感情の変化
今日の仕事は動物病院。かなりのヤブ医者で、間違った診断や診察をしてぼったくりを繰り返している。動物が好きだからこういうのは本当に許せない。
「ヤブ医者だってことがバレて2度と獣医ができなくなる」
本当はここまでだったけど、飼い主さんと動物たちの痛みや悲しみを考えたら
「動物たちの痛みや悲しみと同じことを受けろ」
と願わずにはいられなかった。
必要のない注射や薬をされて苦しんだ気持ちをしっかり味わえ。そして罪を償え。こういう人は自分が不幸な立場になると悲劇のヒロインになって、罪を償うどころか「かわいそうな自分」に浸り、周囲にもそれを強いろうとするんだ。周りに与えていた苦痛や辛さが自分に回ってきたことに気づきもしない。だから反省もしなければ更生もしないんだ。こういう人が自分がしてきたことに気が付くことは出来ないんだろうな。来世があるとしたら、その時にしか心を生まれ変わらせることは出来ないのかもしれない。次また動物を気付つけるようなことがあれば、もっとひどいことを願ってやるんだからという気持ちで睨みつけて車に戻る。溢れ出す殺意をみんな感じていた。仕事に来る前は旅行への楽しみな気持ちがあったのに、こんなにも感情が動くことは珍しいから自分でも疲れてしまう。
兄が車に戻ってきた。殺気が無くなり、少しぐったりしている私を見て怒るに怒れなくなっているようだ。私の頭に手を置きながら「今度から気をつけろよ」と一言。うなずくのが精いっぱいだった。その後のことは覚えていないので眠ってしまったみたいだ。
次の現場へとやってきた。バイクや車の修理工場?表向きはただの修理工場だが、数々の違法改造が繰り返されているらしい。なかなかしっぽが掴めず警察の取り締まりもできないみたいだが、周辺の住人からは多くの苦情が寄せられている。
「工場が閉鎖し、従業員は他のまっとうな仕事につかない限り怪我や事故に合う、もしくは逮捕される」
きっと技術力は持っている人たちなんだろうから勿体ない。そんなことを思いながら車に戻ろうと歩いていると工場で働いている外国人の方とすれ違った。海外から日本に来て悪いことをしているのか…でもそうじゃないと生活できないのかな…。今までは願った後に、誰かとすれ違おうと何も思わなかったというか視界にも入ってこなかったのに、今日はおかしいな。
帰宅中の車で兄に「今日の自分はおかしい」と話してみた。旅行の話が久しぶりに大きな感情の変化をもたらし、閉めていた心の蓋が動いたんじゃないかと言われた。それは普通の人と同じで、兄も楽しみな感情が心の片隅にあるから、今日はいつもと違うとのこと。こういう気持ちを忘れてしまっていた。でもいいんだろうか?感情が動かないようにしていたのに…。期待してその通りかそれ以上のことが起きないと反動で落ち込んだり嫌な気持ちになる。感情のふり幅が少ないようにしてきたのに。兄は「それでいいんだよ」と言って笑った。まだ価値観が変わっているわけじゃないから、今の状態で感情が大きく動くのは危険じゃないのかなと不安になる。




