10ちくわ 私……何の落ち度も無いと思うけど、念のために切腹の練習とかすべきかしら
ある程度書き溜めてたのはここまでです。
次回以降はマイペースで投稿します。
「「ギャアアアアアアアアアアアッッッッッ!」」
ミント臭の奔流が私たちを呑み込む。ミント臭ぇッッッッッ!
ここで、こんなので、何の覚悟もできていない状況で、私は死ぬの?しかも死因はミント死ッッッッッ!
「「しみるうううううううううッッッッッ!」」
全身がしみる。その感覚が徐々に足へ移動する。
ミズムシィィィィィィイッッッッッ!
この悲鳴は……まさか5大脅威の1つ、水虫から変異する水虫鬼ッッッッッ!
どうして私とマチルダの爪先から聞こえるの?
「危なかった。もうちょっとで水虫が変異するとこだったか」
薬師の指示で私たちの靴と靴下が脱がされた。ブレスの勢いが増す。足がかゆい。
「水虫鬼退治だ!」
爪先から黒い何かがこぼれ光の粒子になって消える。ブレスが止んだ。
「ふう、これで安心だ。お前ら【マゾヒスト】じゃねえから、水虫鬼が生まれたらやべーことになったぜ」
ひょっとして……私とマチルダの足で水虫が変異っちまってたって言うの?
「まさか……ミントで水虫鬼を予防できるとはな」
抜き足軍団は私とマチルダから離れた。
「いくらか腰痛も楽になった」
肩も軽くなった気がするわ。どうして?
「軍部の説明通りにミントマンティコアのブレスで5大脅威の予防ができるんだ」
「軍部ですか?」
なんか嫌な予感がしてきた。
「そうだ。軍部の指示でパクチー樹海にミントを栽培している。パクチー臭の中で育つミントが変異した魔物はテイムしやすくなるそうだぞ。詳しくは国家機密だから説明できねえけどな」
爆殺したミントマンティコアは……軍の……
「いやあ、樹海で酷ぇ真似されてよ。せっかく気合入れて育てたミントが燃やされてなぁ~。変異してなついたミントマンティコアまで炭とか灰にされて可哀想に……。俺ぁよ、王国の間者かと思ったがな。……ああ、王国民が攻めてきたら空に向けてブレス吐くようにしつけたんだ。わかりやすいだろ」
マチルダの顔から血の気が引いた。
「……」
「マチルダ……………………どこに行く?」
「すまない。急用を思い出してな」
「お前んとこにも手紙とかで連絡が行ってるはずだよな……」
嘘でしょ?マチルダ……まさか忘れて…………
「私は忙しいのだ。おい、待て、担ぐなッッッッッ!」
私とマチルダは代官所に連行された。
ミントの件についての手紙は、先月間違いなくマチルダの元に届いていた。手紙は複雑な暗号が使われていたのだけど、マチルダは暗号表をうっかり無くしてしまっていて内容を把握していなかったそうだ。暗号表再発行申請も忙しくて申請していなかったと尋問で明らかになった。
代官様いわく、隠蔽しなければ町の住民全員がヤバい……とのこと。うん、極刑でも済まないよね。
まだ公になっていないから、隠蔽そのものは難しくないそうよ。軍用ミント事業は始まったばかりだって言うし、軍部もダメ元で始めた感じらしいし。なんかどっかの貴族のお子さんにミント絡みのジョブが出て、なんとな~く始めてみたそうだから、視察とか緩い……どころかまだ1回も来ていないって。早くミントマンティコアの数が増えればごまかせそう。
マチルダは代官様と薬師が教育することになった。SS級を教育できてしまうんだ……恐ろしい人たち。
指示に従っただけで無罪の私には、口止め料に金貨100枚と肩こりほぐしポーション30本。それとこの町からの退去のお願い。『命令』だと議事録に残さなきゃならないんだって。
初心者講習を受けた事実そのものも無かったことになりそうだったけど、『それをせずに、むしろ他国でほとぼりを冷ました方が良い』って……最悪のタイミングで来た視察の人がゴリ押しして来たわ。視察の人も命が惜しいみたい。ちょっと外国旅行に行ってくるわね。
薬師が支配したマッチョX2とメスガキは薬師の下で働くそうだ。なんか住民登録できるらしい。スゲーわ帝国。
問題は……ミント炭化の実行犯の【マゾヒスト】2名ね。あいつらは本当に何も知らされてなくて、ガチの親切で私らの様子を見に来たの。性癖を満たす目的もあったけど。人助けの末の損害……で済むほど世の中甘くないわね。
■
「おい嬢ちゃん、あそこに水溜まりがあるぜ」
前日の雨の名残をヒーギャックが指差す。あれから1ヶ月経った。だんだんコイツらのことが理解できて……いや、できねえわ。
「(棒読み)わーたいへんだー。みずたまりのむこうにいけないわー」
水溜まりは数十センチ。道は馬車5台が並んで通れる広さよ。楽勝で避けれる。でも合わせてあげなきゃ。
「どうりゃああああああッッッッッ!」
ヒーギャックが水溜まりの上にナイススライディングッッッッッ!その先にはエアッゾ!
