日この日まで、童貞で良かったッッッッッ!」
不死鳥は終憎へ飛びかかり掴んで、そのまま空へ飛翔。
爆発。爆炎は吹き飛び、炎が消えかかった不死鳥は地に墜ちようとしていた。
「まだまだあああああああああ!」
不死鳥は何度でも蘇るって教わった。また、モテない男の人は不死鳥の力を得るジョブに就けるとも。
神官様は翔んだ。終憎に向かって、何度もぶつかり、弾かれ、蘇る。
不死鳥は終憎に及ばない。こうしている間にも終憎のLVは上がり続けている。
この原っぱは町に近い。そろそろ助けが来ても良い頃合いだけど、その気配は無い。法的にも心情的にも見捨てはしないと思うけど、戦力が揃わないようね。
「一か八か……」
まだ試していないスキルはあるわ。
「【ちくわ創造】」
足掻かなければ奇跡は起きない。