3脂肪 ミシリ (なんか終盤が消えてたので直しました)
なんか終盤が消えてたので直しました。
ミシリ。
長いテーブルの、少なくとも上座ではないけど下座でも無さげな位置に座った私は、朝食のカレーをかき混ぜながら昨夜見た悪夢について考えていた。
正直、お腹は空いていない。カレーは1杯食べたら十分だった。気が重くて食欲が出ない。なのにまだ50杯以上は長いテーブルの上に健在で、辺境伯のお屋敷のメイドさんたちが健気にワゴンで10杯単位で追加して来る。
昨日までの私はあんなに食べていたんだ。おぞましいわ。
もしも、悩みが解決したら、元にもどるのかしら?
この時期、それも短い期間。私は肩こりの脅威から解放された。
でもね、それは新たな苦悩を生み出しただけだったの。
ミシリ。
「スリミィナ殿、どこか具合でも悪いのかね?顔色は……………………良さげだが」
某不死鳥の父親とは思えない上品な物腰で、辺境伯様が気遣ってくれた。そうだわ。権力でお悩み解決……できるわけねーわ。
「ふむ……なんと言うか……セクハラと解釈される覚悟で問うが、痩せた……のか?」
殺意が涌いた。この方は表面上はまともな感性を持っている。胸も見ない。顔がアレなのとお子様が『アレ』なのさえなければ完璧だなのよ。だから堪えることができた。
「決してそのようなことはございませんわ」
………………………………実際、そのようなことは無かった。あの後すぐメイドさんに持って来てもらった体重計に乗ると『限界突破』という表記が出たわ。
知ってる?筋肉ってさ、贅肉よりも重いのよ。
「辺境伯様、お詫びしなければなりません」
「君がお詫びするようなことなど、何も無いさ。我が家の汚物に関わって人生が台無しになってしまったのだから。どんな償いでもするさ」
そこまででは無いとは……思う。そこまででは無い。そこまででは、無い。
「そちらの件ではなくて、その、部屋と廊下をですね、壊してしまって……」
ミシリ。
「壁パンでかね。気にするな。ワシもよく壁パンしている。家人も領民もな。前の屋敷もな、建てて2年で壁パンできる場所が無くなってしまってな、この屋敷を速攻建てたのだ。儲かった大工がサンドバッグを献上してくれたのは、この上ない美談だな。ワハハハハハ……」
そっか、そんなにヒーギャックがストレス与えてるのか。遠く離れた場所で生きてるだけで。
「気にしないでくれたまえ。積極的に壁パンすればいい。何だったらここにいる全員で一斉に……」
「そうではないのです」
本当に腹をチェーンソーで切らなければならないかも。
「昨夜は壁パンしましたけど…………なんと言うか。昨夜の夢の中で、私……トレーニング的な行為をやらかしてしまって……」
私にあてがわれた部屋は、この食堂の斜め上だ。真上は廊下だ。
ミシリ。
「なんと。夢の中まで壁パンかね。私専属のカウンセラーに話を聞いてもら……「グハッ」
辺境伯様の背後に控えていた痩せぎすの吐血した男が、話題に登った専属らしい。
「大丈夫かッッッッッ!今パーフェクトエリクサーアルティメットレジェンドレアを飲ませてやるッッッッッ!だから死ぬなッッッッッ!」
辺境伯様は専属カウンセラーに黄金の瓶の中身を飲ませた。王家の秘宝とされてる完全回復薬の名称が聞こえた気がしたけど気のせいよね。確か火葬した遺骨にかけると若返った姿で甦る、と噂のアレ。
意識を取り戻した専属カウンセラーは、メイドと執事の手を借りて立ち上がったけどフラフラよ。そよ風で十分に2度と立ち上がれなくなっちゃうんじゃない。
ヒーギャックストレスってどこまでなの。
ミシリ。
「閣下……遺言の代わりにサンドバッグを叩かせてください」
「待ってろ、いま庭師が広場に吊るしてあるサンドバッグを持ってこちらに急いでいるッッッッッ!」
あのサンドバッグの群れはストレス解消用だったのね。壁よりそっちを殴ればよかった。
「お持ちしましたッッッッッ!」
庭師が食堂にサンドバッグを持って来て、バッチコイと抱き抱えたわ。
「さあ、叩くのだッッッッッ!」
この世から去ろうとしていたカウンセラーの瞳に怒りの炎が宿ったわ。土気色の肌も生気が戻った。彼は元気に立ち上がり奇声をあげてサンドバッグを打つ打つ打つッッッッッ!
「閣下……もう少しだけ生きて行けそうですッッッッッ!」
カウンセラーは完全復活。……私は何を見せられているのかしら。
「…………どうだろうスリミィナ殿。君もストレス解消しないかね?異世界転生よりも生まれ変わった気分になれるぞ」
ちなみに、辺境伯様は日本からの転生者だそうよ。
『前世は富豪の家に生まれ、人生の99%がハーレムだった。最高学府を首席で卒業し、世界政府の総統に成り上がった』ってメイドが自慢してたわ。本人は目を逸らしてたけど。見たこともないような汗もかいてた。
悪い人ではないとは思う。実家にいたときも、辺境伯様の善政は評判だったし。私個人は彼の虚言癖の被害を受けていないし。
「いえ、私は乙女で博愛主義者のものでして、遠慮させていただきますわ」
オホホホホホと優雅に笑ってみせた。ここで食堂を退去すべきだったのだけど、とても難しい状況だったわ。
ミシリ。
「乙女であってもストレスとは無縁でいられまい」
辺境伯様は私の手を引いて立たせた。
誓って言うわ。私は完全に制御したつもりだった。
私が一歩踏み出した場所の、すぐ隣は……私がここに座る前に足跡を刻んだ場所だった。文字通りの意味で。
メキッ。
制御したはずの私の筋力で、足が床に食い込んだ。
ビシッ、バキッ、ピキッ、ドカァァァァァン!
《崩れた天井の下敷きになったカレーライスは、精霊が美味しくいただきました》
野球って、恐ろしいスポーツよね。夢でボールを投げただけでとんでもない筋力がついてしまったわ。日本の人たち、みんな野球を経験してるんでしょ。
床に足を付けただけで破壊してしまうほど筋肉ついて、生活に不便じゃあないかしら?
違うだろって?
野球に謝れって?
すいませんでした。【野球英雄神召喚】のせいです。
《貴様ッッッッッ!我らのせいにするなッッッッッ!グラウンドを走らないからそうなるんだッッッッッ!》
関係ねーだろッッッッッ!
《知らんのかッッッッッ!野球力を還元しないから筋肉がつきすぎたのだ!さっさとグラウンドを走れッッッッッ!ダッシュだッッッッッ!うさぎ飛びだッッッッッ!バック走だッッッッッ!匍匐前進だッッッッッ!》
匍匐前進してどうすんだよ……
《オーバーワークでつきすぎた筋肉を破壊して、人並みの筋力に戻すのだ》
その理屈はおかしい。
《それともうひとつ、痩せろ》
うるせえッッッッッ!とっくに脂肪率は1%未満じゃッッッッッ!おかげで【運命の果実】が【運命の胸板】にジョブチェンジしたわッッッッッ!
《後もうひとつ、【野球ヒール】を使えるようにしておいた。下敷きになった人々に使うんだ今すぐッッッッッ!》
やっぱりヤバイよね。私は痛くも痒くもないんだけど。
《それと、痩せろ》
うるせえッッッッッ!