「オイラは空気、オイラは空気」
チラッ、チラッ、と私を見る。胸じゃなくて目をキチンと見るので不快感は少ない。……それでも限界突破してるけど。
「俺様の屍を越えてイケえええええええええッッッッッ!」
周囲のギャラリーから好奇に満ちた視線が送られる。逃げ出したい。……逃げ出したいわ。でも逃げられない。逃げてもコイツら追ってくるし。そもそもコイツら私のPTだし。組まされちゃったわよッッッッッ!ヒーギャックは正式な冒険者じゃないから、協力者って扱いだけど……組まされちゃったわよッッッッッ!
聞こえるように、全力でため息をつく。【マゾヒスト】2名の体が跳ねた。うわぁ。
樹海西の代官から預かったマゾヒスト破壊オーブを起動させようとしたけど……コイツら殺したくらいじゃ死なないわ。爆発しても不死鳥は炎の中から甦る。むしろ喜んで、さらなるお仕置きをせがんでくるからキツい。まあ私に向けて性的な行為を何一つして来ないのが救いかな。
とにかく、ヒーギャックの背中を渡ろう。それからエアッゾに存在しない体でぶつからないと、この最悪の茶番は終わらない。放置すればわざわざ絨毯を敷いて断りにくくする。
「「んほおおおおおおおッッッッッ!」」
ヒーギャックを渡ってエアッゾに体当たりして、そのまま早足で辺境伯の屋敷へ向かう。【マゾヒスト】2名の運動はこれで十分だろう。
ラリィに聞いた話だけど、日本には映像の中の登場人物を動かして遊べる『てれびげえむ』という物があるそうだ。『てれびげえむ』には様々な種類があって、『ああるぴいじい』という種類のやつは登場人物を操作すると、その仲間が律儀に後を着いて来るんだって。
「おい嬢ちゃん、水溜まり……もう良いのか?」
「まだまだ空気だって薄いんじゃないのか?」
もしも『ああるぴいじい』で遊ぶとこんな気持ちになるのかな。空殻に生まれて良かった。良くはないか。金魚の糞みたいに着いてくるゴミどもが何を言ってるのかわからないけど、何が言いたいのかはわかる………
今後どうやってコイツらをしつけるか、模範解答の存在しない難問の解答に必死で頭を巡らせながら、辺境伯様の屋敷の門をくぐる。
「「「「「お帰りなさいませッッッッッ!ヒーギャック様ッッッッッ!」」」」」
辺境伯家はヒーギャックの実家だ。帝国……本当に大丈夫なのだろうか?やっぱり滅びるのかな?
「スリミィナ殿、本日もおつかれであった」
家人の間に立つ辺境伯様は私を労った後、何もかも諦めた視線で長男とその幼馴染みを眺め、ため息を深く深く……深くついた。ビクンビクンとヒーギャック&エアッゾが跳ねる。いったいどんな教育すれば……教育とか虐待くらいでこうはならないよね。何かの呪い?
いいえ、それじゃ呪いが可哀想。
辺境伯様は変態に育ってしまったヒーギャックの被害者よね。人の親って大変なんだ、と私は思った。もっと親孝行すべきだった、とも後悔した。
1ヶ月前、代官所での『お☆裁☆き』が終わってすぐ、私と【マゾヒスト】2名は王都から南西500キロにある辺境伯領へと、視察に来た人と一緒に転移魔法で移動した。軍部と関係の深い辺境伯に隠蔽とほとぼり冷ましの協力を得るためにだ。
実行犯の父親なのだから辺境伯にとって他人事ではない。彼も必死で隠蔽工作に参加した。現在各方面の利害調整中。樹海西が何もかもユル過ぎて実感が無かったけど、想像以上の大事だ。ここに来た当日の夜に……皇帝の権威に関わる、と階段の踊り場で壁パンする辺境伯の呟きが聞こえてしまった。
私……何の落ち度も無いと思うけど、念のため切腹の練習とかすべきかしら。刃物なんてハサミとカミソリと包丁と鎌とノコギリとチェーンソーくらいしか触ったことないわ。ヤるとしたら……やっぱりチェーンソー?
いちいち自室まで案内してくれるお屋敷のメイドの背後で、覚悟をキメるのにエア切腹をしながら着いてく。
「おいメイドに嬢ちゃんッッッッッ!この上を歩けッッッッッ!」
ヒーギャックのファーストジョブは【人間国宝絨毯職人】だそうだ。絨毯を敷く理由も根拠も必然性も何一つわからないけど、乗らないと本当に面倒なので絨毯の上を歩く。私の前のメイドは自然に絨毯に乗った。メイドはいったいどんな心境なのだろうか?『面倒』以外の感情があるのかしら。
部屋に着くまでに空気志願者に17回連続衝突。数えたくないけど数えてしまう。私は病んでるかな。
あてがわれた部屋のドアをメイドが開けた。変態2名は中までは来ない。当たり前なのだがありがたい。某神官様は季節に1度の割合で実家の私の部屋でくつろいでいる。鍵をかけても、両親が本気で結界を張ってもだ。ぶち切れた父が馬無し馬車で家を壊さずに済む分、ここでの暮らしはマシだと考えるわ。一時的なものだし。……一時的なものよね。そうだよね。
でもイラつくから壁パンはするね。辺境伯様から『(意訳)好きなだけぶったたいちゃって~』とお墨付きをいただいてるし。
「何でこんな目に遭ってるんじゃあああああああああッッッッッ!」
ドカバキゴスボコスカドガガガガガガガ…………
ふう、落ち着いた。晩御飯まで時間があるし、『ちくわ』でも作ろう。
「【ちくわ創造】、【ちくわ創造】、【ちくわ創造】……」
スキルのレベリングをひたすら行う。すると、あら不思議。眠くなって来た。スキルLVは上がらないけど、今夜はぐっすり眠れそう。『ちくわ』が何なのかはできるだけ考えない。眠れなくなるから。
ベッドに横になる。回復属性の【洗浄】と【消毒】を使ったからお風呂はいいや。もてなされる方が肩身狭いし。早く外国でほとぼり冷ましたい。
結局どこの国に行くんだろう?変態2名がセットになっているせいで、どうなっても赤っ恥や生き恥をかくだろうから、その土地にもう2度と訪れはしないでしょうね。
となると……それなりに暮らしやすくて、けして情が移らず、帝国から遠く離れている国。
……どこやねん。あるんか、そんな国。
仮にあるとして、できるだけ私の印象を残さず……だって【マゾヒスト】の同類だって絶対に思われて噂されるとキツいでしょ。かといって滞在した証拠を残さないわけにもいかない。……樹海西の件を無かったことにするのが目的だから痕跡は残さなきゃ。
『ちくわ』絡みのスキルは下手に使えないなぁ。【暴力魔法】も鍛えとこ。
「【無礼講の舞踏会】」
【暴力魔法】LV2の魔法でチェリーパイを出す。マチ……クソ雑魚ギルドマスターも使っていた。【暴力魔法】の中で非常に使い勝手が良いので、高位の魔法系ジョブの人も良く使うわ。
出したチェリーパイを消しては出し、消しては出し。壁にぶん投げるのは気が引ける。他人の家だもの。
《力が欲しいか?》
うぜぇッッッッッ!
《なんだその態度はッッッッッ!ケツバットで気合を入れてやるッッッッッ!》
うっせえ!やってみろやッッッッッ!
《きょ、今日のところは見逃してやる……》
なんかここんとこ【野球英雄神召喚】がスキルのくせに絡んで来る。LV0の分際で生意気ね。これユニークスキルみたい。ユニークスキルは自我を持ってる場合があるのよ。
父もなんかある度に『ドリフトのサポートをするッッッッッ!』とか『リフティングしてターンするッッッッッ!』とか、馬車に乗ってないのに言われたりするって言ってた。
はぁ。少し暴れたい気分だから【野球英雄神召喚】のやつタイマン張ってくれればいいのに。
《もっと敬えッッッッッ!素振り1000回ッッッッッ!》
うるせえ!シンボル破壊すんぞッッッッッ!
《ス、スキルLVを上げたくないのかッッッッッ?》
もっと楽な方法教えろッッッッッ!こちとら匙より重い物持ったことないんじゃッッッッッ!
《嘘をつくなッッッッッ!》
乙女の嘘くらい、笑って許してみろやッッッッッ!
乙女とは。




